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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
128/320

128.退かぬ

 引き続き江戸時代。

 死霊を呼び出した宗吾郎は、ついに野菊と対面し言葉を交わします。


 しかし宗吾郎の熱意とは逆に、野菊はつれなくて……野菊のよそよそしい態度の裏には、何があるのでしょうか。

 平坂神社に着くと、宗吾郎たちは結界の中に入って様子を伺った。

 死霊の群れはぞろぞろと宗吾郎たちを追ってきたが、結界より先へは進めず立ち止まって唸るばかりであった。

 それを見て、宗吾郎と村人たちは一安心する。

「……どうやら、結界の話は本当のようじゃな。

 これならもし誰かが禁忌を破って死霊を呼び出したとしても、神社の結界がある限り村は滅びぬであろう」

 これで、安全装置がきちんと働くことは分かった。

 あと、やることは一つ。

 宗吾郎は、今一度妻と息子を抱きしめた。

「お父上……!」

 宗吾郎の息子はもうとっくに成人しているが、それでも幼子のように宗吾郎にすがりついて訴えてきた。

「せっかく安全だと分かったのですから、お父上がここから出ることはございません。

 野菊と話をするならば、結界ごしにもできましょう。そうすれば、お父上の命は安泰でございます!」

 涙を浮かべてそう言う息子を、宗吾郎は厳しく諭した。

「そうすることもできようが、それではだめなのだ。

 わしは、この村の菊について野菊と腹を割って話したいと思っておる。それなのに、こちらが殻にこもっていてどうして本音で語れようか。

 それに、わしは村のためとはいえ禁忌を破ったのに変わりはない。

 のちの戒めとするため、その罰はきちんと受けねばならぬ」

 そこで、宗吾郎は周りで蠢く死霊たちに視線を移した。

「その心構えを忘れれば、わしらもあの娘と同じになってしまう」

 その視線の先を見て、息子ははっと息を飲んだ。そこにいるのは、無残な姿になった美しい女……黒地に大輪の白菊をあしらった着物に、かつて親類の集まりで心をときめかせた美貌の面影。

「白菊殿……!!」

「そういうことじゃ。

 ゆめゆめ、あのようになるでないぞ」

 後を託す息子にそう言い残して、宗吾郎は結界の方に足を進めた。


「野菊様、そちらにおられるか!」

 宗吾郎は、結界の前に陣取る死んだ人垣に向かって声を張り上げる。すると、死霊たちの動きに変化があった。

 まるで何かに操られるように、ざわざわと両側に寄って中央に道を作る。

 その道の奥から、返答があった。

「私は、ここにいるわ」

 そこだけ黄泉に変わったように立ち並ぶ死霊の奥から、しずしずと歩み出てくる者があった。黄ばんだ衣に赤いはかま、頭には金箔のはげ落ちた冠。

 宗吾郎は結界から踏み出し、平伏した。

「野菊様とお見受け申します。

 まずは、私事でお呼び立てした事、お詫び申し上げます」

「ええ、もちろん簡単に許されることじゃないわ。

 それでも分かっててやるなんて、剛胆なのね」

 野菊の厳しい言葉とは裏腹に、死霊たちは襲い掛かってこなかった。餌を前にお預けをくらった犬のように、涎を垂らしながらもじっとしている。

 そこで宗吾郎は、話を聞き出しにかかった。

「この死霊たちは、人に見境なく襲い掛かる訳ではないのですか?

 てっきり、出た途端に食いつくされるのかと」

 すると、野菊は嫌悪感を露わにして首を横に振った。

「冗談じゃないわ!彼らも元はここの人間なのに、同朋や家族に食らいつくなんて……そんな事をさせる訳がない。

 私が率いている限り、そんなひどい事はさせない。

 この死霊たちの爪と牙は、村を脅かす罪人のためだけにある!」

 それを聞くと、見ていた村人たちから感嘆の息が漏れた。

 村人たちも内心、恐れていたのだ……黄泉の将となった野菊が自分たちをも祟る存在になったのではと。

 だが、これでその不安は解消された。

「聞いたか者共、野菊様は今もこの村の味方じゃ!安心せよ!」

 村人たちにそう呼びかけながら、宗吾郎はひとまず額の汗を拭った。


 そんな宗吾郎を前に、野菊は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。そして、手でしっしと追い払うしぐさをして声をかける。

「とても優しくて、勇気があるのね……これを確かめるためだけに私を呼ぶなんて。

 それで、もう用は済んだの?だったら早く結界の中にお入りなさい。私はあなたみたいな人を殺したくないけど……禁忌を破ったから、黄泉が殺せってうるさいのよ」

 野菊は、宗吾郎の禁忌破りを責めず助けようとした。この寛大な処置に、村人たちもホッと胸を撫で下ろした。


 しかし、宗吾郎は動かなかった。

 二本の足でしっかりと大地を踏みしめ、野菊を正面から見つめて言い放つ。

「これはこれは、野菊様ともあろうお方が、妙なことをおっしゃる。

 これだけで用が済んだのかですと?そのような事は、死霊を通して地上を見ておれば分かることでしょうに」

 その言い方に、野菊の顔が歪んだ。

「そちらこそ、分かっているの?

 これ以上外にいては命が危ないと、私は言っているのだけど」

 野菊の持つ宝剣の刃に、禍々しい炎が揺らめく。

 それでも、宗吾郎は一歩も退かなかった。

「ハッハッハ、呪われて黄泉に落ちる覚悟ならとうにできております!そちらとしても、禁忌を破った者をみすみす逃しては都合が悪いでしょう。

 わしの命は差し上げます。しかしその代わり、わしの問いに本音で答えていただきますぞ。

 わしの問いたいこと、知らぬというならここでこの口で問うまでのこと!」

 命すら惜しまず堂々とした態度に、野菊は焦る。

「無茶は止めて……あなたはまだ、この村に必要な……!」

「ほほう、聞かれるのが怖いのですか?」

 野菊が命を守って退くよう促しても、宗吾郎は頑として動かない。その目、表情、体中から、村のために退かぬ覚悟があふれていた。

 動揺する黄泉の将を前に、宗吾郎は単刀直入に問うた。

「聞きたいことは一つ……あなたは菊を憎む今の村を見てどう思われる?

 この村から菊をなくすべきや否や、返答はいかに!!」

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