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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
150/320

150.救出

 石田と田吾作、おっさんとじいさんの逃避行です。

 しかしこのじいさんは強い。災厄においてやることを分かっていらっしゃる。

 そして、石田が白川鉄鋼で起こったことを田吾作に伝えます。これまで情報が分断されていた中、この合流は地味に大きい。


 死んだと思っていた奴が生きているのは、どんでん返しの定番です。

 街灯に照らされた道を、二人乗りの自転車が走り抜ける。

 田吾作は時々自転車を止め、住宅地に向かう死霊にドンドンと発砲する。そのたびに死霊の一部が倒れるか、田吾作たちの方を向いた。

 だが、田吾作たちもずっとここにいる訳にいかない。

 石田は怪我をしているのだ。体力が残っているうちに切り上げてどこか安全な場所に避難し、手当てしなければ。

 田吾作は、悔しそうに住宅地の方をにらみつけた。

「クソッ……全てをそらすことはできんか!

 だが、銃の音を聞かせるだけでも人は警戒するじゃろ」

 田吾作が田畑の方に走りながら死霊を撃っているのは、数を減らすというより音で自分たちの方に引き付ける意味が大きい。

 どのみち、これだけの数を撃ち尽くせる訳がないのだ。

 少しでも住宅地から引き離し、住民に銃声を聞かせることで危険を知らせる。今は、そのくらいしかできない。

「すみません、足手まといになってしまって」

 苦し気に謝る石田に、田吾作ははっきりと言った。

「あんたのせいじゃない、謝らんでいい。

 こっちこそ、すぐに安全な場所に連れていってやれんですまん」

「いいえ、少しでも多くの人命を助けるための正しい措置です」

 石田としても、田吾作のやっていることはむしろ続けてほしかった。これは間違いなく、無関係な人を助ける行動だ。

 むしろ自分がいることでそれを十分にできなくなることが、申し訳なくてたまらなかった。

 死霊たちの群れに弾が届かないくらい離れると、田吾作はもう振り向かずに自転車のスピードを上げた。

 やれるだけのことはやったから、後は自分たちが助かるために逃げるのだ。

「とにかく、役場に向かおう。

 さっきの放送は役場からだ、森川がきっとおる。それに、救急箱もある」

 釘で貫かれた石田の足首はとりあえずシャツで縛っているものの、どんどん赤く血がにじんできている。

 田吾作は死霊を引き付けていた時間を取り戻すように、ペダルをこぐ足に力を込めた。


 役場に向かう間、田吾作は背中につかまっている石田に問う。

「ところで、おまえは白川鉄鋼で野菊様に不意打ちをやっとったか?

 わしはその時、倒れた野菊様に近づいたおまえのようなのの足下を狙って撃った。当たっておらんと思っとったが……」

 田吾作は、石田の足の傷を気にしていた。

 もし自分が撃った弾に当たったなら、悪いことをしたと。

 その言葉に、石田は驚いて目を丸くした。

「あれは、あなただったのですか!?

 いえ、これはあの時のではありません。車の中で、白川鉄鋼の社員にネイルガンで釘を打たれたんです。

 ですが、あなたも……その銃は……!」

 恐怖がにじんだ石田の声に、田吾作ははっきりと告げた。

「こいつは常日頃から猟に使っとる銃だ。わしはきちんと免許を持っとる。

 ま、銃で撃っていいものに死霊は入っとらんだろうが」

「そうですか、良かった……そちらは違法ではないんですね」

 石田は、少し腕の力を抜いて安堵の息を吐いた。さっきから田吾作の銃が、気になって仕方なかったのだ。

 そんな石田に、田吾作は尋ねる。

「しかし、社員にやられたとは……一体白川鉄鋼で何があったんじゃ?あんた、社員たちと一緒に野菊様を倒すのに参加しとったのに」

 石田は一度ぐっと奥歯を噛みしめ、意を決して口を開いた。

「実は……」


 石田は、これまでのことを余すところなく田吾作に伝えた。

 白川鉄鋼からの救急要請でかけつけたところ、被害者は死霊と化しており仲間の救命士が全員死んでしまったこと。村が封鎖されてしまい、帰れないので白川鉄鋼の人命を守るために行動し、竜也に言われるまま野菊と戦ったこと。

 そして、竜也が違法な銃を持っていたこと。

 その銃のことを追及したところ、石田は半ば強引に死霊を誘導する車に乗せられてしまった。その車の中でネイルガンに足首を打たれ、放り出されて今に至る。


 その話を、田吾作は愕然として聞いていた。

「何ちゅうことだ……竜也が、そこまでやるとは!」

 田吾作にとっても、石田の話は信じがたいものだった。竜也が狡猾で悪辣だとは知っていたが、ここまでとは。

 石田も、悔しそうに言う。

「ええ、私も……まさかこんな風に切り捨てられるとは思いませんでした。

 法に照らして間違ったことはしていないし、私には救命士としての技術もある。それに、社長は紳士的に見えましたので。

 まさか、銃のことを指摘しただけで殺そうとするなんて……!」

 石田は、竜也の本性を見抜けずいいように使い捨てられたことが悔しくてならなかった。まさか救命士を捨てることはないだろうという、慢心もあったのだろう。

 そんな石田に、田吾作は冷静に言った。

「仕方ない、竜也は本当にここぞという時にしか本性を表に出さん。

 それに、この災厄は普通の非常時と違う。特に死霊の与えた傷に、救命士は無力じゃ。あんたの仲間もそれが分からんで逆にやられてしまったのじゃろう。

 それから、残虐な悪人ほど法を嫌がるものじゃ。

 あんたは甘かったのもあるが、何より運が悪かった!」

 その指摘に、石田は唇を噛みしめた。

 言われてみれば、その通りだ。死霊にやられた傷を治療することはできないし、救命士が噛まれた者を必死に治療しようとすることでむしろ危機を招くことがある。

 そうした理由で救命士の価値が普段よりずっと下がるのを、竜也は分かっており、石田は分かっていなかった。

 それもあって、石田は自分に迫る危機を正しく察知できなかった。

 だが、田吾作がかけつけたことで石田は助かった。

 これを無駄にはできない。

「これは、役場で森川さんも一緒に善後策を練った方がいいな。

 しかし、よくこれだけの貴重な情報を持って生き延びてくれた。役場までもう少しじゃから、どうにか我慢しとけよ」

 役場へとひた走る二人に、また何事か放送が届く。

 その内容に少しだけ口元を緩めながら、田吾作は老体に鞭打って役場へ急いだ。

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