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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
125/320

125.大好きな菊

 ようやく白菊姫が目覚め、戦いに赴こうとする野菊に、大樹はずっと気になっていた疑問をぶつけます。


 菊によってあれほど被害をこうむりながら、今菊を主な産業としている村。

 そして、白菊姫を想い咲夜を守ろうとする野菊。

 村が菊を受け入れたのには、どんな流れがあったのでしょうか。

 白菊姫が目を覚ますと、野菊はその手を引いて立ち上がった。

「長いことお邪魔して悪かったわね。

 でも、もうそろそろ行かなきゃ。白菊と一緒に、今回私たちを呼び出した大罪人を討ちに行かないと」

 野菊には使命があり、白菊姫もこれからそのために尖兵として戦う。

 二人は、これからも一緒だ。

 死んでなお安らかに休むことを許されず、黄泉に命じられるままに朽ちかけた体を動かし何度も傷つけられて再生して……。

 それは、壮絶な道だ。

 しかしたとえ先の道がそうであろうとも、野菊の心には温かい希望が灯っていた。

「ありがとう……あなたたちに会えて話せて、良かったわ

 そう言う野菊の顔は、どこか晴れやかだった。

「黄泉から見ていて、とても不安で胸が痛かったの。

 何の罪もない美しい花を咲かせている子が、ちょっとしたすれ違いからどんどん自信を失って自棄になっていくのが。

 村人たちが争いに巻き込まれて、そのうっぷんが菊に向くのが。

 でも、今こうしてきちんと話せて、誤解を解くことができた」

 野菊は近くに咲いていた白菊を一本手折り、白菊姫の頭に挿した。

 きちんと全ての花弁がまっすぐ伸びてきれいな円に開いた、ひときわ大きくて見事な一輪。

 白菊姫は心を失っていて何も言わなかったが、それだけで腐りかけの顔に残っていた美貌が輝きを増した気がした。

 そんな白菊姫に寄り添う野菊は、まさしく親友の顔をしている。

「あの……憎くないんですか?白菊姫のことも、菊のことも」

 ためらいがちに尋ねた咲夜に、野菊は切ない顔で答えた。

「大好きよ……この子も、菊のことも。

 もちろん村を滅ぼされそうになった時は、それはもう憎んだわ。何でこんなひどい事するの、何で分かってくれないのって。

 でも、私とあの時の村の復讐はもう終わった。

 菊の花には……元々憎む理由なんてないでしょ」

 野菊はそう言って菊の花を撫で、その手を白菊姫の頬に滑らせた。


「……じゃあ、今村で菊が育てられてるのも、野菊様の意志なんですか?」

 今度は、大樹が問う。

 野菊が菊を憎んでいないのは分かった。しかし、村人たちはどうだろうか。当時、菊によって飢餓のどん底に突き落とされた村人たちは。

 いくら花が美しくても売れても、その辛さを忘れて育てようと思うものか。

 もし自分がそんな目に遭ったら、とてもそうはできないと思う。花を見るたび苦しみを思い出し、見るのも嫌になって根こそぎにしてしまうだろう。

 だが、村を救った野菊が守るよう言ったならば……。

「結果としてはそうだけど、守ってくれたのは私じゃない」

 大樹の予想を、野菊はやんわりと否定した。

「なら、一体誰が……」

 戸惑う大樹の前で、野菊はにわかに宗平の方を向いた。

「忘れもしないわ……私と白菊の大切な菊を守ってくれた、あの人のことは。

 もちろんあの人はもう死んでしまって、この世にはいない。でもあの人の面影は、今もはっきりと思い出せる。

 あなたの姓は泉で合ってるわね?」

「はい」

 宗平もまた、野菊をまっすぐに見つめていた。いきなりよく分からないことを言われたというのに、宗平に驚く様子はなかった。

 むしろずっと前から、そのことを知っていたように。


「平泉宗吾郎」

 唐突に、野菊が聞いたことのない人物の名を呟いた。ごくりと唾を飲む咲夜たちの前で、野菊は続ける。

「この村の菊と、私の心を守ってくれた人よ。

 そして、あなたに血筋をつなげた人」

 野菊はそう言って、咲夜に優しく微笑みかけた。


 白菊姫による飢饉で壊滅しかけた村にも、復興の時は訪れた。

 領主であった白菊姫の一家が全員死んで途絶えてしまったため、村には新しい領主が任命されてやって来た。

 白菊姫の遠い親戚に当たる、平泉宗吾郎である。

 宗吾郎は、白菊姫と違って思慮深く良識のある人間だった。

 村に到着してその惨状を目の当たりにし、人々の怨嗟の声を聴くと、それに胸を痛めて村人たちに深く詫びた。

 そして自らの財産をはたくだけでなく借金までして、村の復興に尽力した。

 白菊姫のやったことを紛れもない悪と認め、野菊や村人たちを恨まなかった。

 そのため、村人たちはすんなりと宗吾郎を新しい主と認め受け入れた。この男とならうまくやっていけると、心を開いてくれた。


 しかし、それでも打ち解けない部分はあった。

 白菊姫が残し、村中にはびこっている菊のことである。

 白菊姫がいなくなっても、村の各所に植えられた菊は生きて何度も花を咲かせていた。菊は、誰が世話をしなくても生きていけるのだから。

 だが、村人たちは当然それをよく思わなかった。

 自分たちが生きるための水と肥を吸い上げて、何の役にも立たない花ばかり咲かせていた菊。こいつのせいで自分の家族や大切な人たちが死んだと思うと、居ても立ってもいられなかった。

 村人たちは、菊を目の敵にして見つけ次第引っこ抜いた。

 それでも菊も簡単に滅んだりしない。地中に根茎が残っているとすぐに芽を出し、また新しい根茎を伸ばす。抜いたものを畑の肥料として埋めても、乾燥しきっていないところに雨が降ったりするとまたそこから生えてくる。

 村人たちは、農閑期でも菊との戦いにへとへとになっていた。

 もはや何の害もなさない菊を憎み、せっかく白菊姫が作り上げた美しい花の子孫たちを消し去ろうと躍起になっていた。

 そのどうしようもなく不毛な状況をどうにかするためにその身を投げうったのが、平泉宗吾郎であった。

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