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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
168/320

168.再遭遇

 楓さんたち偵察隊のターン。

 安全だと思ってた場所が危険になっていると、最初から危険だった場合よりドキドキしますね。


 そして、楓の前に現れたしゃべる死霊……彼女は楓にとって見覚えのある相手でした。

 他人の証言を否定して対策を怠ると、結局こうなって返ってくる。それを見た楓さんはもちろん……。

 楓たちは、慎重に廊下を進んでいた。

 廊下は電灯で明るく照らされているとはいえ、人気が無く不気味だ。進んでいく社員たちも思わず、腰が引けてくる。

 つい今さっきまで工場内は安全だと思っていたのに。それがいつの間にか、どこに敵が潜んでいるか分からない魔境になってしまった。

「止まって、曲がり角よ」

 向こうが見えない曲がり角は、とてつもなく緊張する場所だ。

 まず楓が長い棒で先を探り、しばらく何もなければ楓だけが素早く前進して棒で前方を薙ぎ払う。

 もし敵がいても、これで転ばせて動きを封じるために。

 そうして何もいなければ、また固まって進んでいく。

 道中に扉があればやはり楓がまず棒で叩き、反応がなければ開けてみて、敵がいなければ再び閉めておく。

 しばらくそうして進んだが、敵の姿はなかった。

「はは……やっぱり、入られたなんて思い過ごしじゃ……」

 しかし、その希望的観測はすぐに打ち砕かれることになる。

 トイレの前まで来ると、楓たちは息をのんで足を止めた。


「……これは、血……よね?」

 トイレの前には、赤い汚れがぶちまけられていた。そのうえ廊下の奥に向かって、引きずったような跡がある。

 間違いなくここで惨劇が起こり、犠牲者は引きずられていったか死霊と化して自らを引きずっていったのだろう。

 楓たちに、一瞬で緊張が走った。

 間違いなく、誰かがここで敵に襲われた。

 この血がぶちまけられた時、ここには確実に敵がいた。

 そしてその敵は今も、工場内のどこかに潜んでいる。人目につかないところから、虎視眈々と襲い掛かる隙を伺っている。

 もう工場内は、安全地帯などではなくなっていたのだ。


「みんな、周囲を警戒!

 深入りしないで、早く社長に連絡を!」

 楓が真っ先に動き、他の社員たちに指示を飛ばす。社員たちははっと我に返り、それぞれ武器を構えて背中合わせになる。

 トランシーバーを持った一人が、急いで竜也に連絡する。

「し、社長!トイレの前に新しい血痕が!

 はい……はい、敵の姿はまだ見えません!」

 連絡した社員が、青ざめた顔で楓に報告する。

「敵は探さなくていいし倒さなくていいので、速やかに戻ってこいとのことです。ただし、あちらも守りを固めるので救援は出せないと」

 楓は、額に汗を浮かべて呟く。

「フン、救援なしね……猛が来ないって時から分かってたわ。

 いい、みんな、何としても生き残るわよ!」

 要するに自分たちは、最悪失ってもさほど痛くない鉄砲玉。この状況で決定力となる戦力を外した偵察とは、そういうこと。

 しかし、竜也の判断も理解はできる。

 ロビーには未だ百人近い人間がいる。あそこで死霊が好き勝手暴れたら、犠牲者も増える死霊も計り知れない。

 その最悪の惨事を防ぐために、猛は動かせないのだ。

「貧乏くじを引いたね……でも、あたしもただやられはしないわよ!」

 楓たちは、ゆっくりと撤退を開始する。

 社員の二人は今すぐにでも飛び上がって走り出しそうにそわそわしているが、どこに敵がいるか分からないこの状況でそれは悪手だ。

 そんな事をすればおそらく、待ち構えている敵の懐に飛び込むだけだ。

 楓は知っている、敵は野菊と司良木親子以外にも知能のある奴がいる。さっきは猛の脅しで黙らされたが、事実だ。

 もしそんな奴が、罠を張っているとしたら……。

 その期待を裏切らず、死霊共は姿を現した。


 いくつ目かの角を曲がった時、社員の一人が叫んだ。

「うわああぁ!!?」

「危ない!!」

 楓と他の社員がとっさにその社員の体を掴み、強引に引っ張って下げる。その社員の目の前で、死霊の手が空を切った。

「待ち伏せは考えてたけど、やっぱりね」

 曲がり角の向こうには、五体もの死霊が立ち塞がっていた。しかもそれが全て、白川鉄鋼の作業服を着ている。

 社員たちは、その顔がさっきまで生きていた同僚であることに気づいた。

「そんな、嘘だろ……!?」

 呆けそうになる社員を、楓が叱咤する。

「しっかりしな、あれはもうあんたらの知ってるお仲間じゃない。

 話したって無駄だ、逃げるよ!!」

 楓と社員たちは死霊が塞いでいる道を諦め、他の道に回ろうと踵を返す。決定打となる戦力がいない以上、戦おうと思ってはいけない。

 とにかく、ロビーに帰って他と合流するのだ。


 しかし、逃げようとする楓たちの前にまたしても死霊が立ち塞がる。

 そちらは、たった一人だった。しかしその姿を見た途端、楓は思わず足を止めた。

 それは、着物姿の少女だった。頭に刺さった派手なかんざしが電灯の光でキラキラと輝き、黒字に色とりどりの菊が咲き誇る。

 見覚えがあった。嫌な思い出とともに。

 腐った少女は、楓の姿を認めると血まみれの口を開いて言った。

「あ……ンタ……さっきは、ヤッて……クレたね……!

 今度は……あたシ、が……食って……やる!」

 その瞬間、楓は猛の脅しを振り切って竜也に直訴しなかったことを心の底から後悔した。今目の前にいるのは、数時間前に楓が倒したしゃべる死霊だったのだ。

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