141.陽介と家族
こんなひどい事になってしまった陽介とその家族は、これまでどのように生きてきたのでしょうか。
ひな菊以前に、既に種はまかれていたのです。
両親が不仲で子供が浅はかだと、こうなる。
「あ、えっと……だから、その……どっちが悪いんだ?」
話を聞いて戸惑う陽介の前で、二人はますますお互いへの怒りを爆発させる。
「こいつが悪い!全部この女のせいだ!!」
「なぁ?陽介をこんな風に育てたのはあんたでしょうが!?」
お互い口から泡を飛ばしてなじり合い、陽介についての責任をなすりつけ合う。その二人の首が、いきなりぐるんと陽介の方を向いた。
「ねえ陽介、あんたお父さんを見習って乱暴になったのよね。
お父さんがあんたに、他のヤツは力で言う事聞かせりゃいいって教えたのよね。で、あんたも腕っぷしが強くてそれができたと。
だからあたしが勉強しろって言っても聞かなくて、力で楽して物をもらうためにこんなことまでしちゃったんだ」
「いやいや、母ちゃんがガミガミ怒るのが悪いんだよな?
勉強しろっつっても安い問題集ばっか買ってきて、やれやれ言うだけだったもんな。
ったく人には得手不得手があるってのに、やりたくもねーし役にも立たねえこと押し付けられてむしゃくしゃしてたんだよな。
それが嫌でいいとこ見せようとして無茶しちまったんだよな」
二人とも、陽介が相手のせいでこうなったんだと認めさせようとする。
陽介は、それを聞いてごくりと唾を飲んだ。
どっちが悪いかなんて、決められる訳がない。
だって両親がそれぞれ言う事には身に覚えがありすぎて……陽介にしてみれば、どっちも正しいのだ。
そう、陽介がこうなったのはどちらかのせいではない。
陽介はこの問題だらけの夫婦の間に生まれ、いつも二人の間に挟まれてそれぞれの影響を受けながら育ってきた。
その結果が、これだ。
なのでこれはどちらか片方が悪いのではなく、両親の意図せぬ共同作業の結果なのだ。
陽介は両親に似て、力が強く運動神経が良く頭のできはいまいちだった。
そのうえ両親は陽介が物心ついた時から仲が悪く、陽介が見ている前で喧嘩や暴力にまで発展することがよくあった。
すると、陽介はそんな両親をまねして育つ。
欲しいものは声を荒げ力を振るって手に入れる。幼児のころから力が強くよくそれに成功していたため、陽介は父に似たガキ大将に育った。
しかし、勉強の方はからっきしだった。
元々できがよくないうえにコツコツと努力することを教わらなかったため、小学二年生にもなるとつまずいて成績が下がり始めた。
それもまた、両親の諍いの種となった。
仲の悪い両親が、全く違う対応をしたのである。
「ちょっと、こんなんじゃロクな学校行けなくてロクな会社に入れないわよ!
遊んでばかりいないで、きちんと勉強しなさい!」
母の楓はそう言って陽介を叱り、安い問題集を誕生日やクリスマスのプレゼントに買って押し付けた。
楓は猛と結婚して幻滅したことで、勉強しないで力に任せて威張っていると将来どうなるか分かっていた。
そして、陽介までそうなってしまうことを恐れた。
それでも塾に入れるには金がかかるし、自分のための金を減らしたくなかったので、安く済ませようとした。
もちろん楓自身も留学で覚えた英語以外はからっきしなので、自分で教えることもできず頭ごなしにやれと言うだけになる。
それで、陽介がやれるはずがない。
やってみたところで分からないので放り出してしまい、それを叱られてますます嫌になってしまう。
という訳で、陽介の部屋の押し入れにはほぼ白紙の問題集がたくさん眠っている。
その反発もあって、陽介は母の言うことを聞かなくなった。
そして、勉強ができないから学年が上がるにつれて周囲から馬鹿にされる、それが嫌でますます力に頼る、という悪循環にはまっていた。
さらにそれを助長したのは、父の猛だ。
「大丈夫だ、学校の勉強なんて何の役にも立たん。大事なのは、どれだけ多くの人を従わせるかだ。
あんな女の言うことなんざ、聞かなくていい!」
猛は自分の思い通りにならない楓のやることなすことけなしていた。
それが、勉強したくない陽介には都合が良かった。
勉強から逃げるように猛の昔の武勇伝を聞き、自分もそうして生きれば勉強しなくても大丈夫だと安心しようとしていた。
勉強以外でも、楓に小言を言われて言い返せないと猛のことろに逃げ込むようになった。そうすれば猛はだいたい陽介の味方で、暴力で楓を黙らせてくれるから。
もっとも猛がそうするのは、陽介がまじめになると家の中に自分の味方がいなくなるからそれを阻もうとしていたのだが、そんな卑劣な意図に陽介が気づけるはずもない。
陽介はただ両親の不仲を、自分の逃げ場を作るのに使っていた。
そのせいでさらに両親は険悪になったが、陽介は自分のせいだと分からなかった。
ただ時々他の仲のいい家族を見て、うちもあんな風に笑いあえたらいいのになと羨ましがっていた。
そんな折、村に白川鉄工が立ちひな菊がやって来た。
ひな菊はわがままだったが、自分に従う者には気前よく物を与えて着実に取り巻きを増やしていった。
欲しいものを我慢できないくせに金がない陽介が取り込まれるのに、それほど時間はかからなかった。
それに、年齢が上がるにつれて周りを力で従わせることができなくなり、陽介は焦っていた。そんな時地位と財力という新たな威厳を示して従えと言ってきたひな菊は、陽介にとって渡りに船だった。
さらにひな菊に従うことで、家にもいいことがあった。
陽介が手柄を立てると、ひな菊はビール券や食品ギフトやいらなくなった日用品をくれる。これは家計の助けになった。
父の猛はえびす顔で、もっとやれとほめてくれた。母の楓は苦い顔をしたが、家計には勝てず黙認し、ほんの時々小声で「ありがと」と言った。
久しぶりだった……両親二人ともが喜んでくれるのは。
だから、これを続けていれば一家が幸せになれると信じた。これでお金を稼げば勉強しなくても馬鹿にされないと、安堵した。
その道が正しいと疑うことなく突っ走った末に……自分も家族も地獄に叩き落す大罪を犯すに至ったのだ。




