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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
139/320

139.全て、崩れる

 ひな菊の罪を暴こうとしてさらに窮地に落ちてしまった陽介。

 彼が最後にすがれるのは、他でもない両親でした。


 しかし、陽介の禁忌破りによって親の立場も……もう、分かりますね。

 社員たちが、ガムテープで陽介の体を縛り上げる。

「うっ……ぐっ……畜生……!」

 陽介はもう反論することもできず、しゃくり上げながら涙と鼻水を垂らしていた。

 全ては己の不用心が招いたこと、しかし化け物に突き出されると分かっていて素直に受け入れられるはずもない。

 陽介は最後の望みをかけて、両親にすがる。

「ううっ……父ちゃん、母ちゃん、助けてくれよぉ!」

 利益でつながっていただけのひな菊や社員たちはともかく、両親はこれまでずっと一緒に生きてきた家族なのだ。

 自分たちの子を見捨てるわけが……

「うるせえ!!!」

 直後、耳が潰れるような大音量と共に、本当に鼓膜が破れるような衝撃が陽介を襲う。何が何だか分からないまま、吹っ飛ぶ陽介。

「ぶげっ!?」

 無様な悲鳴とともに床に打ち付けられ、なおも助けを求めて手を伸ばす。

 その手が、思いっきり踏みつけられた。

「ざっけんじゃねえよ!!」

 痛みとともに浴びせられる、乱暴な罵声。

 その出所を見上げた陽介は、愕然とした。


 自分の手を踏みつけていたのは、母の楓だった。はっと蹴られた方を見ると、そこには足を振りぬいた姿勢のままの父、猛。

 今陽介に暴力を振るって罵声を浴びせたのは、他ならぬ陽介の両親だった。

 どちらも、人をとって食おうとする悪鬼のような顔で陽介を見下ろしている。

「あ、嘘だ……」

 陽介はようやく、己の置かれた状況を理解した。

 もはや自分を育ててくれた両親ですら、自分の味方ではなかった。


 猛と楓は、とてつもない怒りを全身にみなぎらせていた。額に深い山脈を作って顔を赤くし、息は火を吹くように荒い。

「そんな……父ちゃん……母ちゃん……?」

 信じられない顔で見上げる陽介の手を、楓がひときわ強く踏みつける。

「黙れこのバカ!!」

「うぎゃあああ!!?」

 悲鳴を上げて転がる陽介に、楓は耳が壊れるような金切り声を上げる。

「何が助けてだこのアホが!助けてほしいのはこっちだよ!あんたのせいで、あたしらもこの村で暮らせねーだろ!!

 おまけに人が死んでんだぞ!?これであたしら、殺人鬼の親じゃねーか!!

 どうやって賠償払うんだ?いや賠償払ったって、もうあたしら一家は村八分確定だろ!生活できねーだろ!!」

 その声はとんでもなく聞き取りづらかったが、いつもそんな声で怒られている陽介には何とか分かった。

 分かった途端、陽介は息が止まりそうになった。

 そうだ、自分はあんなに厳重に守られていた禁忌を破り、その結果人が死んでしまった。

 となると、たとえ黄泉の罰を受けなくてもこの世の罰を受けねばならない。

 禁忌破りの犯人として村中から忌み嫌われ、後ろ指差され、そのうえこの災厄で死んでしまった人たちの賠償や慰謝料を負わされて……。

 しかし陽介は未成年であり、当然そんな金は払えない。

 すると、その請求はどこに行くかというと……何も知らずにただ日常を送っていただけの両親だ。

 それに気づくと、陽介の心を押し潰さんばかりの後悔が襲ってきた。

(そ、そんなぁ……俺はただ、家族みんなで幸せになりたくて……!

 バレさえしなけりゃ、みんなで金持ちになれるはずだったのに……!)

 そう、バレなければよかった。それしか考えていなかった。バレたら自分たち一家がどうなるかということを、陽介は考えたことがなかった。

 その結果、陽介は幸せにしたかった親に一方的にとんでもない罪を負わせてしまったのだ。


 しかし、そこで陽介は思い出す。

 自分がこの件で親にもたらした恩恵が全くなかったかと言えば、そうではない。父の猛は、今夜大金を稼ぐことができたではないか。

 陽介が禁忌を破り、死霊と戦うことになったおかげで。

 それに、陽介はちゃんとこんなひどい事になっても頼みを遂行したのだから、ひな菊は応えてくれるはずだ。約束したはずだ。

 その恩にすがるように、陽介は這いずって父の猛に手を伸ばす。

「ご、ごめんよ……父ちゃん……。

 でも、おかげで俺ら金持ちになれるんだよ!俺が死霊を呼び出したから、父ちゃんが死霊を倒してボーナスもらえるんだぜ。

 それに、課長にだってなれる!偉くなれるんだよ!!

 俺はこれだけやった、だから助けて父ちゃ……」

「ふざけんなゴラァ!!!」

 返ってきたのは、特大の怒りを詰め込んだ雷。

 次の瞬間、ゴチンと音がして陽介の目に火花が散る。猛が、力いっぱいの拳骨を陽介の頭に叩きつけたのだ。

 目を回してくたりと脱力する陽介に、猛は怒鳴り散らす。

「何が俺のおかげだ!!俺はてめえにやれって言った覚えも許した覚えもねえんだよ!!だってのに、人を勝手に巻き込みやがって!!

 それに、課長だあ?ありゃこういうからくりだったのか。

 けどなあ、それがてめえの勝手でも本当に取引があっても、今こんなになって本当になれると思ってんのか!?」

 猛は、血走った目で周りの社員たちを見まわした。

 これまで一緒に働いてきた、これからも一緒に働くはずだった、そして課長になれば上に立てたはずの社員たち。

 それが皆、嫌悪感丸出しの汚物を見るような目で猛を見ている。

 どう見ても、猛が課長になるのを歓迎してはいなかった。

 それを見ると、猛は悔しそうにぼやいた。

「見ろ、こいつらももう俺と一緒に仕事する気なんざねえ。

 それに、おまえさっき言っちまっただろ!これをやる代わりに課長にしてくれって頼んだってな!

 こんだけ周りに聞かれて、社長もお嬢も知らねえっつって、なれる訳ねえだろ!!」

 それを聞いて、陽介はしまったと思った。

 ひな菊が首謀者だと皆に知らせようとして、できるだけ詳しく言おうとしてそれも口に出してしまったが……あれは失敗だ。

 ひな菊が罪を認めなければ、当然そんな約束はなかったことにするしかない。現に、ひな菊と竜也はそう対応している。

 つまり、猛は課長になれない。

 他ならぬ陽介が、裏取引を表に出してしまったせいで。

 愕然とする陽介に、猛は吐き捨てるように言った。

「……ったく、こんなんじゃ、この村暮らしもこの会社に勤めるのもおしめえだ。こんな所じゃ、まともに生きていけねえ。

 つー訳で、ボーナスだけはもらってどっかで新しく人生を始めるぜ!

 もちろん、てめえはここに捨ててな!」

 その言葉に、陽介は呆然とした。

「は……ちょっと、待って……俺……捨て……?」


 しかし、そこで竜也が口を挟んだ。

「やめたまえ猛君、そんな生活のすべも持たない子供一人置いてどうする気だね?身勝手なことを言うんじゃない。

 そんな事は、私が許さん!」

 だが、これは陽介のことを考えての言葉ではなかった。

「だいたい、小学生のこの子がこの災厄の賠償を払える訳ないだろう!だから当然、それは親である君たちが払うんだ。

 君に払う給料とボーナスは、こちらで押さえておいてその賠償に充てよう。

 それから課長にはできないが、割のいい仕事の紹介くらいはしてやる」

 その瞬間、猛と陽介の悲鳴が重なった。


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