152.去る危機迫る危機
放送を聞いた大樹と浩太の家族のターンです。
それぞれ息子を探していた両家は、どんな状況になっていたのでしょうか。
そして、放送を信じてしまったがゆえに迫る新たな危機とは。
浩太の家族も問題を抱えていますが、これまでちょこちょこと出てきたはずです。それが兄弟にどんな悲劇をもたらすのか。
その放送は、大樹と浩太を探していた両親たちに届いた。
「良かった、大樹は無事だったか!」
学校の中を探し回っていた大樹の両親は、放送を聞いてホッとして額の汗をぬぐった。自分たちのいる場所からは少し離れているが、息子は生きていた。
しかも、他の大人……泉家の両親や森川と合流している。
これなら、これからさほど危険に晒されることはないだろう。
となると後は、自分たちがどうするかだが……。
「どうするの、あなた?一旦家に戻りましょうか?」
大樹の父と母は悩む。
大樹は役場で他の大人に保護されており、家には兄の康樹が一人で留守番をしている。自分たちは、どちらに向かうべきか。
「そうだなあ、大樹は今は大人と一緒にいるが逃げている間は心細かっただろう。だから今は、大樹を先に安心させてやるべきじゃないか」
「そうね……ただ、康樹は一人なのが心配だけど。
あの子、ちょっと夢に浸りすぎなとこがあるから」
心配する母に、父は明るく言う。
「大丈夫だろ、康樹はもう高校生だ。この非常時にやっていいことと悪いことくらい分かってるさ。
それに、どうやら住宅地にはもうあまり死霊がいないらしい。それなら役場で大樹を引き取って、僕たちも家に帰ればいい」
「それもそうね、じゃあ役場に行きましょうか」
そう考えて、大樹の両親はまず大樹のいる役場に向かうことにした。
幸い、学校は住宅地から外れているため、まだ学校周辺に死霊の姿はない。大樹の両親は放送を信じ、さっきより幾分力を抜いて歩きだした。
家にいる康樹も、その放送を聞いていた。
「ウム、白川鉄鋼ではついに大罪人と野菊様の最終決戦か。これならもう、この辺りに死霊が来ることはないだろう。
我々の出番は終わったのだ!めでたい!
ならば親が帰ってくるまでは、ゆっくり嫁と楽しむとするか!」
放送の内容からもう危険は去ったと判断した康樹は、嬉々としてさっき中断されてしまった美少女ゲームを始めた。
一度夢の中に浸った彼が窓の外を自分の目で確認することは、なかった。
浩太を探し回っていた両親と亮も、放送を聞いて足を止めた。
「そうか、浩太は役場か……その前は菊畑の方にいたのか?こんな菊のせいで起こった災いで菊畑とは、あいつの行動は分からんな。
どうりで見つからん訳だ」
浩太の家族は、浩太がどこに行ったか見当もついていなかった。
そのためとにかく食べ物と飲み物がありそうな近くの店や隠れられそうな納屋などを当てずっぽうに探し回り、時々咲夜や大樹の家を確認しに行っていた。
そんな不毛な移動を強いられたせいで、浩太の両親はだいぶ疲れていた。
「まあ、大人と一緒に休めてるならいいじゃない。
こっちはもうクタクタよ、早く家に帰って休みましょ」
浩太の母は、げんなりしてぼやく。
だが、浩太の兄である亮はそんな親に厳しく言い返す。
「何言ってるんだ!?ここは早く浩太のところへ行って、神社でのことを謝るべきじゃないのか!
放送によれば、もうこの辺りはだいぶ安全なんだろう?なのにあんなひどい事を謝りもせず、それでも親か!」
亮は、神社で浩太を守れず放逐させてしまったことを激しく後悔していた。
しかもその時、両親はあまり浩太を守ろうとしなかった。それで自分たちと亮が安全になるならと、あっさり流されて浩太を差し出してしまった。
その時の浩太の諦めたような表情が、亮には忘れられない。
(浩太にあんな顔をさせておいて、なんですぐ迎えに行かないんだ!
そういう事をするから、浩太がますます心を閉ざすんだろうが。あいつの考えることが分からないって、そうしたのはおまえらだろ!)
両親に可愛がられない浩太が、亮はかわいそうでならなかった。
しかもそれが自分と比べられてというのだから、亮は余計に浩太を守らねばと責任感を強迫のように募らせてしまう。
だから今夜もそれに引きずられるように、浩太を探して駆け回っていた。
しかし、そうして亮が浩太を守ろうとするほど、両親は浩太が亮の足を引っ張って迷惑をかけていると見てしまう。
走れば走るほどゴールが遠ざかるような悪循環に高木家ははまっていた。
「とにかく、俺は浩太を迎えに行く!
父さんと母さんは、疲れてるなら先に帰ればいい」
亮がそう言って歩き出すと、両親は慌てて亮を引き留めようとした。
「何言ってるんだ、余計に動くのは夜が明けてからでいいだろう。そもそも浩太は、もう安全な場所にいるんだぞ!」
「それに、あたしたちもあんたももう疲れてるのよ。
死霊が減ってるにしても、まだ完全に安全な訳じゃないんだから。今余計に動いて、あんたに何かあったら……!」
母の最後の一言が、亮の怒りの炎に盛大に油を注いだ。
亮は、一気に逆上して両親の手を振り払う。
「ほらやっぱり、いつもそれだ!
俺を大事にして、浩太のことなんてどうでもいい!
おまえらがそうするから、俺が浩太を守るんだ!浩太だって俺の大事な弟だし、おまえらの子供なんだぞ!?
誰が何と言おうと、俺は浩太を迎えに行く!!」
亮にそこまで言われたら、両親もついて行かざるを得ない。こうして浩太の家族たちも、役場に向かった。
……しかし、ここは両親の言うことが正しかった。
亮は浩太ほど頭が良くなく、しかも浩太が危ないというので冷静さを失い、助けなければと強迫のような思いに引きずられて村を駆け回っていた。
そのため、亮自身は緊張しすぎて気づいていないが、その心身には確実に疲労が蓄積している。亮が肩で息をしていると、両親にはしっかり見えていた。
それに、スポーツマンの亮ですらそうなのだ。
両親は既に、ひざが笑いかけていた。息も上がっていた。本当に不測の事態でうまく動ける自信がなくなったから、休もうと言ったのだ。
しかし浩太を守らねばと頑なになっている亮は、それに気づかなかった。
疲れた体に鞭打って住宅地を抜けて行こうとする高木一家に、大勢の死霊の足音が刻一刻と迫りつつあった。




