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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
146/320

146.救世主

 野菊を倒すために、竜也は世の中の禁じ手を使いました。

 平時であればそれの存在が明るみに出るだけで、悪とみなされる代物。

 しかし、今は非常事態の真っただ中です。常識が通じない化け物に襲われ、子供や自分たちの命が危ない状況です。


 その状況を利用し、竜也は持ち前の話術で禁じ手をも正当化してしまします。

 人命優先は、もはや魔法の言葉。

 ほうほうの体で工場内に逃げ込んだ社員たちは、今起こったことが理解しきれず目を白黒させていた。

 途中までは、竜也にあらかじめ伝えられた作戦通りだった。大罪人の陽介を囮に野菊のみをおびき寄せ、福山夫婦と石田が不意打ちを仕掛ける。

 しかし、その不意打ちは全て防がれた。

 だったらなぜ、そのうえで野菊を倒すことができたのか。

 竜也が何かしたが……何をしたというのか。


 さっき絶体絶命だと思った時に、響いた音。

 今この平和な時代に、警察もいないあの場に、あってはならない音。少なくとも、この会社にはないはずだ。

 それとほぼ同時に、野菊が倒れた。


「なあ……さっきの、銃じゃないのか?」

「まさか、ここは日本だぞ!」

 思いつくものを口にして、社員や村人たちはますます混乱する。

 村人たちは今夜、平坂神社であんな音を聞いた覚えがあった。さっきの野菊のように死霊がいとも簡単に倒れるのも、見た。

 田吾作が、猟銃で死霊を撃っていた時だ。

 さっきの音は、あの時の音にそっくりだった。

 しかしそうなると、さっきこの場に銃があったことになる。野菊を狙う側に、銃を持つ者がいたことになる。

 だが、今日本では銃を持つことが厳しく規制されている。田吾作のような猟師や警官以外は、持つことを禁じられている。

 だから、そういう立場の者がいないここに銃があってはおかしいのだ。

 あったとしたら、それはれっきとした犯罪だ。

 よもや人格者の竜也がそんなことをするはずがない……。

 だが、そう考えて混乱する社員や村人たちの前に、竜也はあっさりと問題のブツを取り出して見せた。

「これのことかね?」

 その手には、紛れもなく拳銃が握られていた。


 瞬間、社員と村人たちは息をのんだ。

「し、社長、それは……!!」

 あっという間に、さっきとは違う動揺が広がる。竜也が手にしているのは間違いなく、法で規制された罪の証。

 しかし、竜也本人は恥じることなどないという風に胸を張っていた。

「見ての通り、これは銃だ。本来持っているだけで、罪となるもの。

 だが、私は逃げも隠れもしない!私は以前からこれを隠し持っていて、さっきは人のいる所で発砲した。

 しかし、私はそれが悪かったとは思っていない!」

 竜也は、腹に力を込めて声を張り上げた。

「なぜなら、私はあくまで多くの人命を守るためにこれを使ったからだ!!

 あの場で私が野菊を撃たねば、陽介君の命が、それを守ろうとした多くの命が失われていたであろう!

 私はそれを防ぐために、罪と分かっていて使った。

 法によれば罪、しかし人命より優先されるものがあろうか!」

 その言葉に、人々は水を打ったように静まり返った。

 言われてみれば、その通りだ。竜也は法のうえでは罪を犯したかもしれない、しかし子供の命という何より優先されるものを守った。

 あの野菊を倒した一撃がなければ、今自分たちがどうなっていたか分からない。あの化け物相手にどこまで話が通じるかも分からないのだ。

 となると、さっきの竜也の行動は人道上何よりも正しかった。

 むしろ法を守っていたら守れなかった命を、守ってくれたのだ。自分が罪を犯していると分かったうえで、あえて。

 これは社員や村人たちに、この上なく頼もしく映った。

「そ、そうか……やっぱり社長はすごいお方だ!」

「社長は自らの身を省みずに、俺たちを救ってくれたんだ!」

 あっという間に、ロビーは竜也への賞賛であふれた。皆が、救世主を見るような目で竜也を見つめ、感動に酔っていた。


 人々の歓喜が渦巻く中、竜也はまだ放心状態の陽介に優しくささやく。

「恐ろしい目に遭わせてすまなかったね。

 でも、ああしてギリギリまで近づかないと野菊を確実に撃つことはできなかった。あいにく、射撃の腕には自信がなくてね。

 しかし、君のおかげで野菊をすぐ近くから撃てた。ありがとう」

「あ、そ、そうだったんスか……こっちこそ、ありがとうございます」

 陽介は狐につままれたような顔で、それでも竜也にお礼を言った。

 竜也は確かに作戦の全てを陽介に教えていなかった。しかし、絶対に死なせないという約束はこうして見事に守ってくれた。

 むしろ、こういう理由だから言えなかったのかと合点がいった。

 竜也は初めから、どうやったら野菊を確実に倒せるかと考えていてくれた。決して、陽介を切り捨てようとは思っていなかった。

 それを疑って無駄に足掻いて場を引っ掻き回してしまった自分が、とんでもなく間抜けに思えて恥ずかしかった。

 そんな自分でも約束通り守ってくれた竜也には、感謝と畏怖すら感じられた。


 それから竜也は、迎撃に参加してくれた陽介の両親と石田にもお礼を言った。

「私の指示通り動いて作戦を成功させてくれたこと、心から感謝する。

 しかし君たちも、途中で自分が役目を果たせなかったと絶望したかもしれない。君たちの心にそんな負担をかけたことは、謝ろう。

 だが、野菊の能力に対抗するには必要だった。どうも野菊は死霊の声を聞いて離れた場所のことも把握できるようだからね、本命を隠す見せかけの作戦が必要だった」

 そう言われて、三人も合点がいった。

 竜也の不意打ちが本命だと分かった時、自分たちは何だったのかと一瞬思ってしまった。しかし、そう言われれば必要だったと納得できる。

 それに、結果として自分たちも救ってくれた竜也に文句など出ようはずがない。

「いやいや、お役に立てたならそれで……」

「社長さんのお考えは、いつも私たちの想像の上を行きますわ」

 福山夫婦は、感服して竜也に頭を垂れた。

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