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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
143/320

143.怒りの矛先

 陽介を助けることにした竜也は、対野菊のためにもう一手打ちます。


 禁忌を破る以前に、禁忌がなければよかったのではないか。陽介以前に、罪と罰を誰が定めたのか……そんな考えを周囲に吹き込みます。

 海千山千の竜也社長は、ピンチをチャンスに変えるのです。

 福山家を助けると決めたところで、年配の村人が心配そうに声をかけてきた。

「子供を助けようとする社長さんのお志は立派です。……しかし、陽介は普通の悪ガキじゃないんですよ。

 こいつは、黄泉の禁忌を破った大罪人です。

 こいつを守るっちゅうことは、その……黄泉の定めたことに反して、野菊様に逆らうっちゅうことですよ。

 分かってますんで?」

 そう、村人や社員たちが気乗りしない理由の一つはそれだ。

 白菊塚の禁忌を破った罪は、この世だけの罪ではない。黄泉によって大罪とみなされ、永遠の呪いを受けると決まっているのだ。

 現にこれまでの大罪人は、全員そうなっている。

 野菊と死霊たちが現世に出てくるのはそのためだし、これまでその運命から逃れられた者はいない。

 だから……陽介も結局、そうなるのではないか。

 そしてその陽介を守ろうとした自分たちも、黄泉の怒りに触れ、もしくは単純に巻き込まれて死ぬのではないか。

 死霊の恐怖を目の当たりにした者たちの中には、そんな恐れが渦を巻いていた。

 人道的には竜也の言うことが正しいが、実行するとなると黄泉は恐ろしい。

 そんな周囲に、竜也は毅然として問いかける。

「では君たちは、今生きている人間が黄泉とやらの都合で割に合わず殺されることを正しいと思うのかね?」

「それは……」

 そう言われると、周囲も正しいとは答えられない。

 むしろ、どう考えても理不尽だ。塚に花一本供えるだけで周囲も巻き込んで死刑なんて、普通に考えたらあり得ない。

 ただそれがもう定まっているし罰が怖いから、表立って言えないだけ。

 竜也は、そんな村人たちの気持ちを見抜いていた。

 そして、そんな村人たちの内心に語りかけ、導くように声を張り上げた。

「諸君、この村はずっとそんな理不尽に支配されてきた!

 しかし、それからもそんな不当なものを受け続けていいのか!?」

 力強い、心の奥に響く訴えに、社員と村人たちははっとして聞き入った。

「かつて野菊はこの条件と引き換えに村を救った。それは仕方なかった。他に手がなかったのだろう。

 だが、なぜ今を生きる無関係な我々までその時の定めに従わねばならんのか!?

 いや、そんなことはない。黄泉の力が必要な時はもう過ぎ去った。今残っている定めや罰は、一度救ったからと一方的に押し付けられているにすぎない!」

 竜也は、社員や村人たち一人一人に問いかけるように声を張り上げる。

「諸君!さっきからこの会社で、神社で、何人もの人が亡くなった。

 悲しかったろう、苦しかったろう、何でこんな目にと思っただろう。

 その感情が正しいのだ!!だって、君たちや亡くなった人たちは黄泉や、黄泉の力がないと困る人々に何かしたか?

 何もしてないだろう!!だから、今の黄泉の介入そのものがまず不当なのだ!!」

 その言葉は多くの人の胸を打った。

 そうだ、今夜はすでに多くの人が黄泉の尖兵に殺されてきた。どうしてこんな事になったのか、訳が分からなかった。

 だが、今その理由を竜也がはっきり言ってくれた。

 黄泉がそんなものを定め、野菊が後の世代に災いを押し付けたのが悪い。

 自分たちは悪くない、あんな死に方をする理由などどこにもない。これはただ、向こうの都合を押し付けられているだけ。

 だったら……。

「抗おう……諸君!我々が黄泉とやらの言いなりになる必要などない!

 我々は今を生きる者として、我々の道理を通そうではないか。行為にふさわしくない不当な罰から、自分たちを、この子を守ろう!

 今こそ黄泉の不当支配から脱し、村の新たな歴史を作るのだ!!」

「オオーッ!!」

 竜也の大胆な発言に、村人と社員たちは大歓声を上げた。

 場が熱気に支配される中、竜也は勇気づけるように言う。

「黄泉はこの村を恐怖で不当に支配し、人々の犠牲を強いてきた。しかし、そんなのは今夜で終わらせよう。

 野菊の力は反則的だが、無敵ではない。倒せると、今夜証明されたではないか。

 黄泉が支配に使ってきた力に、我々が対抗できない訳ではない。これはデスゲームではなく、きちんと逃げ切れるように設計された鬼ごっこだ。

 ならば我々はそれに従い、野菊を倒して逃げ切る!」

 その宣言に、また周囲から大歓声が上がる。

 社員や村人たちの心の中は、自分たちに理不尽を押し付けた魔に抗ってやろうという闘争心で一杯になっていた。

 竜也の言う通り、陽介はただ塚に花を供えただけ。

 自分たちの大切な人を奪ったのは黄泉、ただ花を供えるという何でもない行為を罪にしたのも黄泉だ。

 そんな勝手な定めに、従うことはない。

 従わずに済めば、それが一番いいのだ。

「よし、では今からすぐに野菊を迎え撃つ準備を始めよう。

 大罪人の陽介君を囮にして、不意打ちで仕留める。そのために、猛君と楓君にもしっかり協力してもらうぞ。

 もしうまくいったら、賠償をより多く肩代わりしてやろう」

「はい、社長!!」

 こうして、白川鉄鋼では急ピッチで野菊を迎え撃つ準備が始まった。社員たちや村人たちの心は、打倒野菊で一丸となっていた。

 これは、野菊にとって予想だにしない流れだった。


 てきぱきと動く社員たちを眺め、竜也は内心ほくそ笑んでいた。

 陽介のことで人格者として振る舞い、慈悲深いふりをして人々の怒りを黄泉や野菊へと向けさせた。

 この流れなら、陽介だって読みにはめられた被害者だ。同様に、もし後でひな菊の関与が分かっても災厄は黄泉のせいになり、ひな菊はちょっと叱られるだけで済まされる。

 野菊を倒して止める計画も、だいたい予想通りだ。陽介の立場が少し違うだけで、大筋は変えずに進められる。

 そのうえ、竜也の求心力は大幅に高まった。

 巧みな話術でピンチをチャンスに変え、竜也は手ぐすね引いて野菊を待ち構えていた。


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