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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
178/320

178.母子の誘惑

 誰にも助けてもらえず苦しむ陽介に、予想外のやつが予想外のことをします。

 陽介が心から欲していた家族の愛……その見本が、意外にも目の前にありました。

 そしてそいつらは陽介に、欲するなら与えんと手を差し伸べます。


 悪いけどがむしゃらに取り戻そうとして苦しんでいる奴を孤立無援にすると、さらに状況が悪化する予感しかしない。

 陽介と猛は、勝機を見いだせずにいた。

 司良木親子は竜也の銃を警戒し、ロビーの人々に攻撃を仕掛ける様子はない。しかし、だからといって猛と陽介が勝てる訳ではない。

 司良木親子は時間も疲れも気にすることなく、ゆったりと戦っている。

 対して、福山親子はこれだけの人々に見られていると必死にならざるを得ない。もしここで手を抜いたら、後々どんな事になるか分からないからだ。

 いや、必死になって体を動かし続けているのは陽介だけだ。

 猛はもうほとんど攻撃せず、陽介を怒鳴りつけて敵の隙を伺うばかりになっている。

「おい陽介、いつまでもたついてんだ!

 早くどっちかを転ばせろ!そうしたらすぐ頭を潰してやるから!」

「ハァ……ハァ……んなこと、言われたって……」

 陽介は懸命に、疲れた体を引きずるように鉄パイプを振るう。しかし、実質二対一では転ばせるのも難しい。

 後方の人々からは、ひっきりなしに猛に働けとヤジが飛ぶ。

「おい、何やってんだ!おまえが何もしないからだろうが!」

「あいつらの復活はてめえの責任だろ!

 子供ばっかに任せてないで、てめえがやれよ!!」

 しかし、猛は後方の人々を責めるように言い返す。

「はぁ!?だったらてめえらが一緒に来て戦えよ!

 ためえらだって俺に戦え戦え言うばっかりで、自分じゃ何もしねえくせに。こちとら命懸けてんだ、文句があるならてめえでやれ!」

 自分のミスで何人も死者を出しておいて、呆れるほどふてぶてしい物言いである。

 そして結局、陽介のところには誰も助けに来ない。

「と、父ちゃん……誰でもいい、頼むから助け……うおっ!?」

 疲労で足がもつれたところに、クルミが槍で足を薙ごうとする。陽介は大慌てで腕をついて足を上げ、その勢いで後ろに転がった。

 だが安全地帯に入ったと思ったら、今度は猛に尻を蹴られる。

「何やられてんだ!?しっかりせんとヤキ入れるぞ!!」

 そう言って何としても戦わせようと、陽介を安全地帯から蹴り出そうとする。竜也の咳払いが聞こえるとギクリとしてやめるが、竜也も直接助けはしない。

 陽介がどんなに助けを求めても、ここに陽介の味方は誰もいなかった。


(ああっ何でだよぉ……こんなに頑張ってんのに、何で誰も助けてくれないんだぁ……!)

 陽介は、身も心も苦しくて仕方なかった。

 二人を一人でさばけなんて、できる訳ないのに。もう息が苦しくて心臓もうるさいくらい速く打って、手足が重くて視界もぐらつくのに。

 こんなに必死になっているのに、誰も手を貸してくれない。

 おまえのせいだからおまえがやれと、そればかり。こんなに苦しいのに、誰も自分に優しい言葉すらかけてくれない。

 それでも、村人たちはどうせ無理だろうと諦めがつく。

 こいつらは日頃から、自分のことを悪ガキめと毛嫌いしていたから。元々自分を嫌っている奴らなら、助けてくれなくて当然だ。

 しかし、父が助けてくれないのはあまりに薄情だ。

 自分はいつでも、父の味方だったのに。

 母に嫌なことをさせられそうになっても、父のところに行けばいつでも助けてもらえたのに。勉強からも家事手伝いからも、何でも逃げられたのに。

 自分もそれに感謝して、父が喜ぶことをやってあげたのに。こっそり母の財布から金をすったり、へそくりを見つけて届けたりしていたのに。

 そうしたら父はいつも、えびす顔で母を黙らせて陽介にも分け前をくれた。

 こんなに仲が良かったのに、何で今助けてくれないんだ。


 陽介は、それが仲良しではなく利用されているだけだと気づいていない。

 楽をすることが自分にとっていいことだとしか思っていなくて、苦しい事や嫌なことは全て理不尽で、自分に楽をさせてくれる人が味方だと信じ込んでいる。

 猛しかり。ひな菊しかり。

 だが、今夜はそれを裏切られてばかりだ。

 どうしてこうなった、何がいけないんだ。自分は楽をさせてくれる人に、こんなに応えようとしているのに、どうして肝心な時に助けてくれないのか。


 ……この時、陽介の心に疑問が生まれていた。

 今まで楽をさせてくれて今宵手を返したこいつらは、本当に味方なのか……。

 もしここで心から陽介を思う者が助けに入り、それは違うと突きつければ、陽介は取り返しがつかなくなる前に気づけたかもしれない。

 しかし悲しいかな、今この場にそんな者はいなかった。


 代わりに陽介を労わる言葉をかけたのは、別の側の者だった。

「アァ……嘆かわしイ……これほど哀れナ子を、助けヌ親など……」

 不意にそう呟いたのは、司良木クメだった。気が付けば、クメは悲しそうに顔を歪めて陽介を見つめていた。

 クメは陽介から穂先をそらし、かすかにすすり泣きを漏らした。

「かわいソウに……かわイソうにねエ……。

 親ナら、喜んで子を助ケルべきでショウに……子の尻拭いをシテ、当然デショうに……。

 ワタしが親なら、絶対こンナことハしないのニ!!」

「えっ……!」

 敵からの思わぬ同情に陽介は思わず目を丸くした。

 こんな風に自分に優しいことを言ってくれる人は、初めてだ。実の親である猛も楓も、こんな風に自分に寄り添ってはくれなかった。

 いや、村の中にも会社の中にもいなかった。

 陽介が味方だと思っていた猛もひな菊も、陽介が失敗したら失望してなじるだけ。猛など、陽介のせいだけにして自分が責められないように、陽介が迷惑をかけた人の前で陽介を殴ったことすらあった。

 それでも陽介は、応えられなかった自分が悪いから仕方ないと思っていたのだが……。

 クルミも、怒ったように言う。

「ソウよ、あんナノ親じゃナイ!

 お母さんハ……私に、あンナこと絶対シなかッタ!」

 クルミの怒りは、猛に向いていた。

 陽介は、面食らった。こいつらは大罪人で、かつて陽介と同じく禁忌を破り呪いを受けた者。そんな悪い奴のはずなのに、なんで自分が一番ほしいものを持っているんだ。

 なんでこいつらの方が、お互いを守り合って戦えるんだ。

 猛もひな菊もいざという時自分を守ってくれないのに。自分がいくら尽くしても、当たり前というばかりだったのに。

 これじゃあまるで、こいつらの方が本当に愛し合う親子みたいじゃないか。

 陽介の中で、何かがピキッとひび割れた。

 信じられない顔であっけに取られている陽介に、クメは優しく言う。

「負けを恥じルことハナい……おまえは、頑張ッタ!おまえハ、類稀ナル力と体サバきで……よく戦ッタ。

 おマエは、悪クない……私かラ見ても、おまエの才能は本物ダ……」

「!?」

 クメは誰も予想しなかったことに、陽介をほめた。陽介の頑張りを認め、その戦いぶりを素晴らしい才能だと賞賛した。

 その言葉に、陽介の胸に経験のない熱がこみあげてきた。

「そ、そうか……俺は……俺は、すごいか!?」

「えエ、もちロン!」

 クルミが、少し悔しそうに微笑む。

「だッテ、一対一なラ、私は敵わナカッた……。お母さンニ、あんなニ稽古をつけテモラったのに……何も習ッテないあンタに、届イテない……。

 生まレ持った才能ッテ、すごイわね……」

 その言葉に、図らずも陽介の顔がほころんだ。

 死んでいようが敵であろうが、女の子にそう言われて悪い気はしない。

 何より、その自分を認めてほめてくれる言葉は、自分がほしくてたまらなかったものだ。自分の親が自分にくれなかったものだ。

 猛も楓も、陽介のことを素直にほめなかった。調子がいい時はさすが自分の子だとほめるが、機嫌が悪くなるとすぐもう片親に似てとなじる。

 ひな菊は陽介の運動神経をたまにほめたが、自分の道具としてだ。そしていつも、あんたにはそれしかないという軽蔑とセットだった。

 周りの大人たちは、陽介の害にばかり目がいって叱って嫌うばかりだ。

 こんな風に自分を純粋に認めてほめてくれたのは、司良木親子が初めてだった。

 クメは、慈母の笑みで陽介にささやいた。

「大丈夫、己を誇リナさい。

 おマエが勝てナカッタのは、愛のない親モドキのせい……かわいソウに。

 疲れタデしょう?もう、報われナイまま頑張ラなくテいいの。私ノ道場に入ッテ、娘の婿になレバ、私が愛してアゲるから。

 おマエも大罪人……さア、一緒に黄泉にイラっしゃい!」

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