137.墓穴
助かろうとして自分が大罪人であると白状してしまった陽介。
こうなったらもう、助かりたい人は誰も助けてくれません。
しかしそれでも、陽介は助かりたくて……こうなったら、誰に矛先を向けるか、分かりますよね。
「え……!?」
陽介は、竜也に言われた意味が分からなかった。
何でここで自分が大罪人になるのか。自分は、高木亮が花を盗めた事情をしっかり詳しく説明してやったのに。
きょとんとする陽介に、竜也は淡々と言った。
「あのね、どうも村の人によると、咲夜ちゃんはいつもは鍵をかけてるそうだ。つまり村の人や咲夜ちゃんの友達が知ってるのは、そっちの情報なんだよ。
逆に鍵がかかってなかったことは、犯人と平坂神社にいてそれを聞いた人しか知らない。
ここで咲夜ちゃんの家の菊が盗まれた情報は共有されてるが、鍵をかけ忘れたって話は上がってなかったはずだ」
「あ……?」
陽介がその意味に気づく前に、竜也一刀両断する。
「つまり君は、犯人しか知らない情報を口にしてしまったんだよ」
次の瞬間、何本もの大人の手が陽介を床にたたきつけていた。
床に組み伏せられた陽介を見下ろし、竜也は内心ため息をつく。
(全く、素直に従ってくれればこんな事にはならなかったものを……なぜ頭の悪い者は自ら墓穴を掘るのか。
私としても、多少汚いことでもすぐやってくれる駒は切りたくなかったのだが、こうなってしまっては仕方ない。
恨むなら、自分を恨みたまえよ)
竜也の作戦は、陽介を助けるためでもあったのだが……自分からそれに反発してこうなるところまでは面倒を見きれない。
竜也は絶対死なせないと言ったのだから、信じないのは陽介の勝手だ。
そのうえ、こうなってしまったらもう助けることはできない。
(しかしまあ、隠すことが少なくなるのは良いことだ。これで大罪人が一人明らかになれば、皆の目をそらせる。
自分から助けの手を振り払ったのだから、せいぜい違う形で使わせてもらうとしよう)
竜也はすぐさま陽介を味方から外し、作戦を立て直した。
陽介が取り押さえられると、竜也はさっそく社員や村人たちにこう言った。
「誠に残念なことだが、これで陽介君が白菊を盗んで供えた犯人だということが分かった。野菊はこの子を狙っているとみて、間違いないだろう。
だから、他の男子はもういいぞ」
そう言ってやると、疑いが晴れた他の男子とその家族はホッとして輪の中から出て、囲む側に回る。
逆に、陽介の両親は真っ青になって目を白黒させている。
その二人に言い訳する暇を与えず、竜也は尋問を始めた。
「さて、この子は自分が犯人だと自白したも同然だが……念のため確認しておこう。
菊が盗まれた可能性が高い一昨日の夜間と昨日の夕方、陽介君はどこにいたかね?行先のわからない外出などは?」
陽介の母、楓はぐっと唇を噛みしめ……意外にもすぐ白状した。
「一昨日は、そちらのひな菊ちゃんのところにいたはずよ。帰ってきたのは、夜10時過ぎてからだったけど……それまでひな菊ちゃんのところだと思って。
昨日は、それこそひな菊ちゃんのお月見会があるって出て行ったきりよ。私は家から平坂神社に避難してたから、ここに来るまでのことは知らないわ」
「そうか、どうなんだひな菊?」
ひな菊は予想外のことにうろたえていたが、何とか答えた。
「一昨日は、確かに来てた。でもお風呂に入る前……8時くらいには帰ったはず。
昨日のお月見会には、だいぶ遅れて来てた。少なくとも、日が落ちてだいぶ経ってから」
「では、猛君は?」
竜也は今度は陽介の父、猛に質問する。
猛は慌てふためいて周りの社員たちをにらみつけていたが、竜也から鋭い視線を向けられると開き直ったように言った。
「一昨日のことなんざ知らん!家で飲んでたら、いつの間にか帰ってきてた!
今夜は……根津が死霊だって騒ぎ立てるまでは見てねえ!」
両親の話を聞いて、竜也はますます憂いを深くし、茫然としている陽介を見下ろして言った。
「アリバイなしか……これはもうほぼ確定だね、大罪人の陽介君」
陽介は、床に組み伏せられたまま口をパクパクしていた。何か言いたいのに何を言えばいいか分からず、おまけに何が起こっているか分からない。
(な、何でだ……俺、助かるはず……!)
何としても野菊から逃れたくて、他人に罪を押し付けたのに。そいつが犯人であると、より具体的な話も混ぜて力説したのに。
なのに、取り押さえられたのは、自分。
そして、竜也は言った。
「君は、犯人しか知らない情報を口にしてしまったんだよ」
具体的にどこがどう悪かったのか、陽介には今もって分からない。しかしどうやら、より具体的に説明しようとしたのが良くなかったらしい。
気が付けば、周りは怒りをたぎらせて陽介をにらみつけている。
助けてくれと両親の方を見ても、二人とも信じられない顔をしてうろたえている。竜也にアリバイを聞かれると、素直にないと答えてしまった。
親なのに、全然助けてくれない。
そのうえひな菊も、陽介に命令したことは知らぬフリをしている。
皆が、自分を切り捨てようとしている。
(な、何だよこれ!?おかしいだろ!!
俺はひな菊さんのために、やったんだぞ!竜也社長のためになることだと思って、危なかったけど頑張ったんだぞ!
それに、俺がこれをやったおかげで父ちゃんは課長になれるんだぞ!そしたら母ちゃんも楽できるんだぞ!
なのに、みんなのために頑張ったのに……何で助けてくれないんだよぉ!?)
陽介は、焦った。さっきよりずっと激しく、気が狂いそうなほど焦った。
みんなで助かって幸せになるために一生懸命考えたのに、どうしてこんな事になってしまったのか。
ごまかしきれれば皆いい思いができるのに、どうして自分に合わせてくれないんだ。
竜也に従わなかったのだって、竜也が自分を生贄にしようとしたからじゃないか。自分の身を守ってもっといいやり方を教えてやろうとしたのに、何が悪い。
陽介は理不尽に打ちのめされ、竜也を、ひな菊を恨む。
(畜生畜生、みんなひどすぎる!!
こうなったら、一人じゃ死なねえ!ひな菊さんにも責任取ってもらうぞぉ!!)
もはや逆恨みでしかない恨みに身を焦がし、陽介は飼い主に牙をむいた。




