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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
170/320

170.元凶

 楓たちからの報告により、ついに謎の反撃の真相が竜也に伝わります。

 しかし後悔してももう遅い。


 竜也にとっては痛恨の危機対応ミス、しかしその背景にはいつもは猛をうまく抑えて使えていた竜也の手腕がありました。

 常時うまくいくことは非常時にはうまくいかない、この認識が大事。

 竜也たちは固唾をのんで、トランシーバーからの連絡を聞いていた。

『し、社長!トイレの前に新しい血痕が……!』

 不幸にして、悪い予感は当たってしまった。竜也たちの見ていない所で、死霊による侵攻は始まっていたようだ。

「……分かった、それ以上の調査は不要だ。

 命を大切にし、すぐロビーに戻ってこい。しかしこちらも守りを固めるので、増援を向かわせられないのは理解してほしい」

 竜也はできるだけ冷静な口調で、撤退の指示を出す。

 まんまと出し抜かれた。完全に後れを取った。

 工場内と周囲の死霊はきっちり始末し、野菊も倒してひとまず勝ったと思ったのに。後は野菊が復活してからのことさえ考えればいいと思ったのに。

 見えないところで動く何かに、いつの間にか手駒と安全を奪われていた。

「あの、社長……何か分かりましたでしょうか?」

 不安そうな顔の社員が、聞いてくる。

 竜也はどう答えるべきか一瞬迷ったが、すぐに社員たちの方を向いて声を張り上げた。

「諸君、残念ながら工場内はもう安全ではないようだ!

 今、戻らぬ者の捜索に向かった者から連絡があった。トイレ付近で、新しい血痕を見つけたと。つまり敵はもう中にいるのだ!

 これより、生き残りたければロビーから離れるな!!」

 それを聞いて、社員や村人たちからどよめきが走った。

 安全だと思っていた工場内がそうでなかったのだから、当然だろう。

 そして竜也自身も、気が気ではなかった。

(工場内にすでに敵が……ひな菊たちは無事だろうか!?)

 竜也が誰よりも守りたいひな菊は、今ここにいない。下手なことを口走られては困るので、陽介と一緒に社長室に置いたままだ。

 社長室の扉が簡単に破られるとは思えないが、今あそこには大人が事務長しかいない。清美に至っては、一人で移動中だ。

 しかし、助けにはいけない。

 そんな事をすればロビーにいる多くの人を見捨てることになり、まだ自分についてきてくれる人々に見限られてしまうからだ。

(くそっ……一体なぜ、誰のせいでこうなった!?)

 どうしようもない状況に、竜也は歯噛みしてこの原因を作った誰かを恨んだ。


 その原因となる者について、有力な情報がトランシーバーの向こうから飛び込んできた。

『楓さんがさっきしゃべるって騒いでた死霊が復活、罠を張ってた!他の死霊と共に待ち伏せ、武器も使ってる!』

「楓がさっき、しゃべると騒いでいた死霊……?」

 そう言えば、司良木親子を倒したあたりでそんな話があった。

 楓がただの死霊を普通じゃないと騒ぎ立て、現場を混乱させて自分を失態をごまかそうとしたとか何とか……。

 あの件は正直猛も楓も信用ならなかったので、周りにいる社員たちの話を聞いて、そいつに特に苦戦はしなかったとも聞いて、楓の嘘と判断していたが……。

(まさか……!)

 はっと猛たちの方を見ると、何人かの社員があからさまに青くなっておろおろしていた。

 竜也はずいっと彼らに近づき、重々しい口調で問う。

「君たちに問う、楓くんがしゃべると騒いでいた死霊は本当に一度もしゃべらなかったか?この中に、最初から戦いを見ていた者は?」

 すると、社員の一部がますます不穏になった。

「誰か始めから終わりまで見ていたかと聞いているんだ!!」

「ええっと、その……途中まで楓さんだけで相手をしてて……」

 竜也が怒鳴ると、ようやく一人が口ごもりながら答えた。

「たくさん死霊が来て、そいつらに手こずってるところに遅れて寄ってきて……僕らはそっちのとどめを刺すのに忙しかったので、正直ほとんど見てません……」

「見てないなら、なぜ揃って否定したんだね!?」

 竜也の顔が、鬼の頭領のように怒りに歪む。話を聞いていた社員や村人たちからも信じられないような視線が突き刺さる。

 それに気づくと、社員の一人は泣きそうな顔で叫んだ。

「だって……猛さんに逆らえるかよ!?」

 しかし、当の猛は平然とふんぞり返って言い放つ。

「ああ、俺は普段のあいつを知ってるからそう思っただけだ。それに俺は確かにしゃべるとこなんざ聞いてない、だから俺敵には正しい。

 それを信じるかは、おまえら次第だろぉ?」

 その無責任な言葉に、青ざめていた社員たちが絶望の表情でひざを折る。

 そして竜也は、全てを理解した。


(ぐっ……こんな所でここまでの問題を……!この男の横暴を過小評価していたか!)

 竜也は己の拳が白むほど握りしめ、楓の言ったことを深く考えなかった己を悔いた。あの時たった一人のクレーム同然に見える話でも聞いて用心深く対処していれば、こうはならなかった。

 楓がしゃべると言った死霊の頭に、念のため釘を打つだけで良かった。

 なのに、なぜ大丈夫と判断してしまったのか。

 それは、普段猛が会社で問題を起こしてもそれが隠されることはないからだ。必ず誰かが、こっそり上に報告してくる。

 当然だ、会社の問題はその場で隠してもいずれ大きくなって自分たちに降りかかる。皆がそれを分かっているからだ。

 竜也が報告してきた者を保護しているのも大きい。

 猛が後で報復したら、すぐバレて警告や減給処分が下るようになっているのだ。

 この状況では、猛は周囲を力で従わせて問題を隠すことができない。何件かそういうことを繰り返すと猛も状況を理解し、会社では大人しくなっていた。


 だが、会社の業務と今夜の戦闘は別である。

 会社の業務は猛がいなくても回るが、この戦闘で猛の協力を得られるかは他の社員たちにとって死活問題である。

 もし猛の機嫌を損ねて助けてもらえなかったら、自分が抑えている死霊のとどめを後回しにされたら、自分は死ぬかもしれない。

 そしてその戦闘を、竜也は見ていてくれない。指示を出して助けてもくれない。

 もしそれで死者が出ても、不幸な犠牲で済まされてしまう。

 実質、猛がその場にいる者たちの生殺与奪を握っている。

 だからいつもと違い、誰も逆らえなかった。

「畜生、しょうがねえだろ!俺には妻も子もいるんだ、俺がいなくなったら誰が養うんだよ!?それ以前に、戦わねえおまえらが生きたいのを否定すんなよ!!

 じゃあ誰か猛さんの代わりに、俺らを助けてくれたのか!?」

 責めるような視線を浴びた社員が、泣きじゃくって喚いている。

 竜也がこの状況に気づいていれば、何か手を打てたかもしれない。だがこんなことは初めてで、気づけなかった。

 何より、今気づいたところで後の祭りであった。


 そうしているうちに、トランシーバーから悲痛な声が届く。

『があぁっ!お、俺たちはもうダメだ、囲まれて……掴まれ……いぎいいぃ!!』

 響くのは、二人分の苦痛の叫び。どうやらトランシーバーを持っている社員が、死霊の牙を受けてしまったらしい。

『ハァ……ああっ……楓さんとあと一人、逃げ……ぐうっ!

 でも、道……罠だらけ……防火扉ああがっ!!』

 まだ全滅ではないが、もう生きて逃げているのは楓含め二人という有様だ。用心したつもりで五人向かわせたが、この惨状だ。

 悲鳴混じりの言葉は断片的で詳しくは分からないが、防火扉などを使って罠を仕掛けられてしまったらしい。

 その理由が、竜也には分かった。

 しゃべる死霊とは、おそらく大罪人だ。司良木親子と同じように、知能がある。

 そして、大罪人は時間経過で復活する。楓がしゃべると言っていた死霊が大罪人で、普通の死霊と同じように放置していたため、復活して見えないところで動きだしたのだろう。

 襲われている者もそれが分かったらしく、悲鳴に恨み言が混じり始めた。

『いいいぃぐうう……畜生!猛の言うことなんざ……聞かなけりゃああ!!

 生きたかった……生ぎだがったああぁ!!』

 その悔恨の叫びに、猛に従ってしまった社員たちはがたがた震えた。今猛に従ったツケを払って死にゆく社員は、ちょっと後の自分たちかもしれない。

『ぐぞぉ……恨んでやる!!呪ってやる!!

 てめえの首に……かぶりつっべぎょっ……げほっ……ごっ……』

 恨み言もついには途切れ、かすかにぐちゃぐちゃと湿った音しか聞こえなくなった。聞いていた全員が、生きた心地がしなかった。


 それに追い打ちをかけるように、廊下から悲鳴が響いてきた。

「た、助けて!!何よこれええ!!」

 見れば、清美が息を切らしながら走ってきていた。なぜか陽介と聖子も一緒だ。

 その後ろ、曲がり角から現れた敵の姿に、ロビーの者たちは凍り付いた。


 見覚えのある喪服の女と女学生風のはかま姿の少女……間違いなく、倒して拘束したはずの司良木親子だった。

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