154.陰謀論
竜也の工場内洗脳パート!
竜也の悪辣な政治力が、三度目の放送を逆手にとって火を噴くぜ!
ゾンビものにおいて、生きた人間同士の意思疎通がうまくいかないのはよくあることです。特に場所的にも思考的にも状況的にも分断されていると……。
竜也は宗平たちのタイミングを失した放送と田吾作のとっさの狙撃に、自分に有利な恐るべき意味を与えてしまいます。
「諸君、もう分かっただろう?
悲しいことだが、農家を中心とする村の古い勢力は君たちのことなど考えていない。誠に残念だが、これは事実だ」
竜也は、しんみりと悲しそうな顔で語りかける。
「村の古い勢力が考えているのは、自分たちの利権と優位性のみ。
それが脅かされるから、新参の私の工場が広がるのを良く思わなかった。
君たちも知っているだろう、農家たちが結束して私の土地買収を阻んでいたことを。そのせいで、村に余計な波風が立ってしまった。
……私はただ、この会社の力で村を豊かにしたかっただけなのに」
竜也がそう言うと、今ここにいる者たちにはそう思えてしまう。
白川鉄鋼が農家と土地や水を巡って争っていたことは、村の皆が知っている。今年の学芸会の件以前に、それが原因のトラブルは多かった。
そのせいで村人たちは白川鉄鋼の恩恵を受ける者と農業を守ろうとする者で割れてしまい、気まずい思いをしてきた。
特に白川鉄鋼の恩恵を受ける者は、時に農家から敵視されることもあった。
彼らは、自分たちが生きていくために白川鉄鋼を相手に商売しただけなのに。
しかし、大っぴらに文句を言うことはできなかった。なぜならこの村は昔から菊が主産業で、村の名士はほぼ農家側だから。
そんな不満を持つ村人ばかりが、今ここに集まっていた。
なぜなら、逆の立場の者はここに逃げ込んでいないから。非常時でも、特にひな菊周辺が怪しいとあっては、白川鉄鋼を信用しなかった。
そうでない、元から白川鉄鋼にある程度心が傾いている村人たちがここに逃げ込んできている。
さらに、村外から来ている白川鉄鋼の社員は言わずもがな。
だから簡単に、抵抗なくそういう考えに染まってしまう。
「村の古老共は信用できない。
竜也の敵だから、竜也の味方である自分たちの敵に違いない」
という具合に。
非常時の上に同じような思考の者が集まっているため、この場は簡単に竜也の独壇場と化してしまう。
普段なら一蹴される馬鹿な話も、信じてしまう。
竜也はそんな社員や村人たちに、おぞましいシナリオを吹き込む。
「にわかには信じられないだろう。
しかし君たちを守るためだ、落ち着いて聞いてくれ。
今夜のこの災厄で、村の農家中心の古株たちは、私の会社とここに集った支持者をまとめて消そうとしていると思う」
その衝撃的な内容に、村人たちから苦悩のうめきが漏れた。
しかし、表立って反論してくる者はいない。それを確認すると、竜也は丁寧にその理由を語りだした。
「恐ろしいことだが根拠はある。
君たち、さっきまでの放送を思い出してくれたまえ。
あれはここにいる我々には全く役に立たないものだが、我々を潰すという視点から考えればしっかり意味が見えてくる」
竜也がそう指摘すると、一部の者がはっと心当たりがある顔をした。
おそらく、竜也が思い描いているのと同じことを考えたのだろう。その疑惑を共有すべく、竜也は続ける。
「あの放送は、今ここにいない者を白川鉄鋼に近づけないためだ。
なぜか?今ここには、ほぼウチの関係者と支持者しかいないから。
これは一般の村人たちに、我々を助けにこさせないため。ここに集まったウチ寄りの者を、死霊によりせん滅するという暗示だ。
こうすれば、村に我々の関係者と支持者は残らない!」
それを聞くと、村人たちは愕然とした。
だが、確かにそう考えることはできる。
そう考えれば、村の有力者が自分たちの役に立たない放送を何度も流しているのも納得できる。
元から、自分たちを助けるのではなく皆殺しにする気だったなら。
それに気づかされた村人たちの目に、激しい怒りが浮かんだ。
「畜生、そういうことだったんか!」
「何てひどいやり方だ!!」
口々に叫ぶ社員や村人たちの心を、竜也はなおも誘導する。
「他にも、明らかにそれを証明することがあるぞ。さっき野菊を倒した時の、我々を狙ったあの狙撃だ。
死霊にあんなことができるかね?
われは明らかに、人間が我々を殺そうとしている証拠だ」
「い、言われてみれば!」
次に竜也が持ち出したのは、野菊の頭を固定するのを阻んだあの狙撃だ。
あれは確かに、白川鉄鋼の社員ではなく野菊を守るためのものだった。多くの社員や村人たちが目撃している。
それに、どう考えても死霊ではなく人間からの攻撃だ。
すると、白川鉄鋼の人間ではなくそこを攻撃する人間……つまり白川鉄鋼に殺意を持って敵対する人間が確実にいると分かる。
今まで心のどこかでそんなはずはと思っていた村人たちもこれには言い訳すら思いつかず、戦慄した。
……もっとも、田吾作が竜也を潰そうとしてあれをやったことに間違いはない。
ただし田吾作の狙いは、竜也と大罪人のみ。
野菊が死霊を統率して戦えば村人や社員の犠牲を抑えられると見て、野菊を守るという行動に出たのだ。
しかし、野菊を恐ろしい化け物と認識する社員やここにいる村人たちにそんな意図がくみ取れる訳がない。
竜也は、そこを突いたのだ。
実際に撃たれた側が、あれは自分たちを攻撃したのだと思うのは無理からぬことだ。
竜也にすがる社員たちに、会社全体への攻撃と竜也個人への攻撃の区別などつけようがない。
その辺りの思考の流れを読み、事実を利用して自分にいいように誘導する手腕において、竜也に勝る者はいなかった。
「そ、そんな……それじゃ、村はもう俺たちを……!」
もろとも滅ぼされると信じ込まされた村人たちは、絶望に崩れ落ちる。
そこに、竜也は容赦なくとどめを刺す。
「ああ、悲しいが……これまでの放送内容と我々の遭った攻撃から考えるに、おそらくこれが真実なのだ。
そもそも、奴らは我々に大罪人でないと思うなら死霊を気にせず逃げろと言ってきたが、本当にそれで助かるものか?
野菊に率いられた死霊が、本当に大罪人以外を攻撃しない保証などあるものか?」
「え、まさか……?」
さらなる追い打ちにもう頭がグチャグチャの村人たちに、竜也は真剣な表情で言う。
「この村は災厄のたびに、新参の敵を葬り去ってきた。
そんな村の中枢が、黄泉とグルになっていない保証などあるものか!
村の中心となる者たちは代々、黄泉と取引して災厄という形で敵を滅ぼしてきた。自分たちの既得権を守るために。
大方、真実はそんなところだろう」
「う、嘘だぁ……俺たちはずっと、そんな奴らに騙されて……!」
今まで信じていた村の有力者たちの裏切りを突きつけられて、村人たちはぼろぼろと涙を流す。
竜也はまたそこで事実を利用し、その疑念を確信に変えてやる。
「さっきの放送で、宗平は野菊と接触したと言っていたな。森川も、神社で話をしたと前の放送で言っていた。
……普通の神経の持ち主が、村人を食い殺した死霊の頭と普通に会話できるか?
つまり奴らは、元々つながってたんだよ。
そして宗平や森川は、元から村人のことなど考えていやしなかった!」
竜也の巧みな誘導で、宗平や森川が村人たちを思ってした放送を裏切りの証にすり替えていく。
村人たちは裏切られたと思い込んで打ちひしがれ、社員たちは何てひどい話だと激しく義憤を燃やす。
そんな支持者たちに、竜也は頼もしく宣言した。
「このような悪に気づいた以上、戦わない理由はない!
皆と私の力で村の暗部を倒し、明るく安全な村を作ろう!!」




