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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
123/320

123.放送の意図

 野菊と話す中で、咲夜たちはついに今回の大罪人を知ります。

 許せない相手ですが、咲夜には複雑な気持ちが芽生えていました。


 そして、放送で大罪人を名指ししなかった意図が明らかになります。村の重役である森川は、なぜわざと大罪人の名を伏せたのでしょうか。

 彼はなかなかの策略家です。

「まず、そうだな……先ほどの放送の話は本当でしょうか?」

 宗平が開口一番、そう尋ねた。

 すると、野菊は素直にうなずく。

「ええ、本当よ……あれが多くの村人たちが逃げ出した後、神社であったこと。だいぶ省いているけど、今余計な混乱を生まないためには仕方ないわ。

 神社から逃げられず平坂家の二階に避難していた人たちは、二人を除いて無事よ。

 ……助けるのが間に合わなくて、ごめんなさい」

 そう言って神妙に頭を下げる野菊の姿に、咲夜たちは察した。

 野菊は目覚めてすぐその人たちを助けようとし、その人たちのために神社に結界を張ったんだ。犠牲になった二人のことは、手が届かぬ間のことだったのだと。

 それでも野菊がいるすぐ側でまた犠牲が出たと知れば、それを聞いた村人たちの心中は穏やかではないだろう。

 放送を流した者を敵ではないかと疑い、あらぬ行動に出てますます犠牲を増やすことになりかねない。

 ただでさえ、村は清美が引っ掻き回したせいで疑心暗鬼になっているのだ。

 誰が味方で誰が敵なのか、誰が本当のことを言っていて誰が嘘をついているのか、誰が大罪人なのか……。

 皆が、判断しかねて混乱している。

 その混乱がひどくなれば、敵が付け入る隙も増える。

「そっか……何でも正直に流せばいいってもんじゃないんだ。

 私が大罪人じゃないって伝えて、本当の大罪人を名指ししなかったのもそのため?」

 咲夜は、ふと気になって野菊に尋ねた。

 さっきの放送で、咲夜が大罪人だという疑いは晴れた。しかし本当の大罪人が誰かについては、伏せられていた。

 咲夜は、ごくりと唾を飲む。

「死霊は全てを見ている……野菊様は、知ってるのよね?」

 野菊が、すっと咲夜たちを見回した。

「そうね、あなたたちは知ってもいいでしょう。

 今回の大罪人は……」


 ビニールハウスの中が、しんと静かになった。誰もがその名を聞き逃すまいと、息すら潜めて聞き耳を立てる。

 そんな中、野菊はゆっくりと、はっきりとその名を告げた。


「白川ひな菊、そして、福山陽介!!」


「!!」

 その瞬間、咲夜たちはやっぱりと思った。しかし一方で、そこまでやってしまったのかとも思った。

 ひな菊は学芸会の件以前から村の伝説や禁忌を信じていなかったし、学芸会ではめられたと気づいてからはそれらをがむしゃらに否定しようとしていた。

 やる動機は、十分にある。

 そして取り巻きの陽介も、ひな菊のためならどんな汚いことだってやる奴だ。実行犯にされても、おかしくない。

「ひな菊が計画して、陽介が実際にやった……これで合ってる?」

 咲夜が予想を言うと、野菊はうなずいた。

「ええ、そうよ。

 実際には他にも囮になったり塚の警備を無力化する手伝いをしたり、いろいろ関わってる人はいるんだけど……分かっててやったのはその二人。

 私もあまり犠牲を増やしたくないから、知らなかった人は大目に見ておくわ」

 咲夜たちの思った通りだった。

「じゃあ……うちの花を盗んだのも……!」

「その、実行犯の陽介という子ね」

 それを聞いて、咲夜の眉間に筋が立った。

 焼却炉に鍵をかけなかったのは、確かに自分。しかしこいつが盗みにさえ来なければ、自分も村もこんなにならずに済んだのに。

「あいつ……許さない!!」

 怒りに顔を歪める咲夜に、野菊は静かに言った。

「そうね、その子は許されない事をした。

 いろいろと事情はあったみたいだけど、あの子は自らの意志で越えてはいけない一線を越えた。

 あなたが許さない以上に、黄泉が許さないわ」

 その言い方に、咲夜はぎくりとした。

 そうだ、このままでは陽介もひな菊も今夜野菊に狩られてしまう。自分が何か言う前に、それを聞いて理解することもできない化け物に成り果てるのだ。

 それを考えると、少し口惜しいような胸が悪くなるような気がした。

 黄泉に呪われて死霊になってしまったら、二人はもう迷惑をかけた村人たちに謝ることも現世で償うこともできない。

 それはそれで、どうなのだろうか。

 これまでにも二人には何度となく地獄に落ちろと思っていたが、実際に間もなくそうなると思うと複雑な気持ちになる。

 その気持ちをどう口に出したらいいか分からなくて、咲夜は押し黙った。


 大罪人がはっきりしたところで、大樹はふと首を傾げた。

「そう言や、どうして森川さんは大罪人の名を明かさなかったんだろうな?

 名指しすれば、白川鉄鋼にいる奴らが二人を捕まえて突きだしてくれるかもしれないのに」

 大樹が思うに、それが一番簡単な解決法だ。二人の周りの人間が命惜しさに二人を差し出せば、余計な犠牲なく事が済む。

 しかし、浩太が渋い顔で突っ込んだ。

「二人の周りの人間が、みんなこっちの言うことを素直に信じればね。

 でもそれは難しいよ。

 向こうにはひな菊のお父さん……竜也社長がいるし、今白川鉄鋼に逃げ込んでる人たちは元々村の伝統をあまり信じてないか、神社で清美さんがやらかしたせいで信じられなくなっちゃった人たちだ。

 さんざん清美さんの言葉に振り回されたから、もう言葉だけじゃ信じてくれないと思うよ」

 浩太のその言い方に、野菊が妖しく笑った。

「あなた、いい言い方をするわね。

 そうよ、言葉を信じてもらえないなら相手の行動を見てもらわなくちゃ。そのために、二人の名を伏せたのよ。

 ……あの森川って人、大人しいフリして結構やり手ね」

 野菊には、その意図が分かっているようだった。

「……どういう事?」

 咲夜が聞くと、野菊はすました顔で説明した。

「簡単に言えば、相手の行動を縛ったのよ。

 平坂神社が安全になったことを明かして、そのうえで白川鉄鋼はこれから危険になるって教えた。

 大罪人としては、どう動きたくなるかしら?」

「それは……平坂神社に逃げ込む?」

 大罪人とはいえ、生きていれば平坂神社の結界に入れる。そうすれば野菊と死霊は追ってこられず、生き延びられる。

「そうよ、生きたいならそれが最善手。

 でも、今それをやると周りはどう見るかしら?」

「……あっ!!」

 咲夜たちは、ここで森川の意図に気づいた。

 平坂神社へ向かうということは、自分たちの中に大罪人がいると認めるようなものだ。だってあの放送が嘘で大罪人が白川鉄鋼にいないなら、逃げる必要はないのだから。

 平坂神社へ逃げる決断をした時点で、少なくとも判断した者は……社長は大罪人がこの中にいると知っていないとおかしい。

 つまり、逃げればその時点で周囲に吊し上げられる。

 かといって逃げなければ野菊は放送通りに白川鉄鋼に現れ、手を出さなければ無関係な者は襲わない事を見せつけてやれる。

 それはそれで、放送の信憑性が上がる。

 要するに、どっちに転んでも人の信用がこちらに傾くように仕掛けたのだ。

 そして大罪人とそれを守ろうとする者たちは、少しでも周囲の信用をつなぎとめるために白川鉄鋼から動けない。

 じりじりと信用を奪われ仲間に逃げられながら、狩られるしかないのだ。

「ふふふ……このこんがらがった状況で、素晴らしい助けだったわ。

 事が済んだら、あの人にそう伝えておいて」

 野菊はそう言って、狩人の目で白川鉄鋼の方を見据えた。

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