172.父子と母子
福山家VS司良木親子、二戦目です。今度は親子対決の組み合わせ。
戦力不足の状況に、竜也はついに陽介を参戦させます。死なせないとは言ったが、他にもっと守る者のために罪人は動員される。
そして、竜也の銃にも弱点はあり、それを補うためのこの戦略です。
そんな罪深い福山親子に、司良木親子は何を思うのでしょうか。
「うええ……何で、こうなるんだよぉ……」
陽介は聖子にもブッ叩くように背中を押され、おっかなびっくり前に出る。視線の先には、こちらを値踏みするように見ている司良木親子。
今はまだ様子を見るように距離を取って立ち止まっているが、戦うということはあいつらの武器が届くところまで近づくということだ。
いや、武器だけならまだいい。
最悪、噛みつかれたら……。
「し、社長さん……俺のことは、死なせないんじゃ……?」
陽介が震える声で問うと、竜也は眉一つ動かさずに答えた。
「死なないように支援はしてやる。おまえが殺されそうになったら、もちろんそれは猛による行為も含まれるが、その時は私もこの銃を撃つ。
もちろん、君は逃げても構わない。
しかしそれであいつらを倒せなかった場合、それで生じた損害は全て君に請求する。猛くんがやられた場合は、猛くんの分も上乗せだ。
それでも逃げるなら、別に構わんよ」
その言い方に、陽介は牢に放り込まれたような気分になった。
建前上は自由と言っているが、これは逃げていい状況ではない。
逃げたら、一生強制労働から逃げられなくなるということだ。司良木親子はあと数時間で黄泉に帰るが、竜也はずっと陽介を縛り付けられる。
それに、竜也の後ろから投げかけられる社員と村人たちの視線。
償わないで済ませるものか、戦わなければ許さない、どんなに逃げても草の根分けても探してやると言わんばかりの。
この百対近い目の前で逃げればどうなるか……具体的には想像できなかったが、漠然と地獄の大穴の前に立たされている気はした。
陽介は無言で、司良木親子の方に向き直った。
突破口は、あっちにしかない……あいつらを倒せばまだましな道に行ける。
(やるしかねえ!!)
陽介の目が、鋭い戦士のそれに変わった。
「そうだ、戦うんだ君たち。
いくら銃の方が速いと言っても、私も弾には限りがあってね。できるだけ他に助けてもらって、有効に使わねばならないのだよ」
竜也は、福山親子の背中に銃口を向けたまま呟く。
実際、ただ司良木親子を倒すだけなら竜也が素早く駆け寄って頭を撃った方が圧倒的に早く済むだろう。
しかし、今の状況でそれは悪手だ。
言った通り、弾の数は限られている。
手持ちの分を撃ち尽くしてしまったら、もう攻撃力どころか抑止力にもならない。
正直、攻撃力よりこの抑止力の方が重要なのだ。銃の抑止力があればこそ、この一歩間違えば混沌になりかねない戦場をまとめていられる。
今、司良木親子が接近してこないのも、撃たれたからではなく撃たれたくないからだ。知能のある彼女らは、頭を撃たれることを恐れて距離を取って止まっている。
銃を向けているだけで、社員や村人たちを守れるのだ。
それは、福山親子にしてもそうだ。
特に猛は、銃という抑止力がないとどんな行動をとるか分からない。非常の場を利用し、竜也に対してすら暴力を向けるかもしれない。
いや、おそらく竜也が弾切れを起こせばそうなる。
だから竜也は、何としても弾切れを起こす訳にいかないのだ。
(野菊とさっきの混乱を収めるのに、もう二発使ってしまった。残りは六発……はなから一発たりとも無駄にできん。
ここだけではない……最悪、ひな菊だけでも守れるように残しておかねば)
今、竜也は福山親子と司良木親子の両方に銃を向ける形になっている。これなら、どちらも牽制できるしいざとなれば撃てる。
願わくば、このまま福山親子が司良木親子を倒せたらベストだ。
「せめて自分の将来のために、頑張り給えよ陽介くん」
竜也はそう言って、司良木親子に目を向けた。
一方、司良木親子も足を止めたまま福山親子が前に出てくるのを見ていた。クメは、興味深そうに呟く。
「おや……アチらも、親子かえ……」
ここに来るまでにたっぷり肉を食って腹を満たしてある彼女たちは、幾分落ち着いて状況を整理することができている。
向こうから聞こえてくる声に、娘のクルミがくすりと笑った。
「でも……ワタシたちほど、仲は……良くなさソウね」
「ええ、かわいソウに……」
司良木親子は、腐った顔を見合わせて笑う。
向こうもこっちも親子、しかし両者の間には決定的な違いがある。一つは生きているか死んでいるか、そしてもう一つは仲が良く信頼し合えるかどうか。
さっきから見ていると、どうも猛は息子の陽介を信頼していない。
竜也が陽介を殺そうとしたら猛でも撃つと言った時、猛はあからさまに顔をしかめて舌打ちし、陽介はそれに気づいてビクビクしていた。
もっとも、猛が陽介を信頼できない気持ちもわかる。
陽介は猛の知らないところでひな菊にいいように利用され、禁忌を破って家族ごと村の敵に落としてしまった。
これは怒るのも無理はない……というのが常識的な感想だ。
しかし、司良木クメはそうではなかった。
「全く……そノ程度で、子を見捨てるナンテ……薄情……」
クメはそうささやいて、クルミの頬を愛おし気に撫でる。
クメはそんなことをしない。たとえ自分の子が大罪を犯して村の敵となろうとも、決してクルミを見捨てなかった。
だから、復讐のために自ら禁忌を破ったのだ。
福山親子がある程度前に出てくると、クメは棒と包丁を組み合わせた槍を構えて踏み出した。クルミも、同じ槍を持って続く。
「さァ、あの無様な親子に……本物の親子ッテやつヲ……見せてやりマショ!」
二人はよく似た顔に不敵な笑みを浮かべ、福山親子に襲い掛かった。




