124.残酷な定め
野菊にいろいろ教えてもらって、今度は咲夜たちが教える番です。
さっき咲夜たちと白菊姫に何があったか……そこには、野菊のあずかり知らぬことが含まれていました。野菊は死霊について誰よりも詳しいはずですが、それでも知らないことはあるもの。
それが、一番近くに置いていた親友のことであっても。
野菊の話が終わった時、突然白菊姫の体がビクリと動いた。
「あら、もうすぐお目覚めみたいね」
白菊姫の頭の傷が、治りつつあるのだろう。再生が終われば、白菊姫はまた起き上がって飢えに苛まれながら歩くことになる。
さっき咲夜たちが教えたことも、思い出せずに……。
「あーあ、今ならもうちょっと菊の話をしてあげられるのにな。
もう一回、しゃべってくれないかな」
咲夜は、悲しそうに呟いた。
さっき白菊姫は、一時的に会話ができる理性を取り戻していた。しかし咲夜の方が自棄になって冷静さを失っていたため、責めることしかしなかった。
「もう一回話せたら……これからもきれいな花を咲かせるって言ってあげられるのに」
そうしたら、白菊姫の永遠に囚われた心も少しは軽くなるかもしれない。それ自体に罪のない花は、きちんと受け継がれていると安心させてあげられたら……。
その言葉に、一番驚いたのは野菊だった。
「しゃべった……この子と、話せたの!?
いつ、どうやって!!」
目を白黒させ、思わず立ち上がりかけて食い入るように咲夜たちの方に身を乗り出す。その驚きように、逆に咲夜たちがびっくりするほどだ。
「え……あれ、話したこと、なかったんですか?」
咲夜はあっけにとられながらも、逆に尋ねた。
だって、野菊は誰よりも死霊のことを知っているはずではないか。しかも、現世に呼び出されている間かなりの時間を白菊姫と一緒に過ごしているのに……。
野菊は、慌てて首を横に振った。
「ないわ……白菊がこうなってから、話せたことなんて一度も!
ずっと、話したいと思って……もうそれも叶わない夢だと思っていたのに……」
どうやら、野菊は本当に話したことがないらしい。それどころか、白菊姫がそういう状態になれることすら知らなかった。
ふしぎに思いながらも、咲夜たちは野菊に話すことにした。
さっき白菊姫と話したこと……理性を取り戻した白菊姫のことを。
「……という訳なの」
咲夜たちは、野菊と親に白菊姫とのやりとりを話した。
白菊姫は人を食べにではなく、頭に刺さっていた菊の在処を求めてここに来たこと。攻撃されても、菊の花を守ろうとしたこと。
咲夜がこの菊を育てたと知ると、喜んで交友を図ろうとした。そしてハウスの中の菊を見て感動し、咲夜に感謝を述べた。
自分が死んでいることを指摘され、シンクに腐った醜い姿を映すと、激しく動揺し混乱し慟哭した。
最後に、咲夜たちに謝るような言葉を口にした。
「……でも、痛めつけてたら突然理性を失ってただの死霊になっちゃって。
ごめんなさい、精神的に追い詰めすぎたのかも」
咲夜は、野菊に謝った。
もし白菊姫が理性を保ったままだったら、野菊と話して和解できたかもしれない。白菊姫の理性が引っ込んでしまったのは、自分のせいかもしれないと。
しかし、野菊は真剣な表情で咲夜を見つめて言った。
「大丈夫、多分それは精神的なものじゃないわ。
何か、他に条件があるはず……」
野菊は、考えながら咲夜に質問する。
「ねえ、白菊姫がしゃべれてたのって、どのくらいの時間までだった?その前や後にあった、村の変化を教えてほしいんだけど」
そう聞かれて、咲夜は思い出す。
まず白菊姫が来る前に、村の集落に明かりが増えた。平坂神社が死霊に踏みにじられ、村人が家に戻ってきたのだろう。
白菊姫が理性を失ってすぐ、宗平と美香が自分たちを助けに来てくれて……それからしばらくして、放送が村中に流れた。
それを伝えると、野菊はしばし考え、それから悲しそうな顔をした。
野菊は、白菊姫の側に腰を下ろしてその頬を優しく撫でた。
「そっか……そういうことだったんだ」
野菊は、何かに気づいたようだった。
しかしその顔には深い悲しみが宿り、乾いて縮んだ眼球が少しだけ濡れて光る。野菊は名残惜しそうに、白菊姫の頬を何度もなぞった。
「あの、一体どういうことですか?」
浩太が尋ねると、野菊は素直に答えた。
「白菊が理性を取り戻したのは……きっと私が気絶して支配の力が緩んだせいよ。だから私が意識を取り戻したら、理性を失ったんだわ」
それを聞いて、咲夜たちははっとした。
時間の流れを考えると、確かにその可能性が高い。咲夜たちが白菊姫と戦ったり話したりしている間に、神社では野菊が復活していたのだ。
それを理解して、気づいた。
「じゃあ、どっちにしろ野菊様と白菊姫は……」
咲夜が呟くのに、野菊がうなずく。
「ああ、どのみち私たちが話すことはできないわ。
白菊が人の心を取り戻すのは、私が気を失って何もできない間だけ。私が起きている時、白菊は呪いの支配されて何も考えられない」
それはとても残酷な定めだった。
二人はだいたい、側にいる。しかし二人が言葉を交わすためには、二人ともに人の意識がなければならない。
しかし、そうなることはない。
二人はいつも側にいながら、もう言葉を交わすことができないのだ。
白菊姫に触れる野菊の手が、小さく震える。
「本当に意地悪よ、黄泉の神様たちは……!
呪いを使った時に、これでおしまいって覚悟はしてたのに。……でも、本当は少しだけなら話せて……話せる時はあるのに、こんな……!」
無念にうち震える野菊の前で、ゆっくりと白菊姫の目が開く。
「ああ~……?」
しかしその目には、一切の理性も感情も宿っていなかった。そこにいるのはただ白菊姫の形をした、飢えに支配された化け物だった。




