164.衝撃
石田さんと白川鉄鋼のターン。
石田の生存を示す生の声と祈りのこもった呼びかけが、岩盤のようになっていた白川鉄鋼の支持者たちの心に響く。
しかし、竜也は転んでもただでは起きない男。
持ち前の不屈の闘志で、何としても挽回しようと考えますが……。
伝えたい事実を全て伝えると、石田は最後に絞り出すように言った。
『皆さん、あの凶悪な男は……白川竜也は、今もあそこにいる者たちの村への不信を煽り、村を自分のものにしようとしています!
私は自分が捨てられたことで、竜也の本性に気づくことができました!
しかし、あそこには……まだ守られているつもりで、気づいていない方がたくさんいるのです!』
石田の叫びには、やり場のない悲しみと焦りが詰まっていた。
自分は殺されそうになったが、おかげで気づけた。
しかしまだ白川鉄鋼には、竜也こそ正義と思い込まされている人たちがたくさんいる。それを利用して、他者への非道にすら手を染めてしまった人も。
石田はそんな人たちがかわいそうでならなかった。
状況に付け込まれて竜也に取り込まれ、村の敵になってしまった人たちが。
石田は、彼らのために呼びかける。
『……ですが、どうかこの夜が明けても彼らを責めないでください!攻撃しないでください!排除しないでください!
彼らは、生きるためにすがらざるを得なかったのです!恐怖に突き動かされて、必死に強い者に手を伸ばして絡めとられてしまったのです!
そして、態度によってはいつ命まで切り捨てられるか分からない立場なのです!!
今ここにいる私のように!!』
さらに石田は、白川鉄鋼にいる者たちにも呼び掛けた。
『そして白川鉄鋼にいる皆さん。
あなた方が私についてどんな説明をされたのか分かりませんが、おそらく今私が生きているのとは違う説明をされたでしょう。
分かりますか?社長は嘘をついています!社長を信じてはいけません!!
とはいえ、今あからさまに逆らうと、私のように釘を打たれたり銃弾が降って来たりするかもしれません。
私はそれを望みません。あなた方はどうか、生き残ることを最優先に行動してください。この村にいる全員が、一人でも多く助かることを望みます』
この言葉を最後に、四度目の放送は終わった。
この放送は、白川鉄鋼に激震を与えた。
最初の宗平からの情報を、ロビーにいる者たちは信じなかった。むしろ真っ向から白川鉄鋼を悪者にする放送に、さらに村への不信感を募らせた。
やっぱり村の上層部はうちを潰そうとしているんだ、負けてたまるかと。
しかし声の主が石田に変わった途端、ロビーにいる者たちはぎょっとした。
「え……石田さん、何で……?」
「どうなってる?死んだんじゃなかったのか!?」
石田のことは、事務長から犠牲になったと知らされたはずだ。それがこうしてしゃべっているとは、どういうことか。
「い、言わされてるんだ!
噛まれたって、すぐ死霊になる訳じゃない。きっと村の悪いジジイ共に、助かる方法があるとか言われて協力させられて……」
「いや、でも噛まれたら助からないって石田さんはよく知ってるだろ。
それに、あの真面目で人の命を最優先に考える人がそんなことするか?」
混乱する村人たちに、石田があの後どうなったか……真実が告げられる。
怪我は死霊ではなく白川鉄鋼の社員のせい、その証拠は今もあるし日が昇っても残り続けると。
そして自分は、噛まれていないのに捨てられたと。
聞いていた村人や社員たちは愕然とした。
もしこれが本当なら、社長は自分たちをだましていることになる。
これまで社長こそ正義と信じてきたが、本当にそれでいいものか。
そのうえ、今住宅地に大量の死霊があふれているという。大量の死霊といえば、まさにちょっと前まで工場の周りにいて、車でどこかに連れて行ったではないか。
さらに竜也の銃、あれが逆らえば人に向く可能性があるというのはショックだ。だが考えてみればその通りだ。自分たちは、竜也に生殺与奪を握られている。
考えれば考えるほど、恐ろしい方向につじつまが合う。
最後に、石田は村人たちが今会社に従う者たちを攻撃しないように、そして今会社にいる者たちが賢く生き残るように呼び掛けた。
この呼びかけは、白川鉄鋼にすがっていた者たちの危機感を呼び覚ますのに十分だった。
社長室では、竜也が額に青筋を立てて脂汗を浮かべていた。握りしめた拳は、怒りのあまりわなわなと震えている。
「石田が……生きていた、だと!?」
てっきり、うまくいったものだと思っていた。
足首を釘で貫いてまともに歩けなくすれば、たちまち死霊に食われてしまうものと思っていた。あいつの口は、とっくに封じたはずだった。
だというのに、石田は敵の手に落ちてしまった。それどころか釘を打たれた己の身を証拠として、隠していた真実をあらいざらいしゃべってしまった。
竜也にとっては、完全に想定外の事態だ。
(何てことだ……これでは、支配下に置いた者たちの心が離れてしまう!
私はあいつが死んだと伝えた。その時点で一つが嘘だと分かってしまった。
そのうえあいつが生き延びれば、私はこの銃について追及を免れん。あいつに打った釘も、そう民間にあるものではないから証拠になる。
くそっどうすればいい!?)
竜也以外も、これには動揺して不安を露わにしていた。
「し、社長さん……?さすがにこれ、まずいんじゃ……」
「パパ……大丈夫なの?」
ひな菊が泣きそうな顔で、消え入りそうな声で言った。怖い、助けてと、ただ一人の保護者である竜也だけを見つめている。
竜也はそれを見てぐっと気を取り直し、ひな菊の頭を大きな手で撫でてやった。
「大丈夫だ、パパが必ず何とかしてみせる!
ひな菊は安心して休んでなさい」
そうだ、うろたえている場合ではない。ひな菊を守らねば。
「そうね、早いとこ手を打たないと。
今からもう一度車を出して役場に死霊を集中させれば……急いで戻ってくれば、ギリギリ野菊の復活に間に合うんじゃない?」
竜也にすがらねば村で生きていけない清美も、危機感を覚えてすぐに新しい作戦を提案してくれた。
そうだ、まだ負けたわけではない。味方を全て失ったわけではない。
「すぐ事務長を呼べ!!」
竜也は、心を奮い立たせてまた動きだした。
この衝撃のできごとに気を取られて、社内に死霊が入り込んでいることにはこれっぽっちも気づかなかった。




