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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
174/320

174.驕り

 司良木親子にロビーまで迫られたうえ戦力的にもジリ貧の白川鉄鋼ですが、竜也と清美はまだ勝てると信じていました。

 その根拠は、清美の死霊に関する知識ですが……それが全て正しいかは、もう分かりますね。


 自分は特別な人間だと驕っているからこそ、高い目標ばかりを見上げているからこそ、落とし穴が待っているのに気づかないのです。

 その福山親子と司良木親子の戦いを、竜也と社員たちは固唾をのんで見守っていた。

 本当は今すぐにでも逃げ出して、別の安全な場所に移りたい。しかしその安全な場所もそこへ逃げる安全な道も、分からない。

 敵は、ここにいる司良木親子だけではない。

 楓が遭遇したもう一人の大罪人と元社員の死霊たちが、どこに潜んで待ち受けているか見当もつかない。

 この状況では、目の前に敵がいても不用意に逃げられない。

(くっ……相手の戦力が分からないのが痛いな!

 そのうえ守ってほしい者はこんなに多く、戦力は少ない。やはり役場を攻撃させる前に、工場内の安全をしっかり確認すべきだったか)

 猛と共に戦える、忠実なならず者たちがここにいないのが悔やまれる。

 あいつらがいれば、司良木親子と戦うにも社員を守るにも頼れる力になってくれたものを。

 だが、あいつらは役場の襲撃に行かせてしまって今ここにいない。

 おかげで恐怖に弱く戦いの経験もない一般の社員を楓とともに探索に出し、少なくとも三人が失われてしまった。

 強い駒を不用意に手放してしまったために、戦力が減る一方だ。

 そのせいで、司良木親子と戦う猛たちの援護もままならない。

 本当は何人かあちらの援護に行かせて素早く司良木親子を叩いた方がいいのだろうが、それをやるともう社員たちを守る者がいない。

 片や、守るべき社員や村人たちはゆうに五十人を超える。

 その中には戦える力のある者もいるが、さっき探索隊の死に様を無線で聞かされてすっかり怖気づいている。

 司良木親子の方への参戦も、絶望的だ。

 猛のような猛者でも厳しい相手であること、そして猛がたまに自分の子をも犠牲にしようと動いているところを見せつけられている。

 あんな戦いに加わりたい者などいない。

 じりじりと戦力も戦意も削られ、白川鉄鋼は追い詰められつつあった。


「それで社長さん、どうするの?

 福山さんたちも、旗色が悪いようだけど」

 戦っている方に銃を向けて動けない竜也に、清美が訪ねてくる。しかしこの状況は、竜也でも自信のある答えは出せない。

 なので竜也は、清美に逆に聞いた。

「……君は、どうしたら最善だと思う?

 私としては、ここにいる守るべき人々をできるだけ失いたくないのだが。

 少数なら平坂神社へ向かうのもいいかもしれんが、開けた場所でどこから死霊が来るか分からないと守れる気がせんのだよ。

 かといって、野菊の神通力を使われたらここも危ない」

 竜也が説明すると、清美は少し考えて答えた。

「そうね、ここにいる人たちの命を第一に考えるなら……確実に外に出るより建物の中で籠城すべきでしょう。

 野菊の頭をもう一度潰して復活できないようにしておけば、大罪人だけなら厚い壁と丈夫な扉で防ぎきれるはずよ。

 ……で、その野菊だけど、特に霊的に罠を仕掛けているとかはなさそうね」

 清美は、外に横たわる野菊をチラリと見て言った。

 竜也は無防備なままの野菊を見て罠化と疑ったが、そんなことはなかったようだ。巫女の清美が見てそうなら、かなり安全だろう。

「そうか、ならもう一度頭を潰してしまおう。

 宝剣がないのは気になるところだが……」

「大罪人の誰かが持ち去ったんじゃないの?

 使えもしないのに、ご苦労なことね」

 清美にそう言われると、竜也は少し肩の力を抜いた。

 あの物を腐らせる神通力の持ち主がどこから来るか分からないと、恐ろしい事この上ない。しかしそれは杞憂だと分かった。

 ならば清美の言う通り、神通力を使える野菊を封じてここを守り抜くのみだ。

 あれがなければ大罪人連中は恐るるに足らず、生き延びられるはずだ。


 ……という希望に確たる根拠がないと、竜也も清美も気づいていない。

 清美が言ったことはあくまでこれまでの経験から得た知識であり、全て真実ではない。

 だって野菊は、今夜これまでやったことのない戦い方をしているのだ。初めてなんだから、記録が残っているはずがない。

 野菊が自分の体でなくてもある程度力を使えることも……。

 さらに、まだ試していない他の何かがある可能性も……。

 己の手腕と知識に驕る二人は、今分かっていることが氷山の一角であることを分かっていなかった。


 方針が決まったところで、竜也はふと清美に尋ねた。

「そう言えば、呼んだのは君だけのはずだが、なぜ陽介君や聖子ちゃんまで来たんだ?

 まあ、陽介君は戦力になるから来てくれて良かったんだが」

 すると、清美は渋い顔で答えた。

「ええ、それがね……ひな菊ちゃんが疑心暗鬼になっちゃって、私たちのことですら怖がるのよ。それで、味方なら出て行って手伝ってきてよって。

 さっきの放送で、誰に裏切られるか分からなくなって怖くなっちゃったみたい。

 ほら、陽介はさっきひな菊に禁忌破りの……罪を押し付けようとしたでしょ。聖子とは、学芸会のことで既に仲たがいしてたから」

 それを聞いて、竜也はひどく胸が痛んだ。

 自分は全力でひな菊を守るために対応しているのに、愛しいひな菊を安心させてやるには至らない。

 ひな菊はちょっと前まで仲の良かった子たちをも信じられなくなり、事務長と二人だけで社長室で震えているのだ。

 ひな菊がそうして離れた場所にいるからこそ、竜也はひな菊を見捨てないためにここから逃げたくなかった。

(ううむ、この死霊がうろつく中で人も怖いか……良くない状態だ。

 もっとも、社長室は壁も厚いし扉も頑丈だから、それこそ野菊の神通力がなければ大丈夫だと思うが。

 何者かが扉を叩いても、事務長なら対応を間違えんだろう)

 本当は、今すぐにでもひな菊を助けに行って大丈夫だと抱きしめてやりたい。しかし、将来のために今ここにいる支持者を見捨てることはできない。

 竜也は大丈夫だと己に言い聞かせ、ひな菊の無事を信じるしかなかった。

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