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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
129/320

129.言えない

 江戸時代、野菊と宗吾郎の本命の話し合い。

 宗吾郎が投げかけた質問に野菊は……。そしてその反応を見た村人たちは……。


 村のためになるはずの宗吾郎に妙によそよそしい野菊ですが、なぜ大事なことを言えないのでしょうか。

 野菊の本当の気持ちは……現代パートに答えがあります。

 その質問を受けた途端、野菊の顔がこわばった。野菊は引きつった顔で、必死に冷静を装うように答える。

「……現世の村のことは、もう私の手を離れたわ。だから、私が意見する意味はない。

 強いて言えば……そうね、村の人たちが豊かに幸せに暮らすことが私の望みよ。だから、村の人たちのしたいようにすればいいわ」

 それは、回答のようで回答になっていなかった。

 結局、野菊は自分の意見を言っていない。今の自分の立場を理由に、判断を村人たちに丸投げして逃げただけだ。

 宗吾郎はそれに気づき、さらに踏み込む。

「それでは話になりませぬな。

 村の者たちは、他ならぬあなたの考えを聞きたがっておるのです。あなたを畏れ、子々孫々に及んであなたを尊重する気でいるのです。

 なのに、あなたが何も答えずしてどうしろというのか!!」

 このままでは、何もはっきりしない。

 村人は野菊を畏れてその意向の通りにしようとする。野菊は村人のしたいようにしろと言う。堂々巡りでどこまで行っても答えがない。

 それでも唇を引き結んだままの野菊に、宗吾郎は言い放つ。

「あなたも村人も何も決められぬなら、わしが決めても良いのですな?

 わしとてもう十年近くこの村を治めてきた、村の人間じゃ。

 わしが菊を村中で育てると言ったら、あなたはそれをよしとするのですな!?」

「っ……それは……!」

 野菊は、答えに詰まった。

 だが、宗吾郎は別に間違ったことを言っていない。野菊が自分の意見を言わず村人に任せるということは、そういうことだ。

 野菊も元からの村人も意見がないなら、宗吾郎の意見が唯一の方針となる。

「あ、えっと……それは……それで村の人たちは、納得するの……?」

 なおも自分の意見を出せないまま戸惑ううち、野菊は宗吾郎の背後の異変に気づいた。

「あ、ち……父上……!」

 息子のか細い声に気づいて、宗吾郎ははっと後ろを振り向いた。村人たちが、宗吾郎の妻と息子に刃を突きつけていた。


「な、何をするおまえたち!?」

 驚き戸惑う宗吾郎に、村人たちは怒鳴りつけた。

「おめえこそ、いい気になってんじゃねえ!」

「そうだ、野菊様をそんなに苦しめて何が楽しいだ!野菊様の顔を見ろ、どう見ても嫌がっとるでねえか!!

 今まではいい人だと思っとったが、もう我慢ならねえ!

 それ以上言うと、こいつらの首を狩って村中の菊と一緒に燃やしちまうぞ!!」

 その光景に、野菊は目を見開いて激しくうろたえた。

 そんな野菊に、村人たちは優しく声をかける。

「申し訳まりません、こんな不届き者を村にのさばらせちまって……こいつのせいで、あなた様にそんな顔をさせちまって……」

「分かっとります。菊を見るだけでお辛いんでしょう。

 大丈夫です、俺たちはもう惑わされません。野菊様をこんなにも苦しめる呪われた花と、あのクソ姫の親類なんぞには。

 これから村には、菊も菊を愛でる奴も生かしときませんで」

「村を救ってくださった、あなた様のお気持ちは裏切りません!」

 そう言う村人たちの目にも、涙が浮かんでいた。

 村人たちだって、ここまであんなに世話になった宗吾郎たちにこんなことをするのは辛い。

しかし、村を救った野菊を裏切るのはもっと辛い。

 村のために命すら投げ捨てた野菊を裏切るくらいなら、宗吾郎への恩と菊の儲けを捨てた方がマシだ。

 村人たちは、今もそれほど野菊を慕っているのだ。

「え、ま、待っ……そんな、私は……でも……!」

 慌てふためきながらも何も言えない野菊の前で、宗吾郎が歯を噛みしめて膝をついた。

「さすがに、あなたには敵いませんな……。

 しかしわしも、あなたを苦しめるつもりはございませんでした。これがあなたの思い通りなら、潔く受け入れましょう。

 さあ、一思いに御手討ちになってください」

 宗吾郎はそう言って、野菊に首を差し出した。


 野菊は、どうしていいか分からなかった。

(違う、こんなのは違う……!

 私が望んでいるのは……でもっ……!)

 宗吾郎の問いに対する答えは、野菊の中ではもうとっくに出ている。しかし、どうしても言葉にすることができない。

 村人たちはこんなに自分を慕っている。

 白菊姫をこんなに憎んでいる。

 自分の使命は村を守ること。村の人たちの心を安寧に保つこと。自分はそのために行動すべきなのに……。

 宗吾郎はとてもいい人、村のこれからのためになる人。黄泉から死霊を通して見ていて、とても心が温まった。

 なのに、自分が言えないせいでこんな……。

 それでも、村人たちの気持ちを裏切る訳には……。


 黙ったまま動けない野菊を見て、村人たちはさらに激しいことを言い出す。

「おい、野菊様が動かないぞ」

「きっと、あの野郎の命だけじゃ足りねえんだ……よし、このアバズレとバカ息子も放り出せ!

 あの野郎がしっかり苦しんで野菊様が納得できるように、満に一つも逃げれんように手足を切ってな!」

 村人たちの恨みと刃を向けられ命すら危うくなって、宗吾郎の息子も鬼のような顔になって恨み言を吐き始める。

「くっそぉ……父上は村を豊かにしようとしたのに、何でこんな!!

 どれもこれも、てめえのせいだぞ白菊ぅ!!」

 野菊の隣で佇む白菊姫に、息子は吠える。

「てめえが野菊と村を裏切ったせいで、何もかもダメになった!父上の村を思う気持ちも、母上の覚悟も、何もかも!!

 このクソ姫、バカ姫、無価値女!!見た目だけの呪い人形め!!

 地獄で永久に呪ってやるぞおおぉ!!!」

 白菊姫にまで飛び火したあまりの罵倒に、野菊は目を張り裂けそうに開いて口をパクパクさせた。

「さあ、やっちまえー!!」

 ついに、村人たちが宗吾郎の妻子に刃を振り上げた。


 しかしそこで、よく通る制止の声がかかった。

「やめんか!!」

 声を上げたのは、野菊の父親である平坂神社の神主だった。さすがにこれを無視することはできず、村人たちは刃を下げて黙る。

「お父様……!」

 野菊は、父を見てすがるような声を上げた。

 神主はそんな野菊の前に歩み出て、そっと骨の浮き出た頬に指を添えた。その頬には、血のような涙が幾筋も流れていた。

 神主は野菊の目をしっかりと見つめて、優しく、力強く言う。

「野菊や、言いたいことがあるならしっかり自分で言ってごらん。

 おまえが何も言わないから、みんなおまえの気持ちが分からなくて、勝手に想像してこんなひどい事になってしまった。

 みんなおまえを尊重するって言ってるんだから、思う通りに言っていいんだよ」

 すると、野菊は苦しそうに目を伏せた。

「でも……私はみんなのために……村のみんなの気持ちが……」

「うん、おまえはいつもそうやって村のために尽くす子だったね。真面目で我慢強くて、私情を出さない子だった。

 ……そこまで厳しく育ててしまったこと、今は少し後悔してるよ」

 神主は、子を許し包み込む父の顔をしていた。

「でも、もういいんだよ。

 おまえは村のために十分すぎることをしてくれた。だからもう、我慢しなくていい。今度は、こっちがおまえのわがままを聞く番だよ。

 おまえの好きなもの、守りたいもの、素直な気持ち……聞かせてくれるかい?」


 その言葉は、乾いた田んぼのように固まっていた野菊の心にしみわたった。

 これまで言えなかったことが、口からこぼれ出る。

「わ、私は……私は、菊が……好き……」

 一度こぼれた言葉は堰を切った水のように、勢いよく噴出する。

「私……菊が好き……花いっぱいの村、みんなの笑顔、白菊の笑顔……全部全部大好き!みんなみんな守りたかった!!

 でも、でもみんな菊と白菊のこと嫌いに……私、村のために……うわあああーん!!!」

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