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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
121/320

121.危険地域

 咲夜の無罪を伝えた放送は、まだまだ続いて大事なことを伝えます。

 放送を流す者が野菊に聞いた事、その中でもこれから起こる危険なイベント、その舞台となる危険地帯を。


 放送を流しているのは村の重役ですが、登場が多くなりそうなので名前を付けました。

 咲夜たち親子は、喜びを伝えあうかのようにひしと抱きしめ合っていた。

 冤罪は晴れた。黄泉の力をもって悪を裁く巫女が、巫女と接触した勇気ある者が、真実を村中に伝えてくれた。

 もう、咲夜たちは人間から逃げ隠れしなくていい。

 もう、村を壊した大罪人と責められなくていい。

 己を責めて償いのために囮にならなくていい。

 堂々と助けを求め、自分のために死霊から逃げ隠れして生き残っていい。というか、野菊が起きていて死霊を統率していれば襲われもしない。

「良かった……うぅ……私、私……!」

 咲夜の心を雁字搦めに縛っていた罪悪感の鎖が、パラパラとほどけていった。

 大樹と浩太も、だいぶ心が晴れて軽くなった。もう、この大切な友人が死を願って苦しまなくていいのだ。

「そら見ろ咲夜……俺は信じてたぜ!」

 そう言って力強く咲夜の肩を叩きながら、大樹の目にも涙が光っていた。


 喜び合う咲夜たちの中で、宗平と美香はすぐに涙を拭って顔を上げた。

 咲夜の無罪を伝えてくれた放送は、まだ続いている。流れてくるその内容を、聞き逃す訳にはいかない。

(咲夜が大罪人じゃないなら、本当の大罪人は誰だ?

 うちの焼却炉からあの花を盗んで供えた者、盗ませた者……放送している者が野菊と話したなら、聞いているはずだ)

 野菊が神社に現れたのは、平坂親子が目当てだった。

 しかし花を供えたのが平坂親子だとはとうてい考えられず、となると大罪人は必ず別にいるはず。野菊がこれから討ちに向かう者が。

 その対象によって、自分たちもこれからの行動を考える必要がある。宗平も村の有力者である以上、娘の次は村のために動かねばならない。

 宗平と美香は、ごくりと唾を飲んで聞き耳を立てた。


『次に、これから皆さまが近づいてはならない危険地域についてお知らせします』

 放送が、次の内容に移った。

 放送の声は、さっきよりいくぶん低く厳しい声で告げる。

『野菊様は住宅地の死霊を集めた後、今回の大罪人を討ちに向かわれます。よって、これからそこで戦闘が予想されます。

 その危険地域は……白川鉄鋼です!』

 声は、その場所をしっかり聞き取れるようにわざとゆっくり、はっきり発音した。

 その指定場所に、咲夜たちも思わずびくりと反応した。

「白川鉄鋼……じゃあ、やっぱりひな菊が……!」

「確実にそうとは言えんがな、本人か近い奴ではあるんだろう」

 宗平が、咲夜をたしなめるように言う。放送で白川鉄鋼が狙われるとは言ったが、大罪人が誰かは明言されていない。

 そこに、放送がまた告げる。

『具体的に大罪人がどなたかについては、今申し上げることはできません。確実に狙われていると分かれば、何をするか分かりませんので。

 ただ、これだけは言えます。野菊様が統率していれば、死霊は罪なき者を襲いません。

 白川鉄鋼にいらっしゃる皆さま、助かりたければ野菊様が現れた時に、死霊を無視して逃げてください。あなたが禁忌破りを手伝っていなければ、死霊は襲ってこず無事に逃げ切れるでしょう。

 逃げ場がなくなる前に、勇気ある行動をお願いします』

 放送は、大罪人を名指ししなかった。

 代わりに、白川鉄鋼にいる者たちに逃げ方を教えた。そこが戦いの場になると知らせ、逃げられるタイミングと正しい逃げ方を伝えた。

 そこには、罪なき者をできるだけ助けようという心遣いが感じられた。

 最後に、放送はこんな呼びかけで締めくくられた。

『白川鉄鋼の皆さま。あなた方の中に大罪人がいたとしても、我々はそれ以外の方の敵ではありません。

 勇気を出して逃げてくれば、我々はあなた方を迎え、助けます。

 この言葉を偽りとしないよう、村民の皆さまにも節度ある行動を求めます。

 菊原村議員、森川重行がお送りしました』


 放送が終わると、村はまた静かになった。さっきと変わらぬ少し肌寒い風が、畑の菊を揺らして吹き抜ける。

 その風で頭を冷やして整理しながら、宗平は呟いた。

「森川さん……逃げ遅れたと思っていたが、生きていたか。

 あの人の言うことなら、まず信じていいだろう」

 宗平は村の農家の有力者として、村を回していくうえで森川のこともよく知っていた。特に最近は、咲夜の起こしたトラブルのことで頭を下げて調整を頼んだことが思い出される。

 村で伝統派と白川派が対立し中立の者が板挟みになる中、森川はどちらにもつかず公平に対応しようとしていた。

 その森川がこんなことを言うくらいだ。

 この話が真実である可能性は、極めて高い。

 それを考えて、宗平は今後の行動を決める。

「咲夜が狙われていないし住宅地の死霊も野菊が連れ去ってくれる以上、もうここに隠れている意味はない。

 我々も、家に戻るべきだろう。

 そこで美香と子供たちを置いて……私は役場で森川さんと合流し、何かできることがあるなら手伝わねば」

 だが、咲夜は青ざめた顔で首を横に振った。

「だめ、やっぱり私行けないよ……」

「何でだ、おまえがいたって何も危険は……」

 そう言いながら咲夜の視線の先を振り返って……宗平と美香は絶句した。


 街灯の光の下で蠢く、大勢の人影。ゆらりゆらりとぎこちなく体を揺らしながら、こちらに向かってくる。

 その先頭に、見覚えのある女の姿。

 黄ばんだ衣に赤い袴、金箔のはげ落ちた冠。そして手には、この世のものではない呪いの炎をまとう宝剣。

 咲夜は、震える唇でこれだけ言った。

「だってほら、野菊が来ちゃった……」

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