147.守るための銃
竜也は銃をの使用を正当化し、ヒーローに成り上がります。
しかし、それに異を唱える者がいました。
白川鉄鋼の部下ではなく村人でもない存在……冷静な外部の目に、竜也の銃はどう見えるのでしょうか。
そして、竜也が野菊に不意打ちを成功させた理由とは。
死霊の目をかいくぐれる以上、普通の銃ではないのです。
しかし、一人だけいぶかしそうに竜也をにらみつけたままの者がいた。迎撃にも参加した年配の救命士、石田である。
「何か言いたいことがあるかね?」
竜也が聞くと、石田は険しい顔で言った。
「今この場での使用については、異存はありません。
しかし社長さん……あなたは、一体いつからそれを持っていらしたのです?今都合よく手に入れた訳でもないでしょう。
それに、あなたは初め死霊を信じていなかった。
その銃……本当は何に使うつもりでした?」
さすがに、石田は雰囲気に流されなかった。
竜也がさっき銃を撃てたのは、ずっと前から竜也が銃を隠し持っていたからに他ならない。そこを突いてきたのだ。
そして、石田は最初竜也が死霊を信じていなかったのを知っている。
白川鉄鋼内で死霊化した女の社員が他の社員や救命士を噛んでいても、竜也は必死で現実的な理由を考えていた。
そんな竜也が、あらかじめ死霊や野菊対策に武器を用意するだろうか。
つまりその銃は、元々それらを相手にするためのものではない。
それでも、竜也はしらを切ろうとした。
「私はこの村に工場を立てる時、白菊塚の禁忌と死霊について村の者から聞いた。土地を買う際に、それについて誓約書も書かされた。
なのに、何の対策もしない訳がないだろう。
当時、話を聞いた当初は本気で怖くなってこれを用意した。しばらく何もなかったので嘘だと思っていたが、今その時の備えが役に立った。それだけだ」
しかし、石田は納得しなかった。
「ずいぶんと都合のいい話ですな。
嘘だと思ったなら、逮捕される可能性のあるそれをリスクとして捨てなかったので?」
石田は、竜也の言葉の中の矛盾を鋭く突いてくる。
長年救命士をやっていると、事件の現場で当事者を扱うこともある。そういう経験を通して、石田は犯罪に対する勘が磨かれていた。
その石田から見て、竜也の銃はとてつもなく怪しく見えた。
見せかけの言葉ではごまかしきれないと見て、竜也は切り口を変えることにした。
「この銃が死霊対策である証拠ならある。
この銃に、お札が貼ってあるのが分かるだろう?これは霊眼封じといって、霊的な存在からこれが見えなくなるのだ。
だから野菊は私が銃を持っていると気づかなかった」
竜也はそう言って、皆に見えるように銃を差し出した。
黒光りする拳銃の握りの部分に、確かによく分からない文字が朱で書かれたお札が貼られている。
それに、言われてみれば野菊はこれにだけは気づいていなかった。他の不意打ちは全て看破していたのに、これの存在だけは知らないようだった。
だから、これを使った最後の一手が通じたのだ。
この銃は確かに、野菊の能力に対抗できるようになっている。
「死霊相手を想定していなければ、誰がこんな用意をするかね?」
そう突きつけてやると、石田は一応矛を収めた。
「分かりました。そういうことにしておきましょう」
実際に死霊に効果がある対策が施されていたのだから、これ以上そこを突くことは難しい。とりあえず様子を見ようという感じだ。
一方、社員たちはその説明に感動して目を潤ませた。
「し、社長……やっぱりこの人は先を読んでたんだ!」
「逮捕される危険を冒しても死霊に見つからない銃を持ってたなんて、なんて部下思いで意識が高いんだ!
この人の会社だから、俺らは今生きていられるんだ!!」
今社員たちが一番望んでいるのは、自分たちの命を守ってもらえることである。だからそのための行動は、たとえ違法であっても受け入れる。
なぜなら、今法は自分たちを守ってくれないから。
死霊という不条理な脅威にさらされた社員たちにとって、それに対抗できる銃を持った竜也は誰よりもすがるべき救世主だ。
これがあれば助けてもらえると、社員たちは竜也を崇める。
そんな社員たちを、石田は苦々しい顔で見つめていた。
一方、竜也も石田のことは忌々しく思っていた。
(警察ではないから大丈夫だと思っていたが……ずいぶん攻めてくれるじゃないか。
この調子では、この場は見逃しても事が終わったら告発されるかもしれん。それでは困る、この先ひな菊を守れなくなる可能性がある。
困ったやつだ……救命士なら、法が必ずしも人を守れる訳ではないと分かっているだろうに!)
守るために用意した拳銃、というのに嘘はない。
ただし守る対象はひな菊が最優先であり、守るために傷つける相手が死霊だけを想定したものではない。
竜也も重々承知している。これは犯罪だ。
だが、それでも竜也はこれを隠し持つことにした。
だって、法を守っていては守れないものがあると分かったから。法を破ってこちらを攻撃してくる相手に、それでは対抗できない。
竜也はかつて、それを思い知った。
だから、そんな奴らからひな菊を守るために違法なルートでこれを入手した。
霊眼封じを施してもらったのは、これがどうしても見つかる訳にいかなかったから。そのために、呪いでもなんでもやってやるぞと思ってかけてもらった。
これを使えば占いや霊視などでこれが感知されることはないと、呪術師は言った。
決して、初めから死霊対策ではなかった。
だが、これのおかげで野菊の能力をかいくぐってひな菊を守ることができた。この銃がなければ、おそらく守れなかった。
(……私には、これが必要なのだ。
ひな菊を害そうとする者は、たとえ何者であろうとも容赦はせん!守ることを、妨害する者も……)
そういう者は消さねばならない。たとえ相手が、人間でも。
竜也はハンドサインで事務長を呼び寄せて、耳打ちした。
「例の作戦に、石田を連れて行け。そして、捨ててこい!」
事務長は黙ってうなずき、社員たちに指示を出しに行った。この竜也にすがる会社の中で、石田だけが異分子だった。




