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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
176/320

176.生贄

 耐え切れず解放を望む楓ですが、村人たちの内心はどうだったのでしょうか。

 福山家がここまでなってしまったことには、村人たちにも後ろめたいことがありました。人々の考えが古い田舎で、その結婚は臭いものにふたをするために勧められたものでした。

 見て見ぬふりをしていた村人たちにも、責任の一端はあると思う。


 そして、竜也は現状を考え、要求の一部を認める決断を下します。

 しかしそれが慈悲かどうかは……どこまでも腹黒い。

 その楓の絶叫に、内心同情する人たちはそれなりにいた。

 楓の絶望はもっともだ、自分だって同じ状況でこれからずっと暮らせと言われたらキレるし、場合によっては自殺するかもしれない。

 最低限生活は保障してもらえるだろうが、それは慈悲からではなく賠償を払わせ続けるためだ。

 それなら、保障を放り出しても逃げたいのは分かる。

 しかも一緒に生活するのは、あの猛と陽介。

 あんなのと一緒に巨額の賠償を背負わされ、正気でいられる奴の方が貴重だ。

 猛も陽介もトラブルメーカーで、この先まっとうに稼げるか怪しい。欲をかいたり自棄になったりして、さらにトラブルを起こして借金を増やす可能性すらある。

 さっきからの二人を見ていて、これまで二人をよく知らなかった人にもこれはダメだと痛いほど実感できた。

 それについて、村人の中には胸が痛む者もいた。

 楓と猛の結婚を推してしまったことだ。

 猛は成人してからも仕事が長く続かず、いつまでも横暴で周囲に人間にたかろうとするため嫁の来手がなかった。

 それでも家庭に押し込めば少しは大人しくなるんじゃないかと嫁を探していたところに、楓がアメリカから帰ってきた。

 楓も、結婚するには厄介な女と見られていた。

 昔チヤホヤされていたためプライドが高く、おまけにアメリカ留学のせいでやたらと男に対して我が強い。

 これはうちの嫁にはちょっと……と親たちは眉をひそめた。

 そのうち、誰が言い出したか、この二人をくっつけてしまえという話が出た。

 楓は美しくてアメリカ帰りというステイタスがあるから、猛は食いつくだろう。それで猛の興味が家の中に向かえば、外は少し平和になる。

 猛だって、楓は昔の不良学生の時期しか知らないから、ヤンキーかぶれのマッチョ好きにはちょうどいい。ついでに猛に少し鼻っ柱を折っておしとやかにしてもらえば、万々歳だ。

 ……そうしてくっつけた結果が、これだ。

 正直、村人たちは楓と猛がうまくいっていないのに気づいていた。しかし、首を突っ込もうとはしなかった。

 下手に介入して、巻き込まれるのが嫌だったから。

 だから楓が傷ついているのを見ても、かわいそうになあと言葉で同情するだけで具体的に助けることはしなかった。

 実際に助けようと手を伸ばした人もいたが、猛の執拗なたかりに遭い、周囲の人に止められて手を引いた。

 そして、楓が猛の暴力を引き受けてくれることをありがたく思っていた。

 要するに、楓を生贄にしたのだ。

 そのことに対し、一部の村人たちは後ろめたく思っていた。

 自分たちが背中を押したせいでこんなことになって、楓があまりに哀れではないか。だがしかし、ここまでなってしまった事に手を差し伸べるのはごめんだった。


 幸い、社員や村人たちが盾にできることはある。

 当事者にとってはとてつもなく不幸だが、陽介のせいで村にも会社にも犠牲者が出てしまったことだ。

 これは、楓に逃げることを許さない理由になる。

 殺された人や残された人の悲しみに寄り添うという大義名分の下、いくらでも楓を責めて縛ることができる。

 だから、人々は内心の後ろめたさに背を向けて叫ぶ。

「ふざけんな、おまえの子のせいで死んだ人のことを何だと思ってるんだ!!」

「そうだ、自分が一番かわいそうな気になってるんじゃねえ!

 きちんと反省して償え!!」

 良識に名を借りた責めが、槍の雨のように楓を襲う。

 死んだ人は戻らない、自分の子が殺してしまった事実は変えられない。その大義名分は楓に反論を許さず、粉々になった彼女の心をさらに押し潰した。


 竜也としても、ここで楓を逃がす訳にはいかなかった。

 この理不尽に巻き込まれた人々の怒りと悲しみには、受け皿が必要だ。

 もし今猛と楓がいなくなれば、これだけの感情を陽介一人で受け止めきれない。そんなことをしたら、陽介が誰にもすがれず廃人になってしまう。

 そうなれば、行き場を失った負の感情は次にどこに向かうか……結界を張らなかった平坂親子と、大元のトラブルを起こし初動を誤った自分たち親子だ。

(それはならん……私と平坂親子による村の支配ができなくなる。

 スケープゴートは必要だ、事件を深く調べられんためにも)

 さらに、賠償の問題もある。

 それも福山家が生きていれば福山家に払わせればいいが、そこがいなくなると自分に請求が向く恐れがある。

 陽介はまだ子供で、金を稼げるようになるまでに時間がかかる。

 もし両親が消えて賠償に空白期間が生じたら、遺族が償いを実感できず次の槍玉の先を探し始めるだろう。

 それを防ぐために、楓には絶対に残ってもらわねば。

 だが、一方でこうも思った。

(しかし、猛との離縁については認めていいな。

 ……どうせ猛はここで殺すつもりだ、あれは生かしておくとかえって賠償金が増える気がしてならん。

 それに、楓はきちんと磨けばまだそれなりに美しい。

 人妻でなくなれば、猛などよりずっと稼げる仕事につける)

 それは、効率的に賠償金を稼がせるための卑劣な計算。

 それに、楓にも責めるだけではなく少しは救いも与えてやらねば。精神が耐え切れなくなって動かなくなったら、稼げるものも稼げない。

 竜也は、楓に同情するような顔を作って言った。

「責任を放り出すことは許さない……が、離縁は認めよう。

 今夜の猛くんの挙動を見ていて、あれと一緒に暮らすのは酷だと分かった。君はあれと別れた方が、生きるにも稼ぐにもいいだろう。

 ただし陽介君は君が育てるんだ。なに、猛のところへ都合よく逃げられないようにすれば、今よりはましに育つだろう」

(もっとも、おまえがそう望んだのだから、ここで死ぬ猛の分の賠償もおまえにかぶってもらうがな)

 竜也は、その哄笑を作りものの慈悲で覆い隠して楓に笑いかけた。

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