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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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17.いわゆる教訓

 話が現代に戻ってきます。

 白菊姫の結末を聞いて、地元の小学生たちは何を思うのでしょうか。

 大樹たちは、息を飲んでその結末を聞いていた。

 途中、飢饉の話からは聞いているのも苦しいほどだったが、最後はもっと残酷だった。正直、小学生相手に聞かせるべきではないくらいだ。

「知らなかった……そんな怖い話があったなんて」

 いつも強気の咲夜が、震えた声でこぼす。

 家が、菊を育てる農家であるせいかもしれない。かつての白菊姫のように毎日、本来菊ができない季節でさえビニールハウスで菊の世話をしている咲夜に、この話はこたえただろう。

 今や村の主要産業となっている菊づくりに、こんな過去があったとは。

 大樹と浩太にとっても、背筋が寒くなる話だった。


「なあ、ばあちゃん。

 それって、ただの伝説だよな?」

 あまりに気味の悪い結末に、大樹はそう聞かずにはいられなかった。

 死体が動いて人を食うなど、常識的に考えれば架空の話でしかない。しかし、それでも手の中に冷たい汗が湧くほど、その話はリアルに感じられた。

 それは、いつものタエばあさんからは想像もできない思い語り口のせいかもしれない。普通に考えれば伝説でしかなくても、どうしても一言嘘だと言ってほしかった。

 タエばあさんは、少し肩を落としてこう答えた。

「信じる信じないは、その人の自由じゃ。

 大切なのは、飢えて死んでいった人の悲しみを忘れんことじゃよ」

 どうにもあいまいな答え方だ。

 しかし、大樹は少しだけ安心できた。

 これは、日本いや世界各地にある勧善懲悪の説話のようなものだろう。そういう話はだいたい、本当かと問えばこんな答えが返ってくる。

 大切なのは、被害者の痛みに思いを馳せ、ひどい目に遭った悪者を反面教師としてそうならないよう努力することだ。

 三人は出された麦茶を飲み干すと、タエばあさんにお礼を言ってその家を後にした。


 外は、とんでもなく暑かった。

 真夏の太陽が容赦なく照り付け、家から出た途端にどっと汗が噴き出す。

 しかし、三人とも暑いとは言わなかった。むしろ、ずっと感じていた寒気を払ってくれた暑さに感謝した。

「あーあ、何か複雑だなぁ……」

 咲夜がぽつりとつぶやく。

「私ね、白菊姫ってもっといい人だと思ってたの。

 だってほら、この村を菊の名産地にしたっていうから、もっとこう……村のちょっとした偉人みたいな感じだと思ってたの。

 でも、本当は逆だった……」

 それは大樹も感じていた。

 この村の見事な菊畑の開祖が白菊姫だと聞くたびに、どうしてもっと宣伝しないのかと子供心にふしぎに思っていた。

 お姫様の菊といって宣伝すれば、もっと売れるかもしれないと。

 もっとも、そう言いだしたのは美少女オタクの兄だが。オタクでなくても、少しもったいないとは思っていた。

 だが、白菊姫がかつてこの村で起こした大惨事を知ってしまった今となっては……。

「宣伝できない訳だ……」

 大樹は納得して肩を落とした。

 つまり、今この村の一大産業となっている菊作りは、かつて菊のために餓死した多くの農民たちの怨念を背負っているのだ。

 そんな不吉な話、誰も広めたくないだろう。

「でも……」

 浩太が小声で呟く。

「確かにばあちゃんの言う通り、忘れるのは良くないと思うんだ。

 キレイなもののために、辛い目に遭う人はどこにでもいるもん……」

 ため息混じりのその言葉に、大樹は自分まで心に重石を乗せられた気分だった。浩太にこんな話を聞かせるべきじゃなかったのかもしれない、とも思った。


 かんかん照りの日差しを避けて、三人は歴史資料館に入った。

 そこは村の菊作りを紹介する展示などがある場所で、二階の資料室の一角には簡単にだが村の歴史を紹介する部屋もある。

 冷房の涼しい風の下で、三人は腰を下ろした。

 大樹がふと外を見ると、ベランダでは鉢植えのコスモスが暑さにやられてくたりと下を向いていた。

(毎朝水をやっても、昼にはこれだもんなあ)

 一週間ほど雨が降っていないせいで、花壇の花も元気がなくなっている。こういう光景を見ると、白菊姫の伝説が一層リアルに感じられる。

 だが、それが正しいのだろう。

 死体が動いたかどうかは別として、大飢饉は本当にあったのだから。


「さあ、後は流れをまとめるだけ!

 ちゃちゃっと終わらせるよ」

 咲夜が本棚から、村の歴史が記された冊子を持ってきた。

 折り込みになったページを開くと、ずらずらと現代に至るまでの村の年表が出てきた。

 有名な武将の名前が出てくる訳でもない、有名な戦いに関する記述すらほとんどない……おそらく誰も読まないであろう村史だ。

 その江戸時代に、何度かあった全国的な飢饉の一つと重なる形で、この村も大飢饉に見舞われ大きな被害を出したと記述があった。

「多分、これよ。

 だってほら、ここの年号が同じ」

 咲夜が見比べているのは、下の階にあった菊作りに関する冊子だ。

 そのページには菊畑の開祖である白菊姫の簡単な紹介と、生きていた年が記されている。白菊姫の死んだ年と、村が大飢饉に見舞われた年はぴったりと一致していた。

「この二つはコピーして貼りましょ。

 それから、あとはこの辺りの流れをB紙に書いて……」

 咲夜の指揮の元、自由研究の発表資料ができ上がっていく。

 その日のうちに資料を完成させると、三人は大きな達成感を胸に資料館を後にした。


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