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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
134/320

134.迫る嵐

 前半は野菊のちょっとした回想、後半は舞台が白川鉄鋼に移ります。


 さっきの神社での真実を告げる放送で、白川鉄鋼は大変なことになっていました。

 追い詰められた大罪人と平坂親子は、ここからどうするか……。

 赤い月を見上げながら、野菊は田舎道を歩いていく。

 月はもう中点を過ぎ、少しだけ西に傾き始めている。といっても、山の端まではまだまだ距離があるが。

(夜明けまで、あと二刻(四時間)とちょっとってとこかしら。

 思った以上に時間を食ったわね……)

 宗平には余裕と言ったが、野菊は内心少し焦っていた。

 これまでの経験からしてこれだけあれば大丈夫とは思うが、そういう経験が通じないのが時代の進歩というものだ。

 前回も、それを侮って銃で撃たれてしまい時間的にかなりギリギリだった。

 そのうえ、前回大罪人を討てたのは野菊の力だけではない。

(前の時は、私が気を失ってる間に司良木親子が敵の本陣に殴り込んでヤツらをだいぶ痛めつけといてくれたのよね。

 あいつらは、私より再生が速いから……倒しても何度でも起き上がるし。

 でも、今回はダメだった……逆に捕まって動けなくなってるし……)

 前回は、大罪人である間白家を攻めるのに司良木親子が役に立った。野菊が意識を取り戻して間白家に行った時、既に間白家の防備は半壊状態だった。

 おまけに野菊が姿を現すと、家人や下級軍人どもは恐れおののいた。あいつらには、頭を撃っても心臓を撃っても効かないと泣き喚いた。

 おそらく、司良木親子と戦ってそう思ったのだろう。

 ともかく、あの時は司良木親子に助けられた。

 野菊にしてみれば、司良木親子が餌のたくさんいる住宅地ではなく間白家に向かったのが意外だったが……さっきその理由が分かった。

(あの二人もきっと、人の意識を取り戻していたのよね……さっきの白菊みたいに。

 それならうなずける。だってあそこは……あの時間白家があった場所は、元は司良木家の屋敷があったもの。

 自分の家と土地を、取り戻そうとしたのよね)


 だから、今回司良木親子と喜久代の三人ともが同じ場所に向かったのも分かる。

 だって当時の司良木家で間白家でもあったあの土地には今……白川鉄鋼が建っているから。


(とはいえ、司良木親子が動けないのは痛いわね。それ以外の大罪人は大した戦力にならないし……。

 ま、向こうに銃がないだけでも救いかしら。

 あれさえなければ、たいていのものは神通力で何とかなるし)

 思考を過去から現在へ戻し、野菊は戦況を分析しつつ考える。

 さっきは田吾作の猟銃に撃たれて不覚を取ったが、黄泉から見ている限り、この時代銃は一般社会に広くあるものではない。

 軍や警察なら持っているだろうが、そういう者は白川鉄鋼にいない。

 今村の中で唯一猟銃を使える田吾作は、おそらくさっきの放送を聞いてこちらを撃つのをやめるだろう。

 敵に、銃はない。

 これだけで、大罪人を討つのは前よりだいぶ簡単になるだろう。

「ふふふ、前は驚かされたけど……平和になるっていいわね。

 敵が武器を手放さざるを得なくなるんだから」

 とても戦力になりそうにない白菊姫と手をつないで、野菊は一路白川鉄鋼に向かう。

 赤く照らされた村の中で、白川鉄鋼の工場は大きな城のようにそびえ立っていた。中にどれだけ人がいるのか、多くの窓に明かりが灯っている。

「さて、私が行ったらどんな反応をするのか……見ものね」

 さっきの放送を聞いて今中でどんな騒ぎが起こっているか、それを考えると野菊はぞくぞくするような暗い喜びを覚える。

 人と人の争いを好む、黄泉の神々の意識が入り込んできているからか。

 それに、野菊にとっても白川鉄鋼の内部で割れてくれた方が都合がいい。

 もしさっきの放送を聞いた社員たちがひな菊の身柄を拘束し差し出してくれば、犠牲は最小限で済むのだから。

 それから平坂親子も差し出してくれたら、なおいい。

(今のところ、白川鉄鋼からは誰も逃げ出していない。

 人間に吊し上げられるにしろ私が攻めるにしろ、このまままとめてやられてくれたら一番いいのだけど……)

 どうかそうであってくれと願いながら、野菊は白川鉄鋼に迫った。


 野菊の思った通り、森川の放送を聞いた白川鉄鋼内部はパニックになっていた。

「お、おいっ神社で死霊が襲ってきたの、清美さんのせいだって……つーか、咲夜ちゃんたちは大罪人じゃなかったって……!」

「じゃあ誰が大罪人なんだよ!?」

「え……野菊が大量の死霊を率いてここに向かってる?

 大罪人、こっちにいやがるのか!?」

 大罪人のいない安全な建物にいると思っていた白川鉄鋼側の者たちにとって、この放送は寝耳に水だ。

 もうすぐここに大量の死霊がなだれ込み、戦いになる。そのうえ、人知の及ばぬ力を使うという野菊がここにやって来る。

 ここにいれば、巻き込まれて死ぬかもしれない。

 さらに、人々の疑惑を煽るのは大罪人の存在。

「ここに大罪人がいるから……野菊は攻めてくるんだよな?だったら、その大罪人を放り出せば俺たちは助かるのか?」

 社員たちは、すぐに平坂神社の時の村人たちと同じ考えに至った。

 そして、犯人探しが始まる。

「おい、誰か何か知らないか!?白菊塚に供えられた菊の出所とか!?」

「そう言や、神社で咲夜ちゃんが花を盗まれたとか言ってたぞ。きっとその花を盗んで供えた奴が大罪人だ!」

「一昨日の夜か昨日の夕方、どこにいたか分からん奴を調べろ!

 あっそこのおまえ、夕方いなかったのは本当に買い出しだけか!?」

 あっという間に、社員たちの間で言い争いが始まる。お互いを大罪人ではないかと疑い、かまをかけて白状させようとする。

 その状況に恐れをなして、逃げようとする者も出たが……。

「こ、こんな所にいられるか!俺は逃げ……」

「待て、どこ行く気だ!?」

「さては、自分だけ平坂神社に行く気か!おめえが大罪人じゃねえだろうな!?」

 逃げるという行為そのものが怪しまれて、他の社員に阻まれてしまう。社員たちは一気に、逃げることすらできない地獄に落とされてしまった。


 そして、その大罪人を匿う社長室も、負けず劣らず衝撃を受けていた。

「あああ……くそっ野菊め!!人間を助けて味方につけるなんて、死霊のくせに人間みたいなことするんじゃないわよぉ!!

 しかも……野菊本人が結界を張れる?聞いてない!!

 これじゃ、生き延びたってどのみち私たちは……!」

 清美は、目を血走らせて頭をかきむしって悶えていた。

 さっきの放送で、清美が決定的に悪いということが村中に知らされてしまった。そのうえ、死霊が出ても野菊本人が安全地帯を作れることも。

 これでは、生き延びてももう村にはいらないと放り出されてしまうかもしれない。

 その状況に、聖子は目を白黒させて清美とひな菊を交互に見ている。

「結界張らなかったの、お母さんだよね……私はまだ子供だし。お母さんを突きだして泣いて謝れば、私だけはやり直せるかも……。

 そうだ、一緒にひな菊と陽介も突きだせば、その手柄でチャラに……!」

 やはり清美の娘だけあって、なりふり構わず自分だけが生き残る策を懸命に考えている。

 聖子に獲物を見るような目で見られて、ひな菊は本日何度目かの恐慌を起こして泣き叫ぶ。

「嫌あああ!!死にたくない死霊になんかなりたくない!!

 聖子助けてよ!これまでどんだけ恵んでやったと思ってんの!?」

「おい聖子ぉ、何ひな菊さん泣かしてんだてめえ!!」

 陽介は例によって、拳で解決してやろうと牙をむく。このままでは、野菊が来る前に怪我人が出そうな勢いだ。

 竜也は、そんな一同を雷のような声で一喝した。

「黙れ、今はそんな場合じゃないだろう!!」

 びくりと震えて静かになった一同に、竜也は眉間に青筋を立てて言う。

「まだ負けが決まった訳ではない、なのに今内から崩れてどうする!!

 大丈夫だ、我々全員が力を合わせればまだやりようはある。ここからは皆の前に出て、私の指示に従ってもらうぞ!」

 その言葉に、一同は何とか落ち着こうとし始めた。

 その隙に、竜也は棚の一番下の引き出しを開け、そこにあった小さな金庫を開ける。

「ひな菊……必ず守ってやるからな!」

 中には、黒光りする一丁の拳銃が入っていた。

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