159.侵入
喜久代の肉体を取り戻した野菊は、着々と戦力を取り戻していきます。
ところで、今まで現代で出て来ていなかった大罪人が一人いました。
ぶっちゃけ作者も忘れかけていたのですが……野菊が今使える戦力を整理したら、登場させることができたよ。
良かったね豚の下種野郎!
喜久代の体を手に入れると、野菊はまずその体で神通力が使えないか試してみた。
門の金属部分に手を触れ、いつも神通力を使う時のように力を込めてみた。すると、少しずつ錆が浮き、広がっていく。
(良かった、使える……でも、遅い!弱い!)
自分の体で使う時とは比べ物にならない弱さだ。
これでは簡単な鍵を壊すにも数十秒はかかるだろうし、この力で直接人間を死霊に変えるには分単位かかるだろう。
とても直接攻撃に使えるレベルではない。
しかし、何もできない訳ではない。あるのとないのとでは大違いだ。
これでも人間に見つからないように立ち回れば、少しずつ破壊工作をしたり敵の戦力を削いだりできそうだ。
(これで司良木親子を解放できれば、戦況は変わりそうね)
それに、神通力を強化する方法もすぐ思いついた。
(生前からずっと黄泉を祀るのに使っていたあの宝剣……あれを回収できれば、この体でも少しはましになるかしら)
まず宝剣を回収し、それから司良木親子を解放。
野菊は目標を立てると、すぐ塀に沿って歩き出した。
もっとも、この会社には塀のすぐ側を見られる道具(監視カメラ)があるので、それに映らないように少し離れて。
とにかく、一人のうちに人間に見つかってはまずい。
正面のバリケードを越えていくのは自殺行為だ。どこか、人目につかずこっそり入れるところを探さなければ。
(そう言えばさっき、死霊を誘導する車が出て行ったわね。
ということは、そこから入れるかもしれない)
どんなに守りを固めても、抜け道は必ずあるはず。
最悪無ければ、監視カメラのないところで塀を崩せばいい。時間はかかるだろうが……一時間もあれば通れる穴は開くだろう。
(あとは、もう少し戦力がほしいところだけど……宝剣がないと厳しいわね)
たった一人という今までにない状況に気を引き締めながら、野菊は忍び足で進んでいった。
工場の塀の周りには、既に頭を潰されて停止した死霊がばたばた倒れていた。野菊が来ることを想定して、兵を減らしておいたのだろう。
(これだけ到達したのに倒されるなんて、やるものね。
まあ普通の死霊なんて、よほど大群にならないとこんなものかしら)
その中に、普通でない死霊も混じっていた。
「これ……」
野菊は思わず通り過ぎそうになって、二度見した。
ボロボロに朽ちているが金糸の混じった着物にちょんまげ頭、それにでっぷりと太った腹……見覚えがある気がした。
手を触れると、わずかに黄泉とのつながりを感じた。
足でごろりと転がすと、見知った面影が目に飛び込んできた。
「あなた……作左衛門」
野菊はものすごく久しぶりに、その名を呼んだ。
そう言えば作左衛門も、村を滅ぼしかけた大罪人として野菊自身の手で討ったんだ。つまりこいつも、復活できる大罪人。
その頭には、釘が深々と刺さっていた。
喜久代よりさらになんの考えもなく人に襲い掛かったため大罪人と認識されずに倒され、おまけに釘が刺さったままなので復活できなかったのだろう。
ここにも一人、貴重な戦力がいた。
いや、ほとんど戦力にならないゆえに捨て置かれた駒があった。
野菊はぼやきながら作左衛門の頭に手を触れ、釘の表面を朽ちさせて引き抜く。
「そう言えば、これまであなたのことなんて考えもしなかったわ。
あなたったら武芸ができる訳でもないし、私が倒れても頭のいい動きをする訳じゃないし、本当に普通の死霊と同じ程度にしか役に立たないもの。
でも、私が命令して戦わせるなら少しはましになるわよね。
今夜はたっぷり、体を張ってもらうわ」
釘が抜けるとものの数分で、作左衛門は起き上がった。釘で貫かれた部分以外は、もうとっくに治っていたらしい。
こうしてまた戦力を加えると、野菊は作左衛門の手を引いて工場の裏に回った。
工場の裏には車が出てきた搬入口があったが、そこの門も閉じられていた。
(どうしよう……神通力で鍵を壊してもいいけど、それをやると車が戻ってきた時点でおかしいって気づかれる)
入るのは簡単だが、バレずに入るのは難しい。
おまけに今の野菊は、素早く動けないのだ。
この弱い神通力では、死霊を遠隔で支配することができない。今連れている作左衛門も、手を触れていないと言うことを聞かないのだ。
この状態では、入った後すぐ気づかれたら逃げるのも難しい。
どうしようかと思案していると、車のエンジン音が聞こえてきた。
(車が戻ってきた!?
見つかる訳には……でも、中に入る好機だわ!)
野菊はとっさに、手をつないだ作左衛門と一緒に地に伏せた。
木を隠すには森の中、周りには既に倒された死霊がゴロゴロ転がっている。それに紛れてしまえば、分からないだろう。
程なくしてワゴン車が現れ、そこから一人の社員が下りてきて門を開ける。さらに監視カメラに向かって、何か報告しているようだ。
その間に野菊と作左衛門は静かに這っていき、車の後ろに張り付いた。
そして車がゆっくり門の中に入っていくのに合わせて自分たちも中に入り、素早く車から離れて側にあったコンテナの陰に身を隠す。
車の中にいた者たちに、気づかれた様子はない。
監視カメラも、中で動きがないのを見ると大丈夫だろう。
車に乗っていた社員たちが全員下りて行ってしまうと、野菊も行動を開始した。物陰から物陰、植え込みなどを辿り、正門に向かう。
そこには、野菊本来の体と宝剣が待っていた。
野菊は自らの体をまじまじと覗き込みながら、その手から宝剣を拾い上げる。
「全く、無様ね……こんな事になるなんて」
頭を砕かれ仰向けに倒れた自分の姿は、自分で見ても無様だ。あの時勝てる気だった自分が、恥ずかしくなる。
しかし、これはしばらくこのままでいいだろう。自分の体をこのままにしておけば、その間は逆に敵が勝った気になって油断する。
それに、宝剣を手にした途端、黄泉の力がぐっと強まった。
これなら、もっとやれる。
(見てなさい竜也、清美……私をこんなにした借りは返すわよ!)
一度工場をキッとにらみつけて、野菊……見た目は喜久代……は正門を後にした。




