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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
166/320

166.消えた宝剣

 宝剣の回収作戦で、またも竜也を悩ませるトラブルが起こります。

 だって、宝剣は今誰がどこで持っているか……野菊の体のところにはとっくにありません。


 そして、竜也が楓をどう扱っているかで静かに不満が蓄積していきます。竜也は人を役に立つ度合いでしか判断しないため、この非常時は猛優先になってしまうのです。

 しかし、ないがしろにされ続ける楓は……。

 福山夫婦は、すぐにやって来た。

 元々戦う事しか能がないようなこの夫婦、さっきまでは社長室の護衛をしながら陽介のことでどちらが悪いか口論になっていた。

 しかし、竜也のいう事にはよく従う。

 竜也に支援してもらわなければ、生きていけないからだ。この夜を生き残ったら、この二人も元犯罪者のならず者どもと同じになるのだろう。

 竜也は、さっそく二人に命令した。

「まず、楓くんに野菊の武器を奪いに行ってもらう。

 その時もし野菊に近づいても狙撃がないもしくは盾で防げると分かったら、次は猛くんに野菊の頭を潰しに行ってもらう。

 成功報酬はそれぞれ、20万と100万だ」

 竜也の作戦は、二段階だった。

 まず楓と鉄板の盾を持った者たちを出し、野菊の武器を奪いながら狙撃の有無と防げるかを確かめる。

 もし狙撃がないか防げるようなら、最強の駒である猛を出して徹底的に頭を潰してもらう。

 できるだけ戦力を失わないよう、安全に配慮した作戦だ。

 ただし、楓は囮の意味もあるが。

 それを聞くと、楓は少し不満そうな顔をした。

「先に鉄板を持った人だけが外に出てみるとか、私がネイルガンを持って一緒に頭も潰すとかじゃだめなの?」

「それだと、もし君が撃たれたらネイルガンの回収が困難になる。

 それに、確実さが求められる仕事は確実にやってくれる者に頼みたいのでね」

 竜也は、楓の申し出をすげなく却下した。

 なぜなら、竜也は楓を信用できないと思っていたからである。

 平時から楓の自己中心的な行動は猛から嫌というほど聞かされていたし、さっきも普通の死霊を普通じゃないと騒ぎ立てたと聞く。

 この非常時にあるまじきことだ。

 だから竜也は、この女に一番大事な仕事は任せまいと思っていた。

 少なくとも今夜の非常時に一番必要で真面目にやっている猛に現場を任せ、自分はロビーの人たちを落ち着かせに向かった。


「さあさあ、社長様の命令だ。

 さっさとやっちまおうぜ!」

 作戦は、すぐに実行に移された。

 厚い鉄板を盾のように構えた二人の社員が楓を囲み、楓は先端にフックのついた棒を持って一緒に玄関から出る。

 野菊が横たわっている場所までは、距離にして5メートルほど。

「撃たれたら冗談じゃないわ……狙いをつけさせないように、早足で進むのよ」

 楓の的確な指示の下、一団は素早く野菊に近づく。

 実際、このミッションは三分もあれば終わるだろう。近づいて、楓のフックで宝剣をひっかけて回収して終わり。


 だが、それができなかった。


 野菊にフックが届くところまで近づいて、楓は唖然とした。

「何これ……宝剣が、ないじゃない」

 鉄板持ちの二人も、懐中電灯の照らす先を見て息をのんだ。

 野菊の手に、回収するべき宝剣がない。倒れる時に落としたのかと周りを照らしてみても、見当たらない。

 ないものは、回収できない。

 まごついていると、後ろから猛の怒声が飛ぶ。

「おい、何もたついてんだ!早くしろ!!」

 楓は、鉄板持ちの二人に声をかけた。

「……で、どうするの?つっても、回収なんかできやしないわ。

 さっきはあいつに同調して、あたしの言ってたしゃべる死霊なんて嘘だって言ってくれたけど……これもあたしのせいにするのかしら?」

 そう言われて、二人は慌てて首を横に振った。

 二人もこうして見ているし回収できる位置にいるのだから、言い逃れなんてしようがない。二人は冷や汗を垂らしながら、言った。

「分かりました、今度はちゃんと姐さんの味方になります」

 そうして、三人は何の成果もなく玄関に戻った。


 ロビーで不安がる社員や村人たちに弁舌を振るう竜也の耳に、爆音のような怒声が届いた。

「ふざけてんのかてめえは!!」

 その荒々しい声に、社員や村人の一部がびくりと肩をすくめる。それを見て、竜也は顔をしかめて舌打ちした。

 ただでさえ不安になっている人々を、これ以上刺激されてはまずい。

(あれほど簡単なミッションのはずなのに、あの夫婦はまた何をやってるんだ!?)

 こちらはいくら陰謀論を唱えても、生きている石田という確たる証拠が出てくるとさっきほど説得がうまくいかない。

 そのうえすぐ近くであんな恫喝めいたものを聞かされたら、否が応でも不安を煽られてますます動揺が広がるじゃないか。

 竜也は、踵を返して玄関に向かった。

 とにかくあいつらを早く黙らせて、問題が起きたなら見に行かなくては。その方が、社員や村人たちの印象も良くなるだろう。

 竜也は眉間に青筋を立ててぴくぴくさせながら、また怒声の響く方に向かった。


「だーかーら、早く宝剣を回収して来いっつってんだよ!

 そんな簡単なこともできねえのか!?社長の命令だぞ、20万だぞオラァ!!」

 玄関では、猛が楓を怒鳴りつけていた。

 しかし、いくら脅されてもできないものはできないのだ。楓はこちらも鬼の形相で、真っ向から言い返す。

「だ・か・ら、宝剣がないって言ってるの!!

 ないものをどうやって回収するのよ!?あんただってできないくせに!!」

 楓と一緒に行った鉄板持ち二人も、一緒に反論する。

「そうですよ、僕らも見ましたが本当になかったんです!」

「いくら怒ったって、誰が行ったって同じ……げっ!!」

 途端に鈍い音がして、一人が倒れた。猛が、言いなりにならない子分に腹を立てて殴り倒したのだ。

「うるせえ!!俺の言うことが聞けねえのか!?

 それに、こんなしょうもねえ女に味方するたぁ、いつの間にそんなに仲良くなりやがった?それは俺の嫁なんだよ!!

 どうしても分かんねえなら、今度はこのハンマーで……」

 ついに猛が凶器を振り上げた時、絶対的な制止の声が響いた。

「やめたまえ、暴力は減給だぞ!!」


 竜也は、これ以上ないくらい苛立っていた。

 完璧だと思っていた支配を揺るがされ、おまけに工場を安全にするための簡単なミッションすらトラブルの元にされて。

 だがここで冷静さを失うまいと必死で己を制し、事情を問う。

「……で、一体どんな問題が起こったんだね?」

「それが……野菊の手に宝剣がないんです」

「何?」

 事情を聴いた竜也は、狐につままれたような顔をした。

 宝剣がないとは、どういうことか。野菊は倒れる時確かに宝剣を持っていたし、今の動けない状態でどこかへ持っていけるはずもなし。

 また楓の嘘だろうと猛は憤るが、竜也にはどうも引っかかった。

 宝剣があるかないかなど誰が見ても分かるし、楓に付き添った二人もないと言っている。それに、こんな簡単でおいしいミッションまでサボる理由などない。

 竜也はすぐ、別の社員に命令した。

「おまえたち、宝剣があるかどうか見てこい!狙撃は……」

「ありませんでしたわ」

 楓は、これには素直に答えた。

 それでも念には念を入れて、鉄板を持った社員三人が野菊に近づく。三つの懐中電灯で、野菊の周りを念入りに照らす。

「どうだ、宝剣は……」

「ありません!影も形も、引きずった跡すらも……!」

 その答えに、竜也は青ざめた。

「へ、な、何だって!?本当に……」

 猛も、ようやく己の誤りを認めて目をしばたいた。

 野菊の体は倒された時のまま、すぐ目の前に転がっている。相変わらず動かないし、動いた様子もない。

 それでも宝剣は消えてしまった……これはどういうことか。

 竜也の背に、ぞわぞわと寒気が走った。自分の見ていないところで、気づかぬところで一体何が起こったというのか。

 竜也は、事態が己の手からどんどんすり抜けていくのを感じずにはいられなかった。

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