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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
180/320

180.復讐母の素顔

 ここからしばらく過去話、明治時代にさかのぼります。

 司良木親子の起こした二回の災厄とは、どんな経緯で起こったものだったのか。

 そして、司良木親子の素顔とは。


 前にちょろっと話に出た、平泉・泉系統最悪の男が、悪意なく村を文明化しようとする司良木家を悲劇に誘います。

 『復讐母』司良木クメ。

 大正時代に白菊塚の禁忌を破り、野菊の手にかかった大罪人。

 彼女は何人もいる大罪人の中で、異彩を放っている。

 まず一つに、彼女は少女ではなくいい年をした大人の女性であるということ。決して、思い上がって分別のない未熟な子供ではない。

 それから、娘ではなく母親であるということ。わがままな娘が周りの反対を押し切ってやったのではなく、それをしつける側の立場であった。

 大人で管理者というと作左衛門がいるが、こいつとも違う。

 クメが災厄を起こしたのは、下卑た私利私欲からではなかった。彼女はその時、自身のことなどどうなってもいいと思っていた。

 クメは本来、高潔な武人にして良き母親。

 少なくとも、人を人とも思わない悪党ではなかった。

 そんな彼女が大罪を犯したのは、最愛の娘を失った怒りと悲しみからだった。


 クメは元々、武士の娘だった。

 しかし時代は明治、侍による統治は終わりを告げ、クメは貧しくなった家のために資産家の司良木家に嫁入りした。

 クメは初め、商人などに嫁いだことを屈辱に思っていた。

 しかし実家のためを思い、武士が食わねど高楊枝と耐えた。

 幸い、夫は優しく次第にクメも打ち解けていった。やがて仲睦まじくなると、一男一女を授かった。

 姉の方は、後に災厄を起こし『明治の白菊姫』と呼ばれる司良木クルミである。

 時代は急速に流れ、侍の理想から遠ざかっていくが、クメは幸せだった。

 武家だろうが商家だろうが、良妻賢母として子を愛し育む役割に変わりはない。それに誇りをもって勤めていれば、何も悪い事は起こらないと思っていた。


 武家の衰退とは対照的に、商家の司良木家は時流に乗って大きく躍進した。

 生糸の輸出で一財産を築き上げ、その財をはたいて外国製の製糸機械を仕入れて自社の工場を持つに至った。

 その工場を立てたのが、他ならぬ菊原村だ。

 交通は不便だが土地は非常に安く、周りに桑畑にできそうな土地がたくさんあり、近くに同じような工場がないため女工を集めるのが容易だった。

 ただ、土地を買ってくれと泣きついてきた男だけは気に食わなかったが。

 その村の富豪であった、平泉宗太郎……あれはふがいない男だ。

 村の名産の菊で儲け、それだけにしておけば良かったものを、よく知らない他の事業に手を出して大損をしたらしい。

 その借金のために、村に持っていた広大な土地を売ったのだ。

 しかし、それだけで済めば何も悪い事は起こらなかった。


 問題は、宗太郎が司良木家をも逆恨みして滅ぼそうとしたことだ。

 宗太郎は自分の失敗で土地を手放したにも関わらず、手に入れた土地でさらなる財を成していく司良木家に嫉妬した。

 さらに宗太郎は、村の金にも手を付けて村人から責められていた。

 それでも自分の過ちを認めて謝れなかった宗太郎は、自分に盾突く村人たちをも邪魔に思い逆恨みした。

 そして、両方を消そうと卑劣な計を巡らしたのだ。

 宗太郎は村人たちに、村の金がなくなったのは全て司良木家が悪いと吹き込んだ。そして、おまえたちの菊畑も潰して買いたたこうとしていると。

 村の農家と司良木家を争わせようとしたのだ。

 その争いを嫌う者たちを自分がまとめ上げ、再び村の頂点に戻るつもりで……。

 宗太郎は、村の金に手を付けたことで村での影響力も落ちていた。士族の身分を捨て豪農となった弟、泉宗次郎に村の長の座を奪われてしまっていた。

 宗太郎は、それら己の思うままにならない勢力全てを潰そうとしたのだ。

 村に眠っている、禁忌の呪いを使って……。


 宗太郎の作戦は、初めうまくいくかに見えた。

 村人たちが伝統ある菊畑を大事にしていて、司良木家がその土地を買うか桑畑に変えたがっていたのは事実だ。

 それに、司良木家の文明開化を江戸時代のままのような農村に持ち込むやり方は、村人たちに奇異な目で見られた。

 これまで見たこともないもの、知らないものは怖い。

 そのうえ、長く変わらない暮らしをしてきた農民はただでさえ変化を嫌う。

 宗太郎は狡猾に、その抵抗感を司良木家への反感に育てていった。

 そのためクメは村に移り住むと、嫌がらせを受けるようになった。店で物を売ってもらえなかったり、わざと聞こえるように悪口を言われたり、家の前を汚されたり……。

 だが、それでもクメは耐えた。

 こんな武士の優越感に意地汚くしがみつくような、武士の風上にも置けぬ卑小な男に屈する訳にはいかない。

 何を言われても毅然と対応し、直接暴力に訴えられそうになったら自ら練習用の木の薙刀を振るって切り抜けた。

 村が豊かになれば分かってくれるという、夫の言葉を信じた。

 可愛い子供たちのために、ここで退く訳にはいかないと頑張った。


 やがて、そのからくりを明かしに一人の男が訪れる。

「兄が本当にすまないことをした!

 しかし、だからといって村の者たちの大切なものを奪うのはやめてくれ。まだ開拓できそうな場所や土地を持つそれぞれの人の意見を基に、建設的な話し合いがしたい」

 訪れるなりクメと夫に三つ指ついて深々と頭を下げ、兄の非礼を詫びたのは……没落した兄に代わり村を取り仕切る泉宗次郎。

 彼はさらに、お互いが争わないで発展していくために話し合って道を探そうと提案してきた。

 司良木家としても、それができれば言うことはない。

 クメと夫はホッとして、宗次郎の手を取った。

「分かりました、我々も少し急ぎすぎていたようです。ここは、協力しましょう!」

 こうして、悪い事は双方の歩み寄りにより終わった……はずだった。


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