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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
122/320

122.迎えに来た

 突如として咲夜たちの前に現れた野菊。

 しかしその目的は、咲夜たちではありませんでした。


 そして咲夜たちは、野菊と共に大罪人に課せられた罰を目の当たりにします。大罪人は永遠に消えられず、どうなるのか……。

 いつの間にか、ビニールハウスの周りには死霊があふれていた。冷えた風を腐臭で濁らせ、野菊を囲んで歩み寄ってくる。

 その数は、神社の時より多いかもしれない。

「ひっ……!」

 思わず、美香の喉から小さな悲鳴が漏れた。

 宗平が、とっさに美香と咲夜をかばうように前に出る。その手には、さっき白菊姫の口に杭を打ち込んだハンマー。

 しかし、今ここにある武器はそれだけだ。皆白菊姫を倒したことに安堵し、突然の放送に驚いて武器を置いたまま飛び出してきてしまった。

 だが、このままでは武器を取りに戻ることもままならない。

 下手にビニールハウスに入ると逃げ場を失うし、そのうえ野菊までいるのだから……。


 しかし、怯える咲夜たちに野菊は言った。

「怖がらないで、用があるのはあなたたちじゃない。

 私はただそこの柔らかい小屋の中でのびてる親友……白菊姫を迎えに来ただけよ。あの子も、私が連れて行かなくちゃ」

 そう言われて、咲夜たちは思い出した。

 ついさっき倒した白菊姫が、ビニールハウスの中に今もいることを。

 思えば、自分の勝手な苛立ちと自責をぶつけてひどい事をしてしまった。咲夜は、野菊の前でぺこりと頭を下げた。

「あの、ごめんなさい……白菊姫なら、私たちがボロボロにしちゃって。

 さっき鉄の杭で頭を刺しちゃったから、もう動かないかも……」

 すると、野菊は少し悲しそうに告げた。

「いいわ、あなたは悪くない。

 それに白菊は大丈夫……あの子は、永久に消えられないから」

 そう言って野菊は、咲夜たちの脇を通ってビニールハウスに入っていく。すれ違いざま、かすかにささやくのが聞こえた。

「これで解放されることができたら、どれだけ楽か……」

 その意味に深い悲しみを感じながら、咲夜たちも野菊についてビニールハウスに戻った。


 ビニールハウスの端にあるシンクの側に、白菊姫は倒れていた。脳まで達している鉄の杭を口から出した、壮絶な表情で。

 しかし、浩太が一目見て気づいた。

「お腹の傷が、塞がりかけてる!ちぎれた腸も、ない!」

 言われて気づいた。

 さっき白菊姫に与えた傷が、だいぶ治りかけている。

 さっき浩太はフックで白菊姫の腹を抉り、腸を引きずりだした。しかしその傷は閉じかけ、ちぎれて落ちたはずの腸もなくなっている。

 さらに、咲夜もはっとした。

「腕……これ、生えてきてるの!?」

 さっき咲夜は確かに、白菊姫の左腕を切り落とした。しかし何もなくなったところから白い骨が伸び、腐肉をまとい始めている。

 野菊が、そんな親友を見下ろして言った。

「そうよ、このまま放っておけば死んだ時の姿に戻るわ。

 私が黄泉の力で断罪した者は、永遠に消えられない……傷ついても、黄泉から送られる死んだ血肉で何度でも治るのよ。

 聞いたことなかった?」

「そう言や、神社で聞いたような……」

 大樹が、思い出しながら答える。

 言われてみれば、神社に避難している間にそんな話を聞いた。

 その時も残酷な話だと思って胸が悪くなったが……今こうして目の当たりにすると、改めてそのおぞましさが分かる。

 人間は普通、死んだら生き返らないし治らない。それは全てが断たれるのと同時に、全てから解放されることでもある。

 しかし、大罪人にはそれが許されない。

 普通の死霊のように終わることなく、死んでいて治るはずのない体に無理矢理血肉をくっつけられて何度でも苦しみ……。

 それは生死の理のさらに先まで冒涜する、邪悪としか言いようがない罰だった。


「ん……よいしょっと!」

 野菊は咲夜たちの見ている前で、白菊姫の口から鉄の杭を引き抜いた。今はまだ白菊姫は動かないが、そのうちこの傷も治るのだろう。

 野菊は白菊姫の側に腰を下ろし、すまなさそうに言った。

「私みたいなのがいると落ち着かないでしょうけど、ごめんなさいね。白菊が目覚めるまで、しばらくここにいさせてもらうわ。

 目覚めた時私が側にいないと、また人を襲うから」

 その言葉に、大樹はチラリと外を見てバツが悪そうに呟く。

「うん、まあ……野菊様っていうか、外の奴らの方が怖いかな?

 話が通じねえし、スゲー数だし」

 大樹が言ったのは、ビニールハウスの外にいる死霊たちのことだ。

 今、このビニールハウスは大量の死霊に囲まれている。何も知らない者が見れば、ハウスを破られる直前、絶望の籠城のように見えるだろう。

 幸いビニールごしなので臭いは通らないし外が暗いので姿はよく見えないが、これだけの数が全方位でうごめいているとさすがに不安になる。

「仕方ないわ、私から離れすぎると制御できなくなるもの。

 できるだけ側に集まっててもらわないと……数が増えたしね」

 最後の一言に、宗平がはっとして大樹の顔を内に向ける。

「あまり外を見るな、知った顔を見るかもしれん!」

 そう言われて、大樹の背中に冷たいものが流れた。

 今ここにいる死霊は、野菊が目を覚ましてここに来るまでに集めたもの。血染めの平坂神社で、住宅街で……。

 つまりこの中には、今夜死霊になってしまった村人たちも含まれる。

 数が増えたとは、そういう意味だ。

 気が付けば、美香は吐き気をこらえるように口を押えて、涙ぐんで外を見ないようにしている。もう、見つけてしまったのだろうか。

 野菊が、重い話を逸らすように言う。

「白菊が目覚めるまで、少しお話ししましょうか。

 いろいろと聞きたいことがあるでしょ?」

 渡りに船の申し出だった。咲夜たちはできるだけ外を見ないように、野菊を加えてぐるりと輪になって座った。

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