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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
179/320

179.死者のぬくもり

 司良木親子の誘惑を受ける陽介に対し、周囲の反応はどうだったのでしょうか。

 対応次第では普通に引き戻せるはずなのですが、陽介のやってしまったことと心証を考えるとどうしても優しくなれません。

 それではダメだと冷静に考えたら分かるはずなのですが。


 そして楓さんに竜也がかかりきりになっているので、陽介の方には司良木親子を知識として知っているあの人が来ます。

 次回から、しばらく過去話です。

 陽介の目の前で、クメの血の気のない手が差し出される。

 陽介はそれを、食い入るように見つめていた。

(あ……あ!家族……俺を大事にしてくれる、家族の手……!)

 この手を取ってはいけないと、頭では分かっている。こいつらは、永遠の呪いに縛られた忌まわしき死霊。

 大罪を犯して黄泉の尖兵となり、生きた人間を貪り食らう化け物。

 情を捨てて打ち倒すべき、人間の敵。

 なのに……陽介には、彼女たちがどうしようもなく愛に満ちて人間らしく見えて仕方なかった。血の通わない腐った手が、とても温かそうに感じられた。

 相手は隙を見せているのに、打ちかかれる間合いにいるのに、陽介の体は石になったように動かなかった。


 陽介の予想外の反応に、猛が驚いて怒鳴る。

「おい陽介、何やってんだ!!

 そんな奴らの誘いに乗るんじゃねえ、奴らは化け物だぞ!んな事も分からねえのかこの無能が!!」

 しかし、陽介はぼんやりとこう思うだけだった。

(あ……また無能って言われた)

 猛の言葉の中に、自分を気遣い認めてくれる言葉はない。そう言えばこの戦いが始まってから一言もなかった気がする。

(それに比べたら、優しいなぁ……この死んでる強いおばさんは)

 そのうえ、自分の息子が死者に誘惑されかかっているのに、この親父はちっとも体を張って助けようとしない。

 もっとも、それは司良木親子が陽介が反応できない間に猛が突っ込んでくるのを待っていて、猛が本能でそれを感じ取っているせいもあるが。

 とにかく、助けてくれない親という状況はクメの言う通りだ。

 猛の傲慢かつ横暴な叱責は、陽介の中でクメの言葉を強化するだけだった。


 そのうち、村人たちの一部も異様な雰囲気に気づいて慌てだした。

「何で武器を下ろしとる!?早う戦わんか!!」

「おまえが今できる償いは、戦うことだけなんだぞ!それを放り出したら、おまえは何もできんくせに!

 あれだけのことをして、何もせんで済むか!!」

 村人たちや社員たちが、動かない陽介にびしびしと言葉の鞭を浴びせる。

 しかし疲れ切った陽介に、それは拷問でしかなかった。

(何だよ……こんなに頑張ったのに、これ以上どうしろってんだよ……。

 おまえらが助けてくれる訳でもねえし……親父と俺に怒鳴るだけで、自分らは何もしてねえじゃねえか!

 しかも、一生懸命戦っても全然分かってくれないし……ああ、このおばさんとねーちゃんは優しいんだなあ……)

 陽介はさっきの司良木親子の言葉を噛みしめ、感動すら覚えた。

 この辛く当たるばかりの生きた人々より、この死霊の方が温かかくて人間味があるじゃないかと。

 もちろん、この冷たい剣山のような当たりはほぼ陽介自身のせいである。

 禁忌を破って災厄を招き、多くの村人や社員たちを死なせ、おまけに高潔な社長の娘に罪を押し付けようとし(これだけは冤罪だが)……そんな奴が唯一の償いを放棄するなど被害者が許せる訳がない。

 だから鬼のように働け償えと責め立てる。

 しかし、陽介の心はもう擦り切れる寸前だった。

 自分が良かれと思ってやったことが全て裏目に出て、周りからも家族からもメチャクチャ責められて、誰も守ってくれなくて認めてくれなくて。

 正直、もうどうしていいか分からない。


 陽介にとって、目の前に差し出された手はこの地獄から抜け出せるたった一筋の糸のように見えた。

 そうだ、自分はどうせ大罪人だ。こいつらと同じことをしたんだ。

 だったら、一緒に黄泉に落ちてこいつらと仲良く幸せに暮らした方がいいんじゃないか……そんな暗いぬくもりが陽介を捕らえようとしていた。


 だが、それを止めようと前に出る者がいた。

「聞いてはだめよ、この母親はまともじゃない!

 こいつの手を取ったら、あなた永遠に逃げられなくなるのよ!!」

 叫んだのは、清美だった。

 怠惰とはいえ黄泉からの守りである平坂神社の巫女、これまでの大罪人の事情についてもよく知っている。

 ゆえに、司良木親子の罪についても知っている。

「あラ……でも、あナタもこの子を助けナイんでしょ?」

 余裕の表情でそう言うクメをにらみつけ、清美は言い返す。

「フン、敵わないって分かってて戦うのは愚かよ。相手を知るって大事なの。

 その…、私はこの子にあんたちが本当はどんな奴か教えることはできるわ。

 あんたこそ、まだ誇りはあるつもりでしょう。何も知らない子を騙すみたいに引き込んで、満足なのかしら?」

 プライドを刺激するように言ってやると、クメは胸を張って答えた。

「私ノ家族を愛すル心に……恥じルことなどアリません!」

 その言い方に、清美は内心ホッとする。

 知っている……司良木親子は正攻法を信条とし、プライドが高い。だからそこを突いてやれば、事情を話して陽介の目を覚まさせ……それが失敗しても竜也がこちらに来る時間を稼げる。

 清美は、チラリと後ろの人だかりを見た。

 竜也は銃口こそこちらに向けているものの、別の厄介な奴に対応している。

 探索からどうにか生きて戻った陽介の母、楓……しかし彼女は家族に嫌気がさし、猛はもちろん陽介まで捨てさせてと求めている。

 こんな状態の母を、陽介に見せる訳にはいかない。

 何としても、竜也があちらを立て直すまで自分がこちらを支えないと。

 幸い、この母子に陽介が嫌うような要素は十分ある。それをぶちまけてやれば、少なくとも迷わせて時間を稼ぐことはできるだろう。

「さあ、心して聞きなさい。

この母親の愛なんてものが、本当はどんなに醜いものか!」

 清美はクメを正面から指差し、断罪するようにその罪を語り始めた。

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