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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
144/320

144.待ち伏せ

 作戦を立てて待ち構える白川鉄鋼に、ようやく野菊が現れます。

 野菊の内部分裂を期待した読みは外れ、さすがの野菊も竜也の評価を修正せざるを得ません。

 しかし、それでも黄泉の権能で相手の動きが分かるから大丈夫と、あえて近づき……。


 ここで、時間軸が咲夜たちと野菊が別れた後になります。

 結論として、竜也相手に時間は与えない方が良かった。

 陽介のことでひと悶着あってしばらく後、白川鉄鋼の見張りが近づいてくる行列を発見した。

「の、野菊だ!野菊と死霊どもが来た!!」

 畑が広がる方から工場に向かって、ずらりと並んで歩いてくる数百はあろうかという人影。こんな夜にそんな行進をするのが何か、分からぬ訳がない。

「来たか……しかし、ずいぶん遅かったな」

 それが来ることは分かっていて備えも間に合ったので、さほど動揺はない。

 むしろ竜也にしてみれば、あの放送からこうして実際に野菊が来るまでどうしてこんなに時間がかかったのかと勘ぐってしまうくらいだ。

 それに、野菊は平坂神社からの通り道である住宅街ではなく遠回りになるはずの畑の方から来た。

 これには、清美も首を傾げた。

「……どういうことかしら?

 時間がかかったのはともかく、住宅地からまっすぐじゃなかったのね。まあ、おかげでこっちはきっちり準備ができたんだけど……」

 放送があってから野菊が来るまで、実に一時間半近く経っている。

 もちろん白川鉄鋼としては、遅く来てもらった方がいい。おかげで不意打ち作戦の準備は整ったし、守るべき時間も短くなる。

「今、午前二時半ごろか。

 今から野菊を停止させるとして、そのまま日の出までもちそうか?」

 竜也が聞くと、清美は難しい顔で答える。

「ただ頭を破壊するだけだと、止められるのは二時間くらいかしらね。田吾作に撃たせてから放送までの時間を考えると、そんなもん。

 それじゃやっぱり日の出前に復活するから、さっきの司良木親子みたいに拘束した方がいいわ。

 でも頭が回復すれば体に刺さっているものは腐食させるでしょうから、必ず何かで貫き続けておくことね」

「なるほど、不意打ちが当たりさえすれば難しくないな」

 確認を終えると、竜也は自らロビーに出て社員たちに指示を出した。

「さあ、出迎えの準備をしろ!」


 一方、野菊は死霊たちと共に白川鉄鋼に向かっていた。歩きながら、肉体を持たない死霊の声を聞いて敵の様子を探る。

(ふーん、不意打ちね……。

 あの父親、なかなかやるじゃない)

 野菊は白川鉄鋼を攻めるまでにわざと時間を置くことで、敵が内部で分裂することを期待していた。

 しかし、そうはいかなかった。

 敵の親玉にして大罪人の父、白川竜也は、あの放送を受けてなお社員や村人たちの人望を失わずまとめ上げている。

 これは、並大抵の手腕でできることではない。

(個人の権利が重く見られる民主主義の時代に、あの剛腕……少し見くびっていたみたい。大罪人の保護者の中では、一番手ごわいかもしれない)

 そう竜也のことを認めながらも、野菊は余裕の笑みを崩さなかった。

(……でも、その不意打ちも私にはもう分かってる。

 黄泉の力を侮った者に、明日の光はないわ)

 そう、野菊は肉体を持たない死霊の声を聞くことで敵の動きを探れる。竜也が陽介を囮にして不意打ちを企てていることも、知っている。

(福山陽介も大罪人なのはそうだけど……どちらがより討たれねばならないか、分かっていないみたいね。

 考えのない実行犯を討つのに、指示を出した者がそれより軽い訳がないでしょう。

 ご自慢の小賢しい策を打ち破って、それを思い知らせてあげる!)

 野菊は、竜也のこの態度に怒りを覚えていた。

 一番悪い元凶は自分の娘だというのに、その娘にいいように使われて実行犯になってしまった子を娘を守るための囮にしようとしている。

 どこまでも他人を駒として使い、自分と娘のことしか考えていない。

 哀れな実行犯の陽介を罰しておいてこいつらを逃すことなど、許される訳がない。それにこの二人が生きている限り、村に平穏は訪れないだろう。

 ここに逃げ込んでいる平坂親子ともども、確実に討たねば。

 野菊は宝剣を握る手に力をこめ、一歩一歩踏みしめるように歩いていった。

(大丈夫、今は前と違って銃はない。

 ただし、それでも油断は禁物……しっかり討ち果たしてみせる!)

 白川鉄鋼の大きな建物が、迫ってくる。その門の前には、偽の餌を出して大口を開けるチョウチンアンコウのような人間の集団があった。


「聞こえるか、野菊よ!」

 死霊の群れの先頭が工場の門に達しようかという時、耳障りな大音量が発せられた。見れば、社長と思しき男が拡声器を持って呼び掛けている。

「ここにいる大罪人は分かった、今からそいつを私が連れていく。

 だから、死霊たちをどけてこちらに来てほしい。

 このまま押し入られては、無関係な人たちがたくさん巻き添えになってしまう。貴方も、それは望んでいないだろう!」

 その言い方に、野菊はさらに怒りを増す。

(あなたが罪を分かって巻き込んでいるのに、よくも言えるわね)

 今工場内で震え、あるいは野菊と戦おうと意気込んでいる人たちは、皆この竜也を正義と信じてついて行っている。

 こいつこそが、娘を守るために平然と嘘をつく悪人だとも知らないで。

 自分を守りたい当たり前の感情をいいように方向づけられ、大罪人を守るための肉の矛と盾として使われている。

 この哀れな人々は、竜也の言う通りできるだけ殺したくない。

(……でも、今この距離なら罪なき人々は守れる。

 死霊たちは皆、私の制御下にある。

 周りにいる罪なき人たちだって、あの竜也がいなくなればここを捨てて逃げ出すはず。そうなれば、あとは小娘一人、討つのは容易い)

 野菊はあえて竜也に言われるまま、死霊に道を開けさせて一人進み出る。

 すると竜也の方も、門を一人が通れるくらい開き、陽介を連れて前に出てくる。

 これなら、こちらも竜也を殺しやすい。

(さあ来なさい、そして黄泉と人を侮ったことを後悔するがいいわ!)

 野菊の握る宝剣にまとわりつく呪いの炎が、めらめらと勢いを増す。後は分かっている不意打ちをかわし、これを竜也に突き立てるのみ。

 それで今夜の決着がつくと、野菊は信じていた。


 ……しかし、その読みが甘かったことを野菊は思い知ることになる。

 生にしがみつく人間の知恵と執念は、いつだって想像の上をいくのだ。


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