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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
162/320

162.急報

 舞台が咲夜たちの方に戻ります。


 役場にいる咲夜たちのもとに、ようやく真の勇者と貴重な情報持ちが到着します。

 しかし、住宅街では既に惨劇が始まり、村人たちの放送への信用は落ちていました。

 そこに、怪我を押して勇気ある行動に出る男が……。

 白川鉄鋼で静かな異変が進行していた頃、住宅街のあちこちで予期せぬ惨劇が起こっていた。

 白川鉄鋼から車で誘導された死霊の群れが、明かりのついている家めがけて襲い掛かったのだ。

 神社から逃げ帰ってきたりそもそも避難していなかったりした人々は、宗平の放送を聞いてもう死霊は来ないものと安心していた。

 それでも少し不安は残るので、家の電気をつけて起きている者が少なくなかった。

 その中途半端な対応が、一番良くなかった。

 死霊たちは家の明かりの引き寄せられ、窓の中に人間の姿を見つけてしまった。そして、窓をドンドンと叩いて襲い掛かろうとする。

「何だ……え、死霊!?」

 家人は驚き慌てるが、もう遅い。

 周りには他の死霊も多くいて、音を聞きつけて集まってくる。そうして五体も集まれば、もう一般家庭の窓では耐えられない。

 たちまち窓が壊され、死霊が入ってくる。

 それでも屋内に留まり、他の部屋でドアの前に家具を置いて隠れた者は賢明だ。そうすれば死霊は獲物を見失い、そのうち出ていくだろう。

 だが、そんな冷静な判断ができる者は少ない。

 慌てふためいて家から飛び出し、別の死霊に捕まって食われてしまう……そんな人たちの悲鳴がそこかしこで響いた。

 中には近隣でそれが聞こえた途端、再び神社に避難しようとして侵入されてもいないのに家から飛び出す者もいた。

 神社が再び安全になったと知らせる、宗平の放送が仇になってしまったのだ。

 放送と全く逆のことが起こって、村人たちは混乱した。

 放送ではああ言っていたのに、なぜこんなに死霊が来るんだ。

 自分たちは一体、何を信じればいいんだ。

 神社でも清美の言っていたことは真っ赤な嘘だったし、まさかまた騙されたのか。宗平なら信じられると思ったのに、どうしてこうなった。

 その混乱が、判断の誤りに拍車をかけた。

 まさに竜也が思い描いた通りの惨劇が、進行していた。


 しかし、その惨劇を止めるためにひた走る者もいた。

 田吾作と救出された石田は、息を切らしながらもようやく役場にたどり着いた。田吾作は石田に肩を貸し、疲れ切った老体を引きずるように役場に入った。

「誰か、おらんか!!森川、宗平!!」

 田吾作が呼びかけると、奥から宗平と咲夜が出てきた。

「これは、田吾作さんも無事でしたか。

 それに、その方は?」

「足に大きな怪我をしとる、横になれる場所が必要じゃ。

 それと、状況が変わった。すぐ放送を流さにゃならん!」

 田吾作の様子から、宗平はすぐにただ事ではないと察した。咲夜が急いで森川を呼びに行き、宗平と森川の二人で石田を支えた。


 石田をソファに横たえると、田吾作もどっと疲れが押し寄せて来て床に崩れ落ちた。咲夜が慌てて水を差し出す。

「大丈夫ですか、田吾作さん?」

「ああ……すまんのう。年は取りたくないもんじゃ……」

 田吾作は、咲夜から受け取った水を一気に飲み干した。夜なのであまり意識していなかったが、ずっと動きっぱなしで予想以上に喉が渇いていたようだ。

 ソファでは、大樹たちが石田の足首を手当てしようとして絶句していた。

「何だよこれ……釘!?どうやったら、こんな……!」

 森川と宗平は、明らかに不穏な気配を感じて田吾作に尋ねる。

「田吾作さん、お疲れの所悪いですが、一体何があったのですか?

 この方の傷は明らかに人為的なものですし、なぜここまで来ないと手当てできなかったのか。何か大変なことが起こっているのでしょうか?」

 田吾作は、深くうなずいて話し始めた。

「ああ、とんでもない事じゃぞ。

 実は、白川鉄鋼で……」

 田吾作は、竜也が野菊を倒してしまったこと、白川鉄鋼の周りにいた死霊たちを住宅街に誘導したことを告げた。

 それは、竜也にしてみれば伝わるはずのない情報だった。


 田吾作の話を聞いた咲夜たちは、真っ青になった。

「何それ……じゃあ今はまた死霊たちが統制を失って、しかも住宅街に流れ込んでるってこと!?そんなの、多分そこにいる誰も知らない!

 このままじゃ、住宅街の人たちが……!!」

 大樹は、震えながら床に崩れ落ちた。

「ま、待てよ……俺の家族はまだ外で俺を探してるかもしれないのに……」

 そう、大樹と浩太の親はまだ外をうろついている可能性が高い。我が子を探して疲れ、気もそぞろな所に死霊が襲い掛かったら……。

 宗平は、青ざめたまま言う。

「とにかく、放送を流すしかない。

 住宅地が危険であることを知らせて、すぐ身を隠すよう指示を出すんだ。それで何とか、間に合ってくれればいいが……」

 宗平は、悔しさにギリギリと歯を噛みしめて放送室に向かった。

「くそっ……備えていたはずなのに、後手に回りっぱなしだ!

 ついさっき、住宅街周辺に死霊は少ないと言ったばかりなのに、すぐまた逆の情報を流さねばならんとは。

 いや、もう住宅街の人々は我々に裏切られたと思っているかもしれん。

 このままでは、我々の信用が落ちる一方だ!」

 森川も同じことを思ったのか、非常に苦い顔をしている。

 不測の事態が重なっているとはいえ、今夜の放送は三回のうち二回が実情と異なり、人々の被害を増やす結果になってしまった。

 これでは村人が何を信じていいか分からなくなり、そのうち放送してもそれ自体を疑って聞いてくれなくなるかもしれない。

 そうなってしまったら、もう自分たちに村人を救う手はない。

 だが、苦渋を噛みしめる宗平の肩に石田が手を置いた。

「次の放送は、私も話しましょう。まだ田吾作さんが言っていないことがたくさんあります。

 私は、隣の原台市から来た救命士です。こういう時だからこそ、外から来た公務員の言葉にはまだ信用があるでしょう。

 それに、私の身に起こったことは、村の皆さんにも知っていただきたい」

 石田の顔は苦痛に歪み、額には脂汗が浮いていたが、その目には強い意志が宿っていた。

 伝えねばならぬ真実を胸に、石田は宗平と共に放送席についた。

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