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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
156/320

156.勝利の予感

 清美と手を組み村を作り変えることを支持させた竜也のもとに、死霊誘導隊が帰ってきます。

 竜也はそこでいなくなった石田の死も、黄泉に屈した村の悲劇として利用しようとしますが……石田が本当はどうなっているかは皆さま知っての通りです。


 そして、竜也に熱狂する会社の中にも実は不穏分子が潜んでいました。

 勝てると確信した時こそ、実は一番危ないのです。

 清美の話が終わった頃、死霊を誘導していた者たちが帰ってきた。

「だいぶ離れたところまで連れて行きましたので、しばらく大丈夫でしょう」

 事務長の報告を聞くと、村人や社員たちは一様に安どの表情を浮かべた。今すぐに襲ってきそうだった脅威が去ったのは、やはり大きい。

 しかし竜也は、表情を緩めずに問う。

「石田さんはどうした?」

 帰ってきた誘導隊の中に、石田はいない。

 事務長は、悲痛な表情で目頭を押さえて答えた。

「住宅地近くまで行った時に、子供が血を流して歩いているのが見えて……助けなくてはと車から飛び出してしまって。止める間もなくて。

 一応車を減速させたのですが……やはりというか、その子は死霊で。

 噛まれてしまったので、置いてくるより他ありませんでした!」

 それを聞くと、竜也も悔しそうに歯を噛みしめた。

「そうか……使命感の強い人だったが、それが裏目に出てしまったか。彼には、ぜひ共に生き残ってもらいたかったが」

 竜也はそう言うと、社員と村人たちの方を向いて声高に呼びかけた。

「悲しいことだが、また崇高な仕事をしていた救命士が命を落としてしまった!今夜だけで、そのような命がどれだけ犠牲になったことか!

 それもこれも、黄泉に屈して勝手を許してきた古い支配者どものせいだ!

 夜が明けたら我々が新しく村を塗り替え、もうこんなことは終わらせようではないか!!」

「オオーッ!!」

 村人たちも社員たちも、悲しみに胸を詰まらせながら拳を突き上げた。

 死霊化した社員を救護するために呼ばれ、次々と死霊の牙にかかった哀れな救命士たち。その最後の一人が、失われてしまった。

 救護対象の異常に気付き、多くの社員を助けてくれた石田。村とは直接関係ないのに、野菊と戦ってくれた石田。

 あんないい人が、死んでいいはずないのに。

 せめてその死を無駄にしまいと、人々は村を変えることを心に誓った。


 ……というのは、茶番である。

 石田が自ら飛び出したというのは、真っ赤な嘘だ。

 石田は竜也の命令により、忠実な社員たちにネイルガンで足首を打たれて死霊の前に放り出されたのだ。

 きっと今頃は、死霊に食われて自らも死霊になっているだろう。

 運が良ければ……いや運が悪ければ、近くの民家に助けを求めて扉を開けさせ、お人よしの村人を道連れにしているかもしれない。

 あるいは、救命士だと思って助けを求めてきた人を食い殺しているか。

 そうしてくれれば、ますます白川鉄鋼の味方でない村人が減る。

 そのうえ石田が死霊になってしまえば、もう銃のことを終わってから掘り返されることもない。文字通り、死人に口なしだ。


 竜也は、必死でいかめしい顔をして歯を噛みしめていた。

 そうしないと、大声で笑いだしてしまいそうだからだ。

 事は非常に順調に進んでいる。このまま夜が明けてここ以外の村人がごっそり減っていれば、村を支配するのは容易い。

 一時危ない場面もあったが、できる社長はピンチをチャンスに変えるものだ。

 そのための駒も、自分を頼って転がり込んできてくれた。

 足下でうなだれている清美と聖子を見ると、この二人も顔を覆う手の下で笑っていた。

 この二人も竜也の策が成功すれば、しっかり神事をやれとうるさい村の古い層から解放され、お互いの利益のためだけに力を振るうことができる。

 ウィンウィンの関係とは、まさにこのことだ。

 竜也はチラリと時計を見上げた。

(午前三時半……夜明けまで二時間半強か。

 あとは、時間切れまで野菊を防ぎきることに集中すればいい)

 狙撃のせいで頭に何か刺して固定することはできなかったが、この調子なら復活しても残り時間はわずかだろう。

 操れる死霊の群れも引きはがしたし、野菊一人ならこれだけの人数がいればどうとでもなる。

(いくら神通力があろうとも、結局生きた人間を操る力には敵わないのだよ。

 この勝負は、私がもらった!)


「諸君、長々とご苦労だった。

 これから野菊が動き出すまでは、少し休んでいてくれ」

 竜也は社員と村人たちに休息を指示し、それからもう一つ気づいて言った。

「本当は君たちにも銃を配ってあげられれば、もっと安心して眠れる人が増えるだろうが……あいにくこれ一丁しかないんだ。

 夜が明けたら、今後のために特例として銃を持てないか上と交渉するとしよう」

 それを聞くと、人々の表情がまた明るくなった。

 石田は違法だと責めていたが、実際ここで銃を使えるか否かは切実な問題だ。

 ここ日本では一般人は銃を持てないため、今のように死霊が出ても近接武器か罠くらいしか対抗手段がない。

 もし銃が使えれば、ソンビ映画かゲームのように楽に倒して身を守れるのに。

 それに、野菊と戦った後の狙撃も心配の一つだ。銃でこちらを攻撃してくる相手に、銃がなければ対抗できないではないか。

 そう言えば、農家中心の派閥には猟師がいて銃を使えるのに……それに抗うにしてもこちらに銃がないと不公平だ。

 そう考えると、竜也が秘密で銃を持っていたのが英断に思えた。

「お願いします、竜也社長!」

「ああ分かっている、君たちの悪いようにはしないとも」

 社員や村人たちからの熱烈な期待に力強い笑みで応えつつ、竜也は平坂親子を連れて退出していった。


 しかし、その背中を憎らし気に見送る者が一人だけいた。

 ひな菊に囮にされて田吾作に助けられ、しかし竜也に脅されて買収に応じた根津である。根津は目立たないように、物陰でボイスレコーダーを回し続けていた。

(……これがあんたのやり方か、社長さんよぉ。

 でも、全てが思い通りに行くと思ったら大間違いだぜ!)

 根津はひな菊と竜也の本性を知り、心の底から吐き気がするような嫌悪を抱いた。そして、もし綻びが生じたらあいつをとことん落としてやると決めた。


 綻びの種は、他にもある。

 車から放り出された石田は田吾作に救出され、死んでいない。

 そして、会社の門の近くに転がる野菊……その手からいつの間にか宝剣が消えていることに、気づく者はいなかった。

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