161.解放
徐々に再び戦力を増やしていく野菊は、ついに司良木親子を解放します。
ここまでの戦いで、野菊が学んだこととは。
そして、野菊がこの状態になってできるようになった事は。
ちなみに死霊の強さランクはこんな感じ。
野菊>(越えられない壁)>司良木クメ(長柄武器がめっちゃ強いママ)>司良木クルミ(ママほど強くはない)>>作左衛門(技はないが力はそこそこ強い)>間白喜久代=白菊姫(戦闘技術なし)
司良木親子のいる部屋の前の見張りも、気が緩んであくびをしていた。
ここにいるのは猛や楓とまともに戦える、恐るべき大罪人。拘束してここに運び込んだ当初は、見張りも緊張していた。
しかし今、司良木親子は完全に無力化されている。
扉を閉めて何度も窓からのぞいて様子を見るが、二人に変化はない。
これが二時間も続くと、飽きてくる。
「なあ、ここ本当に見張り要るのか?
カメラでも置いときゃいいだろ」
「いやいや、野菊が壁や天井を朽ちさせて助けに来るかもしれんし、まだこいつらのことが完全に分かった訳ではないからのう。
何か起こってからでは遅いっちゅうことじゃ」
「つっても、その野菊も社長が倒したんだろ?
だったらそいつが復活するまでは、休んでりゃいいじゃん」
こんな調子である。
特に若者の方はすっかりだらけて、今にも床に寝転んでしまいそうな勢いである。老人も、それを強く止めようとはしない。
その時、詰め所がある曲がり角の向こうに、チラリと人影が見えた。
「ん……どうした?」
曲がり角の向こうから見慣れた作業服の人影がのぞき、ちょいちょいと手招きする。そして指を口に当て、静かにしろとジェスチャーを送る。
一体何なのかと困惑していると、甘ったるい女の声が響いた。
「何よ、人が来ないなら堂々とやればいいじゃない!男のくせにいくじなし!
あたしは別に、二人相手だって構わないわよ。せっかくの非日常……その方が刺激的で楽しいじゃない」
それを聞いて若者は鼻の下を延ばし、老人は顔をしかめた。
「そういうことかよ……なあ先輩、俺ちょっと行ってきていいッスか?」
「待て、この非常時に何ちゅうふざけた事を……いい訳ないだろう!ええい、女も一緒に叱ってきてやる!」
二人とも相手が人間だと信じて疑わず、せっかくの武器も下ろしたまま曲がり角に引き寄せられていった。
「よお、残念だけど……おぉ!?」
曲がり角まできた途端、先に向こうを覗き込んだ若者が引きずり込まれた。そして、ゴンと壁に叩きつけられる物音。
「む、何があった!?」
急いで追いついた老人は、信じられないものを見た。
曲がり角の向こうにいたのは、死霊。それも四体。二体は着物をまとっており、二体は白川鉄鋼の作業服を着ている。
その二体の顔は、見張りの交代として前の部屋に詰めていたはずの同僚だ。
(な、なぜこんな所に死霊が……!)
しかし今は、それどころではない。
先に引きずり込まれた若者は、首に黒っぽい炎をまとう宝剣を押し付けられ、そこから腐って今まさに死霊に変わろうとしていた。
若者は助けを求めるように老人に視線を送るが、どうにもならない。そのうちその目も、白く濁ってしまう。
あまりの衝撃に立ちすくんでいる老人は、突如目の前に火花が散って倒れた。
着物にちょんまげ頭の死霊が、ハンマーで頭を殴ったのだ。
「ぐ、くっ……!」
起き上がれない老人に男の死霊三人がのしかかり、体の方々に噛みつく。
「んぐーっ!!?」
叫ぼうとしたが、口を押さえられてくぐもった声しか出ない。代わりに鼻の中が、忌まわしい腐臭に満たされる。
老人が激痛の中で最後に見たのは、ついさっきまで隣にいた若者が死霊となり自分に大口を開ける光景だった。
「意外と簡単だったわね」
野菊は食われていく老人など見向きもせずに、曲がり角の向こうをのぞいた。
もう、この先に見張りはいない。この先には、ただ司良木親子だけが解放の時を待っていた。
老人が動かなくなると、野菊は死霊たちを連れて奥の部屋に入った。そこでは、頭と胸に太い杭を打たれた女が二人転がっていた。
「あなたたちほどの使い手が、こんなになるなんてね」
野菊は、哀れみを込めて二人を見下ろした。
「まあでも、いつの時代にも強者はいるわ。あなたたちなら私がいない間でも殴り込めると思ったのは、私の慢心ね。
これからは私も、自分とあなたたちだけに頼らない戦い方を考えないと」
今回のことで、野菊は痛感した。強者がいつでももっとも役に立つ訳ではないと。
強者はその強さゆえに目を付けられやすく、対策を講じられたり普通じゃないと見破られて集中攻撃されたりする。
今回は自分も司良木親子も、そうして倒されてしまった。
だが、代わりに喜久代が役に立ってくれた。
弱いゆえに普通の死霊として倒されていた喜久代の体が、野菊の戦いをつないでくれた。彼女がいなければ、今の反撃はなかった。
これからは、手駒の性質をよく知ったうえでフルに使う戦い方を考えないと。
そうすれば、もっと安全に確実に大罪人を追い詰められるだろう。
「……といっても、結局強者を頼りにする場面はあるのよね。
あなたたちも、今度こそしっかり戦いなさい!」
野菊は二人の頭に刺さった杭を、神通力で朽ちさせていく。それが外れると、次は胸の二本も同じようにする。
数分かかったが、二人は解放された。
刺さっていたものが太いし貫通していたので、この傷が治るには作左衛門よりだいぶ長くかかりそうだ。
しかし、気長に待てばいい。まだその程度の時間の余裕はあるし、もう他に助けを呼べる生きた人間はいないのだから。
工場の他の人間がここの異常に気付くには、だいぶ時間がかかるだろう。
人間たちが一時的に危険がなくなったと思い込んでいるのも、一助となる。
ならば、二人が復活するまではここで身を潜め、しっかり戦力が整ってから動き出せばいい。焦ってまた倒されるのは、愚かだ。
野菊は一息ついて体の力を抜き、ゆっくりと腰を下ろした。
暇になると、野菊はさっきから頭の中で喚いている奴の相手をしてやることにした。
(ちょっと何よこれ、どうなってるの!?あなた誰よ!?)
それは、喜久代の意識だ。野菊が体を乗っ取った時に体の自由を奪われ、今はパニックになってひたすら喚いている。
(落ち着きなさい。私は野菊、あなたを罰した死霊の巫女よ)
(野菊!?ちょっと待って、あなたはあたしの屋敷で……。
あれ、じゃああたしはどうなって……)
野菊が語り掛けると、喜久代はうろたえ、必死に何があったのか思い出そうとし始めた。どうやら、会話はしっかり通じるらしい。
しばらくして、喜久代の心から恐怖が伝わってきた。
(あ、あたし……あの時、あなたに呪われた宝剣で刺されて……。
あたしは今どうなってるの!?家族のみんなは!?屋敷は!?)
(あなたは死んで、今はあの棒使いの親子と同じになってるわ。
家族はあの場にいた者たちはみんな死んだけど、残っていたとしてももうあの頃の権力なんてない。戦争に負けて、あの頃の軍部は解体されたから。
屋敷は潰されて村有地に戻り……今はこの、工場が建っているわ)
野菊がこれまでにあったことを伝えると、しばしの絶句の後、声にならない悲鳴が放たれた。
やはり大罪人たちの記憶と意識は、死んだときで止まってしまっているらしい。死んだあと意識を取り戻すことがあっても、何が起こっているかはっきり認識できていないようだ。
咲夜に聞いた、白菊姫の状態と同じだ。
錯乱する喜久代をよそに、野菊は思う。
(なるほど、この状態なら白菊とも話せるのね。
今は手が離せないけど、暇ができたらゆっくりお話ししましょう)
喜久代は正直どうでもいいが、こうして大罪人の意識と会話できるのはありがたい。これなら、白菊姫とも同じように話せるだろう。
諦めずにいろいろ試した甲斐があった。
その後野菊は作左衛門とも話そうかと思い立ち、喜久代の体から出ていこうとしたのだが……なんと喜久代本人がそれを嫌がった。
(いやっ……せめて、手の届くところに肉がくるまではこのままにして!
あなたがいてくれないと、とってもお腹が空いて苦しくてたまらないの!!)
やはりこの女には自制心が足りないなと思いながら、野菊はそのままでいてやった。
……その喜久代の言葉の中に、今白菊姫がどうなっているかのヒントがあったのだが……気づいていれば、これから起こる惨劇を防げたかもしれないが……。
所詮喜久代の言う事だと思った野菊が、そこまで考えを巡らすことはなかった。




