140.壊れた家族
村での立場ももらえるはずだった金も失ってしまった陽介と親。
しかし、陽介はそれでも諦めきれませんでした。命があればと懸命に未来を夢見て、必死で命乞いをして……また家族で幸せになるために。
しかし、両親が同じ気持ちとは限りません。
後半、陽介の一家が金に困っていたのはこういう事情だったんです。
「ぐっ……ふぐっ……嘘だあ……」
陽介は、もうどうしていいか分からなかった。
自分の禁忌破りは、バレた。このままでは、自分は大罪人として野菊に突き出されてしまう。
親にすがっても、どうしようもなかった。自分の罪のせいで、親のこれからの人生すらも地獄に叩き落してしまった。
これから自分は殺され、親はずっと死んだ自分を恨み呪いながら生きていくのか。
(い、嫌だよお……そんなの……!)
家族で幸せになりたくて勇気を出して行動したのに、こんなのはあんまりだ。陽介は、どうしても諦めきれなかった。
その時、陽介の頭に竜也の言葉が浮かんだ。
(君は絶対に死なせない)
言われたときは信じられなかったが、あれは信じても良かったんだろうか。竜也には、本当に何か考えがあったのか。
信じられなくて死にたくないと必死に足掻いてこうなってしまったが、皮肉にも今はそれにすがるしかなかった。
「社長さん……助けてください……」
陽介は、蚊の鳴くような声で竜也に助けを求めた。
「ごめんなさい……俺、悪い事しました……。
でも、死にたくないんです!だって……だって死んだら、もう何もできない!
生き残れたら、死ぬ気で働きます!お金も返します!もう迷惑かけないように、頑張るから……だからお願いです!助けてください!!」
すると、竜也は同情するような顔でうなずいた。
「そうだな、君はまだ子供だ。いろいろうまく考えられなくて、こうなってしまったんだろう。
私としても、菊一本供えただけで死刑はやりすぎだと思う。人道的な観点からも、賠償の観点からも、君には生きていてほしい。
幸い、野菊は倒せない訳じゃないようだ。
少し難しいが、何とかやり方を考えてみよう」
竜也はすんなりと、陽介を助けると言ってくれた。やはり、初めから何か考えがあったのだろう。
何はともあれ、これで命だけは助かりそうだ。命があれば、きっとこれから頑張って、幸せな家族を取り戻すことだってできる。
いつかまた親と笑いあえる日を夢見て、陽介はホッとした。
しかし、親の方はもう笑う気などなかった。
楓が、憎々しげに顔を歪めて猛に言う。
「本当、もうおしまいね。この村暮らしも、あんたとの家族関係も。
あたしもね、もうこんな村離れてどっかで新しい人生を始めようと思ってたのよ。もちろん、あんたはここに捨てて。
陽介は、あんたがもらっていいわよ」
「何ぃ!?」
その言葉に、猛がぐわっと全身をいからせる。
陽介は、密かに父を応援した。だって、お母さんなのに子供を捨てるなんてひどすぎるじゃないか。
せっかく社長が助けてくれると言っているのだ。だったら、こんなところで諦めないでこれからも一緒に……。
「陽介はてめえのモンだろ、俺のモンじゃねえ!」
猛の口から出たのは、全く別の言葉だった。
「何一人だけ逃げようとしてんだ、こいつはてめえが育てるんだよ!
こいつはてめえの腹で育っててめえの乳を飲んで、てめえが面倒見てきた。だからてめえに似て、楽することしか考えなくなっちまった。
こいつがこんなになったのは、てめえの責任だぞ!
子育てのことは、俺にゃ関係ねえ!!」
今度は猛が、陽介を楓に押し付けようとする。
二人とも、自分だけは自由になりたいのだ。このとんでもない罪業を背負った息子を、もう片方の親に押し付けて。
もちろん二人とも、既に別れる前提で話をしている。
これから先もこのまま家族でいる気など、毛頭ない。
このあまりに残酷な争いに、陽介は戦慄した。一緒にいたくて仲良くしてほしかった親二人とも、もうこの家族を諦めている。
これも自分のせいでこうなってしまったのかと思うと、気が狂いそうだった。
「やめて、やめてくれよ父ちゃん母ちゃん!
俺が悪かったから、謝るから!!もうこれからは、こんなことしねえって約束するから!なあ、たった一回だろ?反省するから!!」
陽介は必死で謝り、両親の争いをやめさせようとする。
しかし、浴びせられたのは無情な怒声。
「うるさい黙れ!!」
あんなに喧嘩になっているのに、こんな時だけはきれいに声がそろう。それに気づくと、二人は忌々し気にお互いをにらみつけた。
「てめえのことは、いつもウゼェと思ってたんだよ」
「あたしも、もうあんたにはとっくに愛想が尽きてたわ。
あんたに似て楽なことしかやらない、陽介のことも……」
そう言う二人の目に、もう愛情など欠片もない。
陽介は今回のことだけが原因だと思っていたが、そんなことはない。二人はもうずっと前から仲が悪く、とっくにお互い愛想を尽かしていたのだ。
「な、何でだよ……金か!?だから俺、金に困らないようにって……」
慌ててそう言う陽介に、猛は重苦しく息を吐いて言った。
「金……そうだな、そいつはあるな。
だってこの女、俺が稼いだ金なのに雀の涙ほどしか俺に使わせてくれねえんだぜ!俺が俺のもんを好きに使って何が悪い!?」
「あっ、そりゃひでえよ母ちゃん!さっさと金を返して父ちゃんに謝れよ!!」
すると、楓は氷のように冷たい目で陽介を見下ろしてこう言った。
「それやると、あんたの小遣いもなくなるし、家でご飯も食べられなくなるけど、いいの?」
「へ、何で?」
「そりゃあんた、こいつに好きに金を使わせたら全部こいつの酒と遊びに消えちゃうからでしょうが!こいつ、それでも時々家の財布から勝手にお金持ってって酒飲んでんのよ。
あのねえ陽介、暮らしていくのにはお金が要るの。電気も水も、タダじゃなくてお金払ってんの。食べ物にも、お金がかかるのよ。
あんたは、こいつがその分の金まで使っちゃっていいの?」
陽介は、目をぱちくりした。
今まで生活にかかる金がどうかなんて、考えたこともなかった。ただ漠然と、もっと金があればとしか思っていなかった。
そう言えば、陽介が電気をつけっぱなしにしたり水を出しっぱなしにしたりすると母がいつも怒っていた気がする。
小さい頃は何がいけないのか分からなくて、そのうち聞く気も失せて、怒られるたびに外や父のところに逃げ出すようになった。
父は母の気が小さいとかやりくりが下手だとか言って陽介をかばってくれたので、いつの間にか母を悪者にしていたが……。
自分が時々お金を使うようになった今なら分かる。
こういうことだったのか。
「じ、じゃあ父ちゃんが悪い!これからは、ちゃんとお酒じゃないことにお金を……」
すると、猛が反論する。
「だーかーら、てめえの言う通りもっと金がありゃいいんだろ!
そのためにゃ、楓も働けばいいだろうが。でもこの女、俺に金を出せって言うばっかりで全然働かねーんだよ!
そのくせ、へそくりばっか貯め込んでやがったし」
「なっ……それは、あたしが新体操教室を開くためのお金で……」
「新体操教室って、こんな辺鄙な村でそんなもんに客が来るかよ!?てめえがやりてえだけだろ!!
結局てめえも、自分のやりたいことに金使いたいだけだろ!
あれを見つけた時あんなに体に教えてやったのに、まだ分からねえか!!」
そう、楓にも問題がない訳ではない。
楓は昔、新体操の期待の星としてチヤホヤされていたせいで、やたらとプライドが高く見栄を張りたがる。
そのため自分が先生として昔のようにほめてもらえる新体操教室に固執し、他にいくらでも働き口があるのにダサいとか地味だとか言って働かない。
そのくせ自分のための高価な服や化粧品は、夫の金で買って当然と思っている。
これは陽介の父でなくても怒るし、家計に実害を与える。
陽介はただ単純にもっと金があればと思っていたが、この夫婦は金に関してだけでもそれだけでは解決できない問題をお互い抱えていたのだ。




