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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
131/320

131.全てを守った侍

 江戸時代、ラストです。

 野菊の本心を解放し未来を開いた宗吾郎ですが、まだやるべきことが残っていました。

 話し合いのためとはいえ禁忌を破ってしまった宗吾郎は、どのような結末を辿ったのか……いや、自分で選び取ったのか。


 白菊姫とは対照的な、THE・サムライです。

 それからしばらく、野菊は感極まって泣いていた。

 そんな野菊に、宗吾郎は優しく語りかける。

「よしよし、大丈夫じゃ……あなたと白菊姫の大事な菊は、これから村でたっぷり育てて差し上げます。それで村のモンの心も懐も豊かにしますぞ。

 そうしたら、みんな幸せじゃ」

「はい……ありがとうございます。

 毎年、黄泉で楽しみにしております」

 野菊と村人たちは、これから菊を憎まず大切にすると約束を交わした。そして同時に、この悲劇を忘れないことも。

「菊は美しく人の心を癒す……でもそれにばかりのめり込んでもっと大事なものをないがしろにしたら、人の暮らしを壊し結局花が憎まれてしまう。

 それではだめだわ。

 だから菊も大事だけど、一番はみんなが生きられること。これだけは忘れないで」

「そうじゃ、これからいくら菊に恩を受けようと、白菊姫のことを忘れてはならん。

 むしろ、菊と共にこの悲劇を忘れぬよう語り継ぐんじゃ。菊を見るたび白菊姫を思い出し、自らを戒めるようにしよう」

 野菊と宗吾郎は話し合い、今後のことを決めていく。

 村人たちは、それを一言半句も聞き逃すまいと耳をそばだてていた。

 飢饉より前は、確かに村の癒しとなっていた菊。藩の重臣たちにも愛され、村と外をつないでいた菊。

 しかし愛し方を誤った白菊姫により、村中から恨まれてしまった菊。

 人の扱いにより運命を翻弄されたこの罪なき花こそ、語り部にふさわしい。

 それから、野菊は宗吾郎の息子にも語りかけた。

「白菊姫は確かに愚かで、たくさんの人の命を奪ってしまった。だけどそれだけでこの子の全てを悪とするのは酷だと思うの。

 この子は確かに、普段の年は村を美しい花で満たし、いい株を次々に生み出した。

 だかこれから先、村が菊で豊かになったら、白菊姫がその開祖だってきちんと語り継いであげて。決して、何の価値もない悪女じゃなかったって」

「……承知した」

 宗吾郎の息子は、気まずそうにうなずいた。


 一通り話が終わると、野菊はとてもすっきりした気分で一息ついた。

 こんなに自由に自分の気持ちを言えたことは、なかった。思うままを伝えられることがこんなに幸せだと、初めて知った。

 村人たちだって、そう。自分たちの恩人である野菊の本心を聞けて、これで心置きなく未来に踏み出せる。

 どれもこれも、宗吾郎のおかげ。

 野菊の心は澄み渡り、希望と感謝が満天の星のように輝いていた。


 しかし、今村を照らすのは、呪われた赤い月。

 赤い光が村中を赤く染めるように、禍々しく野菊の心に入り込んでくるものがある。


「ううっ……!!」

 野菊は、突然苦し気に顔を歪めて呻いた。一瞬自分のものではなくなりかけた体を、必死で押さえつける。

 心の中に勢いよく湧き上がる殺意を、体ごと抱きしめて抑える。

「宗吾郎様……早く、結界の中に……!

 黄泉が、あなたを罰せよと……」

 野菊は、宗吾郎に逃げろと促す。


 宗吾郎は今宵、確かに禁忌を破って黄泉の存在を地上に呼び出した。

 黄泉とこの世の秩序から見れば、それは間違いなく大罪。ゆえに黄泉の神々は、手駒である野菊に命じる。

 この罪深き男を殺し、呪えと。


 黄泉の声は、黄泉と強くつながっている野菊の心を残酷な殺意に染めていく。

 もちろん野菊は、言う通りにする気なんかない。村を害する悪党ならいざ知らず、宗吾郎は自分と村の恩人なのだから。

 かといって、いつまでも意志で抗っていられるものでもない。

 それでも、宗吾郎に助かる道はある。すぐそこにある平坂神社の結界に入れば、自分は手出しできないからだ。

 そうすれば宗吾郎は助かり、村をこれまで通り治めてくれる……野菊はそう思った。


 しかし、宗吾郎は逃げなかった。

「結構です、黄泉の言う通りに罰するが良いでしょう」

 そう言って、野菊の前にどっかりと腰を下ろした。

「わしが禁忌を破って罪を犯したのは事実。そんな者が結界を使ってのうのうと生き延びた事実が残ったら、どうなりましょうや?

 この呪いとあなたへの畏怖は薄れ、逆に悪党がこの呪いを使って自分は生き残りながら村を脅すのに使いかねませんぞ。

 そうならぬために、わしがここで生き残ってはならんのです」

 宗吾郎はそこまで考えて、既に覚悟を決めていた。

 罪には罰を、それを乱してはならない。禁忌を破った者が生き残った先例を、ここで作る訳にはいかない。

 それをやると、罰せられるべき本当の悪党がそれを参考に逃げてしまう。村を守る呪いの、意味がなくなってしまう。

 だが、野菊にとってそれはとてつもなく辛いことだった。

「そんな……こんなに村を思い、私の気持ちを汲んでくださったあなたを手にかけろと……?そんな事、できません!

 私が手にかければ、あなたにも永遠の呪いがかかってしまいます!この白菊と同じように、死霊としていつまでもさまようことに……」

 それを聞くと、宗吾郎は少し考えて言った。

「ふむ、そうですか……それでは別の意味で村に未練が残りそうですな。

 では……あなたが手にかけねばいいのですな」

 宗吾郎はそう言って、おもむろに着物をはだけ、上半身を露わにした。そして、小刀を自らに向けて構える。

 村人たちが息を飲んで見守る中、宗吾郎は黄泉まで届くように声を張り上げた。

「我、平泉宗吾郎、この命をもっと黄泉の罪を贖い、村の繁栄の礎とならん!!」

 その言葉が終わると同時に、白銀の刃を自らの腹に刺し、一文字に引いた。じわりと赤黒い血があふれ、宗吾郎の体はゆっくりと倒れ伏す。

 野菊も村人たちも涙し、決してその遺言を違えぬと誓った。

 豊かな村と美しい花と巫女の心……全てを守った侍の、潔い最期だった。

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