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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
142/320

142.差し伸べられた手

 八方ふさがりの陽介とその家族は、とにかくこの状況を何とかする何かを求めていました。


 そこに手を差し伸べる人は、一人しかいません。

 人格者を装って人を支配する竜也の手腕が、冴えわたります。

 陽介はこれまでのことを思い出し、必死にどこが悪かったのか考えようとしていた。

 このままでは、両親に見捨てられて家族がバラバラになってしまう。最悪、自分一人この恨み渦巻く村に捨て置かれてしまう。

 陽介は夢中になって、挽回できるところを探そうとする。

「えっと、その、だから……これからはきちんと勉強する!母ちゃんの買ってきたドリル全部やるからさ、そしたらいっぱい稼げる仕事につけるんだよな?

 で、父ちゃんが好きに酒飲めるくらい金稼ぐからさ!

 だから俺と……」

「もうそういう問題じゃねーよ!!」

 またしても、両親の怒声が重なる。

 涙目で身をすくませる陽介に、両親はなおも喚き散らす。

「勉強するとか、今さら遅えんだよ!!あんた何年生からドリルほったらかしにしてると思ってんだ!?

 そもそも、前から真面目にやってれば今こんなになってねえよ!!」

「金稼ぐってなあ、世の中の人間がだいたいいくら稼いでるか知ってんのか!?でもって、てめえが死なせた人間の賠償がいくらになるか考えてんのか!?

 んなもん、下手したら一生かかっても払いきれねーよ!!

 そんなもん被るぐれえなら、全部捨ててホームレスになった方がマシだ!!」

 もはや陽介が何を言っても、両親は取り合わない。

 だって、陽介が両親に負わせてしまったものはあまりに重すぎる。これから先一緒にいても、生活が楽になる可能性なんてこれっぽっちもない。

 人を殺してしまった賠償は、下手をすれば億単位になる。それが今夜死んだ人数分と考えると、気が遠くなる。

 そのうえ陽介はこれまでろくに勉強していなくて、これから塾に通わせる金もない。となると、ろくに稼げそうにない。

 現に今、常識的に考えればそうなると分かっていない。

 これで希望を持てという方が無理だ。

 もはや陽介と一緒にいる未来には地獄しかなく、両親はそこから逃れることしか考えられなくなっていた。


 だが、ここで竜也が口を挟んだ。

「二人とも、少し落ち着きたまえ!いくらそうしていがみ合ったって、この子がやってしまったことが消える訳じゃない」

「でも社長、このままじゃ……!」

 さすがに社長相手には少し大人しくなった二人に、竜也は提案する。

「今回のことは、元々不確かな伝説で禁じられていたことを、子供が無知ゆえに犯してしまったことだ。

 この子にそれほど悪気は……少なくとも人を殺す気などなかっただろう。

 それで家族がここまでなってしまうのは、あんまりだと思う。

 それに、直接の命令がなかったとはいえひな菊がそういう考えを持っていて、陽介君がそれに応えようとしたのはそうだろう……私も無関係ではない」

 竜也は、心を痛めたような辛そうな顔でそう言って、告げた。

「だからここは、その賠償や君たちの生活について少し私も支援しよう」

 途端に、陽介の両親は天からの光を見たような顔になった。

「ほ、本当ですか、社長……!?」

 あっという間にお互いをなじることなど忘れ、竜也にすがるように膝をつく。

 当たり前だ。竜也は今この瞬間、福山家にとって救いの神に等しい存在になったのだ。この人が、三人の未来を握っているのだ。

 福山家に降りかかった災難は、一家の全力と全財産を合わせてもどうにもならない。

 しかし、そこに白川鉄工の力が加われば……これほどの工場を持ち、多くの人を雇い村にも多額の税を納めている白川鉄工の力があれば……。

 陽介の両親の脳内に、果てしなく救いの妄想が広がる。

 この人の財力なら、もしかしたら死んだ全員分の賠償を肩代わりできるかもしれない。それ以前に、村での権力や優秀な弁護士を使って、賠償の額そのものを大幅に減らせるはずだ。

 自分たち三人の生活を維持するくらいのお金はこの人にとってははした金だし、この人にくっついていれば自分たちはこれからも……。

「あ、ありがとうございます、社長!!」

「社長さんの言う通りにしますわ!!」

 陽介の両親はすぐさま、竜也に両手をついて恭順を誓った。


 しかし、その方針を良く思わない者たちもいる。一部の社員たちが、口をへの字に曲げて竜也に言う。

「社長さんが優しいのは分かりました。

 でも、こんな奴らにそこまでしなくてもいいのでは?」

「私と仲が良かったあいつは、このガキのせいで死んだんですよ。なのに、何でその賠償を私らの稼ぎから払わにゃいかんのですか?」

 陽介のせいで家族や仲の良い友人を亡くした者の心中は、穏やかでない。

 それに白川鉄鋼が金を払うことになれば、それは社員たちが頑張って稼いだ会社の金が使われることになる。

 自分たちは悪くないのに、むしろ被害者なのに納得いかない。

 だが、竜也はそんな社員たちを見まわして言った。

「君たちが納得できないのは分かる。

 だが考えてみてほしい……自分の子供が、子供がいない者は幼いころの自分が、殺意なくいたずら感覚で大事件を起こさないと言い切れるかね?

 陽介君を切り捨てていいのは、そう言い切れる者だけだ」

 そう言われると、社員たちは気まずそうにうなだれる。

 陽介でなくても、子供というものは世の中を知らなくておまけにスリルを感じることが大好きだ。一歩間違えば大事故になるようなことを、平気でやる。

 そして実際に大事故になってしまった例は、いくらでも転がっている。

 子供はみんなそういう気質があるので、今の陽介のような事態を軽い気持ちで引き起こす可能性は皆にあるのだ。

 ならば、この一件だけで子供を地獄に落とすべきではない。

 聖書に出てくる、心の中で一度もいやらしいことを考えたことがない者のみ娼婦に石を投げろ、と同じことだ。

「私は、誰にでも起こり得る不注意で子供を切り捨てたくない。

 もしそれに納得できないなら、会社を去ってくれて構わないが……そうした者や家族が今後同じようなことを起こしても、私は助けない。

 自分が切り捨てられる覚悟のある者だけ、去るがいい」

 それは、一見して相互扶助の精神に基づいた美しい言葉だ。

 それに、異を唱えれば自分が助けてもらえなくなるというのは効いた。今は福山家が憎いが、自分が同じ立場になった時叩き潰されて破滅するのはごめんだ。

 社員や村人たちは、しぶしぶながら竜也の方針を認めた。


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