145.読み違い
ついに、野菊と竜也が相まみえます。
それぞれ野菊は竜也を、竜也は野菊を確実に仕留める作戦を立てていました。
しかし、野菊の死霊を持ってしても探れていなかった武器が竜也の手にはあり……読みあいに勝利して目的を成し遂げるのは、果たしてどちらになるのでしょうか。
「ようこそおいでくださいました、野菊様。
私が白川鉄鋼の社長、白川竜也と申します。あなたの大切な塚に恐れ多くも白菊を供えてしまったこの子の、親の雇用主です」
近づいてくる野菊に、竜也は丁寧にあいさつをして頭を下げる。
野菊は、無言でつかつかと歩み寄る。
ここで、竜也とひな菊の罪を暴いてやってもいい。大罪人は陽介だけではないと明かし、社員や村人たちを逃がすこともできる。
しかし、それをやるには不安がつきまとう。
今、社員たちの心は竜也にがっちりと掴まれている。ゆえに、野菊がそう言っても信じないかもしれない。
平坂神社で、村人たちが野菊より清美の言うことを信じたように。
また、信じる者と信じない者に分かれて人間同士で争い、死傷者が出るかもしれない。
昔は野菊の言うことであれば村人たちは従ってくれたが、今はそうではない。無用な混乱を起こさぬためには、慎重になるべきだ。
だから野菊は、あえて竜也の策に乗ったふりをして竜也に近づく。
(私が言うのも何だけど……死人に口なし、よね。
私みたいな力を持たない限り、人は死んだらもう何もしゃべれないんだから)
竜也の言葉をもう周りの人間に届かなくする一番の方法は、竜也を殺してしまうことだ。そうすれば、もうどんな詭弁も振るえない。
竜也が倒れればこの組織は瓦解し、人々もクモの子を散らすように逃げ去るだろう。
そうすることが、ここを落とし大罪人を討つ最短の道だ。
「ご苦労様、わざわざ捕まえておいてくれたのね」
適当に話を合わせて、死霊たちの声に耳を澄ます。
(門の内側に武器を持った人間が二人……踏み込んだ瞬間に両側から挟撃する気ね。一人が足を払って一人が頭を潰す。
さらに、それで仕留めきれなかった場合に備えて竜也の後ろにもう一人……精度は分からないけど飛び道具かもしれない)
襲い掛かられ、それをかわす動きを頭の中で何度も反復する。
それを悟られぬよう目線は陽介に固定したまま、開かれた門に踏み込む。
「さあ、その子を渡してもらいましょうか」
その瞬間、ブンッと風を切る音が聞こえた。
門のすぐ内側に潜んでいた楓と猛が、両側からそれぞれの得物を振りかぶる。楓が棒で足を狙い、猛が倒れるであろう位置にハンマーを振り下ろす。
「甘い!」
野菊は棒に宝剣を当ててそらし、上体を屈めてハンマーを避ける。
「畜生……うわっ!?」
そのまま宝剣を支えて棒でハンマーを受け止め、ハンマーの衝撃を棒に伝えて素早い楓の動きを封じる。
さらに宝剣に力を込め、呪いの炎で棒とハンマーを包む。
「うおっ武器が!?」
二人は慌てて得物を引っ込めるが、棒は炎に包まれた部分がボロボロに腐食し、ハンマーは先端の重さに耐えきれなくなり折れてしまった。
しかし、そこに駆けつけてくるもう一人。
「お二方、下がって!」
白衣にヘルメット姿の年配の救命士、石田だ。
社内で発生した資料を葬ってきたネイルガンを野菊に向け、釘を発射する。
「悪霊退散、安らかに眠れ!」
青ざめた顔ながら野菊に狙いを定め、ドスドスと釘を連射する。とはいえ元々そうして使う道具ではないため、釘は狙い通り飛ばない。
野菊は落ち着いて腕で頭を守り、腕や体に刺さった釘を抜いて投げ返した。
「しまった!」
呪いの血をまとった釘のお返しに、さすがの石田も怯んで下がる。これに当たって傷ついたら、死霊に噛まれたのと同じことだ。
その攻撃を前にして、猛と楓も再度の攻撃をためらっている。
これで、不意打ちは全ていなした。
竜也は愕然とした顔で、陽介は恐怖にくしゃくしゃになった顔で立ちすくんでいる。
「さあ、これで罪を……」
野菊は、ここぞとばかりに竜也に斬りかかった。
しかしその直前、竜也が陽介の後ろに隠していた何かを取り出した。足払いで陽介を転ばせ、黒光りする何かを構える。
(あれはっ!)
見えても、反応する暇は与えられなかった。
ズダーン 「がっ……!?」
予想だにしなかった銃撃音とともに、野菊の頭に穴が開く。剣の間合いから放たれた弾丸は、見事に不死者の急所に刺さった。
力を失った野菊の体はあさっての方向に剣を振りぬき、そのまま倒れ込んだ。
「やった……のか?」
「え、でも今のって……!」
目の前のできごとに混乱する社員や村人たちを、竜也は怒鳴りつけた。
「何をやっている、早く門を閉めてバリケードを組め!
すぐに死霊共が統制を失ってなだれ込んでくるぞ!早くしろ、死にたいのか!!」
その言葉に、社員たちは大慌てで門を閉め、両側に用意しておいたバリケードを門の内側に押し出す。
そう、バリケードはあらかじめこの位置に用意されていた。
その頃になって死霊たちは思い出したように呻き始めたが、もう入れない。
門の中にのこのこと入ってきたのは、無様に倒れ伏している野菊一人。もう門の中に、竜也たちを害する存在はいない。
「よし、これでひとまず安心だ。
では石田さん、野菊の頭に釘を打ち込んでください」
「は、はい……」
いろいろと突っ込みたいところはあるが、石田は竜也の言う通りにするしかなかった。
だって、こいつは今生きている人間に死を与える存在。人を救うのが石田の使命であるからして、こいつを野放しにはできない。
石田は今度こそネイルガンを持って動けない野菊に近づき……。
ズダーン 「ひっ!?」
いきなり、またここにあってはならない音が響いた。野菊の頭に釘を打とうとした石田の足下で、土が跳ねる。
しかし、今は竜也は何もしていない。
「くそっどこからだ!?」
思わぬ邪魔に、竜也は辺りを見回す。
そして気づいた。
白川鉄鋼の敷地に迫る山からなら、この位置を上から狙うことができる。敵は、その山から夜闇に紛れて狙撃を仕掛けてきた。
突然、その山の中に光が灯った。
真っ黒な山肌にポツンと灯った懐中電灯の明かり、その中に浮かび上がった恨みと憎しみに歪んだ顔。
まるで、次は当てるぞと言わんばかりの。
「う……うわっ……!!」
見てしまった全員の背中を、凍るような悪寒が駆け上がる。
それは、竜也も同じだった。野菊の頭が治らないように固定しておいたいのはやまやまだが、それは自分が狙撃されてまですることではない。
「全員、早く建物の中へ!身を守れ!!」
後ろ髪を引かれる思いだったが、竜也たちはすぐに身をひるがえして工場に駆け込んだ。
(くそっ……これでは復活までは阻止できん!)
竜也としては、かなり確実な作戦を立てたはずだった。そしてこれを確実に成功させるために、己の危険を冒して野菊に近づいた。
これで娘と会社を守れるならば、己の身を賭けても惜しくはなかった。
……なのに、最後の最後で詰めを阻まれた。
ふと後ろを振り返ると、山肌の明かりは消えていた。しかしさっきのは見間違いではない、確かにあそこに狙撃者がいるのだ。
そいつは闇に紛れて、いつまで野菊を守っているか分からない。
野菊を倒すことはできた。しかし、夜明けまでの安全を確保することはできなかった。




