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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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18.白川ひな菊

 白菊姫についての調べものを終えた三人の前に、現代の火種となる少女が現れます。

 どこまでも高慢で嫌味たらしいお嬢様、ひな菊。

 咲夜たちは、彼女に意趣返しをしようと画策しますが……。

 赤い夕焼けが、土手の道を行く三人の影を長く伸ばす。帰る時間が変わらないのに影が長いのは、日没が早くなったせいだ。

「あーあ、他の奴より先に自由になるんじゃなかったのかよ?

 結局、これ調べるのにすげー時間かかったぞ」

 山に沈んでいく夕日を見ながら、大樹はぼやいた。

 咲夜は宿題をまとめてやるから早く済むと誘ってきたが、ふたを開けてみれば全然早く終わらなかった。

 結局、大樹たちはこの一件を調べるのに半月近くを要してしまったのだ。

「仕方ないよ、タエばあさんの話があんなに長いなんて知らなかったんだから……」

 当の咲夜も、うんざりしたように長い息を吐いた。

 確かに自由研究も読書感想文も終わったし、日記も順調に続いている。当初の目的は果たせているが、費やした時間が割に合わないというのだ。

「全校出校日まであと一週間もねえぞ、おい!」

 約束が違うとばかりに、大樹は咲夜をひじでこづいた。

 咲夜が何も言えずに黙っていると、後ろから大きなクラクションの音が響いた。


 ただでさえイラついているところにますます頭にくる音を聞かされて、思わず後ろをにらみつけた大樹はあっと息を飲んだ。

 田舎道にふさわしくない、黒塗りの大きな車……大樹も知っている車だ。

 車は大樹たちの目の前で止まり、窓から可愛らしい女の子がのぞいた。

 その顔を見た途端、咲夜の顔が不快に歪んだ。

「ひな菊!!」

 車の中からこちらを見ているのは、大樹たちと同じクラスの女子だ。

 しかし、友達ではない。咲夜は特に、その白川ひな菊という女を毛嫌いしていた。

 咲夜を見つけると、ひな菊は人を馬鹿にしたような笑みを浮かべ、わざわざ車の窓を開けて声をかけてきた。

「あらぁ、今日もこんな時間まで自由研究?

 キャハハ、よくやるわね!」

 車の窓からひんやりと冷たい空気が流れてくる。しかしそれ以上に、咲夜とひな菊の間に流れる空気は険悪で冷たかった。

「ねえ咲夜ちゃん、お勉強熱心なのはいいけど、人の迷惑ってものを考えたらどうなの?

 夏休みは、遊ぶためにあるのよ。

 いくらアンタが菊の面倒を見るために村を離れられないからって、そこの二人まで巻き込む事はないじゃない。

 ねえ、カワイソウな大樹君に浩太君~!」

 どこまでも高飛車な物言いで、ひな菊は咲夜にしゃべり続ける。

 しかし的外れではないため、咲夜は黙っていることしかできない。

 咲夜は菊を育てる農家であるため、路地の菊が蕾をつけるこの大事な時期に村を離れて遊びに行くことは難しい。

 壮大な自由研究に巻き込まれた大樹と浩太が、村にいて時間を潰すしかない咲夜に付き合わされた指摘されれば、結果的にはその通りだ。

 咲夜が黙っていると、ひな菊はさらに図に乗ってしゃべる。

「それであたしはねえ~、北海道に一週間くらい旅行に行ってきたの。

 北海道はいいわよぉ、涼しくてアイスがおいしくて。

 でも残念!アイスは暑いとあっという間に溶けちゃうから、アンタたちに持ってきてあげられないのよね~」

 話を聞いているだけで、大樹と浩太も頭の中が煮えくり返ってくる。

 どうしてこの女は、こう人を不快にする話が上手いのだろう。

「あーあ、あんまり窓開けてると、車の中が暑くなってきちゃうわ。

 それじゃ三人とも、さようなら~!」

 言いたい事を言うだけ言って、ひな菊は去っていった。その車を見送る三人の胸には、やり場のない怒りが渦巻いていた。

「……お金持ちだからって、馬鹿にして……!!」

 咲夜の握りしめた拳が震えて、乾ききったアスファルトにぽたりと汗の滴が落ちた。


「……ごめんね、二人とも」

 ひな菊の車が見えなくなると、咲夜はぽつりとそう言った。すっかりしょげかえって、視線はどこか投げやりになっている。

 大樹は慌てて、咲夜を慰めようとした。

「べ、別に謝ることねえよ!

 おれたちだって、本気でやめたければ途中でやめてたし……。それに、その……ひな菊の言うことなんて、気にすることねえよ!」

「ふうん、敵の敵には優しいのね」

 思わぬところで揚げ足を取られて、大樹は言葉を失った。

 確かに大樹はついさっきまで咲夜を責めるようなことを口にしていた。

 それが、ひな菊と関わった途端に態度を変えたとなれば、そういう風にとられても文句は言えないかもしれない。

 焦る大樹を横目に、咲夜は当てつけのような言葉を続ける。

「そうね、確かに思いっきり遊べるのは今くらいのものだわ。

 全校出校日にはもう、学芸会の準備が始まるし……二学期はしょっぱなから学芸会の練習が始まって、遊んでる暇ないもんね!」

 まるで自分のあら探しでもするように、良くない事実を次々と口にする。

 大樹は慌てた。

 咲夜は、完全にキレてしまっている。このままでは、残りの夏休みの間中根に持たれそうな勢いだ。

 せっかく長い自由研究と、同時にできるいくつかの宿題を済ませて、これからは心置きなく遊べると思ったのに……これはまずい。

 すでにさっき心を満たしていた達成の喜びは、不快の彼方に消し飛んでいる。このままでは自分も咲夜も、気分が悪くなる一方だ。

 どうにかしなければ……と思ってはいるものの、大樹にはどうにもいい言葉が見つからない。

 咲夜に一方的に火花を浴びせられて、大樹は黙っているしかなかった。

 と、それを遮るように、今まで黙っていた浩太が突然手を上げた。

「聞いて、咲夜。

 その、学芸会とひな菊のことで、いい考えがあるんだけど……」

 ひな菊の名に反応したのか、咲夜の砲撃が止んだ。

 大樹は浩太に心から感謝し、もう少し休みを潰してやろうかという気になった。


 その夜、大樹と浩太は咲夜の家に集まった。

 路上で話すのは気が引けると、浩太が気味の悪い笑みを浮かべて言ったからだ。人に聞かれては困る話……大樹にも何となく方向は分かった。

(多分、浩太はひな菊のことを……!)

 咲夜にも、それは分かったようだ。

 すんなりと、夜にまた会いましょうと約束して、その場は解散した。


 咲夜の家の二階、咲夜の部屋でテーブルを囲んで、三人は静かに座っていた。嵐の前のような静けさで、親が階段を下りてくのを待つ。

 親の足音が一階に移ると開口一番、浩太はこう言った。

「ひな菊に、白菊姫をやらせたらいいと思うんだ」

 一瞬、意味が分からなかった。

 しかし、咲夜の目は鋭く光った。

「学芸会で?」

 咲夜が聞くと、浩太はニヤリと口角を上げてうなずいた。

「うん、そうだよ。

 だってぴったりじゃないか、自分の好きなことにかまけて他人の気持ちを考えない白菊姫とひな菊……いいと思わない?」

 ここまできて、ようやく大樹は浩太の言わんとすることに気づいた。

 白菊姫の物語を、学芸会でやろうというのだ。

 そして白菊姫の役を、ひな菊に与える。ひな菊の性格にぴったりで、その性格が災いして罰を受けることになった白菊姫の役を。

 これは素晴らしい嫌がらせだ。

「せっかく長い時間を使って調べたんだ、自由研究で終わらせるのはもったいないよ。

 どうせならこれを使って、ひな菊に一泡吹かせてやろうじゃん」

 浩太の悪意あふれる提案に、大樹と咲夜もすっかり乗り気でうなずいた。


 よもや、この作戦が……明月の夜に村を襲う悪夢の元凶になろうとは、この時は誰も思わなかった。

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