120.優しい真実
親に助けられた咲夜たちは、咲夜の両親から神社で起こったできごとを聞きます。
さらに、それよりもっと詳しい情報が他のところから……。
誰か、情報を伝えるために戻ってきた人がいましたね。
咲夜たちは、安全になったビニールハウスでひとまず体を休めた。
もう自分たちだけで身を守らなくていいと思うと、体は急に動くのもおっくうなほど重くなった。知らないうちに、思った以上に疲労が溜まっていたようだ。
当然だ、咲夜たちにこれまで休める時間はなかったのだから。
ヨミ条例の発動で寝ようとしていたところを叩き起こされ、平坂神社を追い出されてからはここまで歩きどおし。ビニールハウスに着いてからも緊張と咲夜の激情に付き合わされて、休むどころではなかった。
そして、疲労が溜まっているのは宗平と美香も同じだ。
咲夜たちが神社を追い出されてから、死霊がなだれ込んできた神社をほうほうの体で逃げ出した。それからはずっと咲夜たちを探していた。
全員に、体を休めて少しでも回復する時間が必要だった。
その時間を利用して、美香は咲夜にこれまでのことを伝える。
「ごめんね、咲夜……ひどい思いをさせて。
確かにあなたはミスをしたかもしれない。でもね、それは死ななきゃいけないほどの罪じゃないの」
「でも、野菊とあんなにたくさんの死霊が、私たちを狙って……」
「あれは、あなたたち狙いじゃなかった。
野菊様はね、あそこにいた別の人を罪に問いに来ていたのよ。
神社の巫女、清美さんと聖子ちゃん……あの二人こそ、仕事をまじめにやってなくて結界を張ってなかったのよ」
それを聞いて、咲夜たちは仰天した。
「ええっ何それ……ちょっと待って、じゃあ神社は……!」
咲夜たちが追い出された時、神社には多くの村人たちが避難していた。なのに結界がなかったなら、今頃神社は……。
咲夜の嫌な予感をなぞるように、宗平が口を開く。
「平坂神社は、死霊が入って来て踏み荒らされた。安全だと思っていて逃げ遅れた人が、何十人もやられた。
私たちも必死で逃げてきて……もう、あそこは安全でも何でもない」
咲夜たちは、あまりの予想外に二の句が継げなかった。
自分たちも悪い事をしてしまったと自分を責めていたが、これはもう悪いとか反省とかそういうレベルの話ではない。
咲夜たちは、自分が一足早く逃げ出せたことに思わず感謝していた。
少し経って、浩太がはっと我に返って言った。
「そうだ、僕の父さんたちは!?兄さんは生きてるの!?」
その言葉に、大樹もぎくりとした。
そうだ、大樹と浩太の家族もあの時平坂神社に一緒にいた。平坂神社が死霊に襲われたなら、その家族も……。
その問いに、美香は少し困った顔をした。
「みんな無事に神社からは逃げ出してたわ。
でも、その後は……私たちは家に咲夜がいないのを確認してすぐ探しに来ちゃったから……大人しく家にいてくれたらいいけど、どうかしらね」
咲夜の両親は子供を探しにきて、ここで会うことができた。
しかし、大樹と浩太もまた親から見たら行方不明だ。子がどこにいるか分からないまま、探し回っているかもしれない。
「二人とも、うちの親と一緒に家に帰りなよ」
咲夜が、男子二人に言った。
「そうしたら、戻ってきた親と合流できるかもしれないし、家にこもってれば死霊にも襲われない。道中は、うちの親に守ってもらって……」
「そんなこと言わないの。あなたも一緒に、ね」
美香は咲夜にも手を差し伸べたが、咲夜はその手を取らなかった。
「だめ、私は行けない……だって私が狙われないかはまだ分からないし。
もし私が狙われてたら、みんな野菊に狙われちゃう」
そう、平坂神社に野菊が現れたのは平坂親子を狙ってだが、だからといって咲夜が狙われていない保証はない。
もし咲夜が狙われていた場合、咲夜が家に帰ればそこに野菊と死霊の大群が来てしまう。家は住宅地にあるため、他の家も巻き添えになるかもしれない。
それを考えると、咲夜だけは帰らない方がよさそうだった。
美香と宗平はとても悲しそうな顔をしたが、こればかりはどうにもならない。咲夜が狙われているかは、それこそ野菊にしか分からないのだ。
「そんな、咲夜……!」
美香が目を潤ませて顔を覆ったその時、外から音が聞こえた。ピンポンパンポーンと、よく響くチャイムのような音。
「何だ……これは、放送か?」
咲夜たちは、すぐビニールハウスの外に出て聞き耳を立てた。
『防災放送、防災放送、こちら菊原村役場』
響いてきたチャイムは、村役場からの放送の合図だった。村の各所にある放送塔から、村中に声が流れていく。
『菊原村条例43条に定められた避難について、重大な変更がありますのでお知らせします。
現在、平坂神社は避難場所として使えるようになりました!当主の清美さんは結界を張ってありませんでしたが、野菊様が死霊を追い出して結界を張ってくれました!
ただし、村にはまだ野菊様の制御が届かない死霊がうろついています。既に屋内にいる方は移動を避け、できるだけ外に出ないでください』
それは、明らかに状況の変化を伝えていた。
安全だったはずの平坂神社は死霊に踏みにじられ、そして今は本当に安全になっている。他ならぬ死霊の巫女、野菊の手によって。
それを聞いて、宗平がいぶかしそうに呟いた。
「野菊様は……田吾作さんが銃で撃って倒したはずでは……?」
その答えも、放送で届けられる。
『皆さま、野菊様を恐れないでください。攻撃しないでください。
野菊様は味方です、罪のない者は殺しません。今は復活し、住宅地に向かって離れてしまった死霊を制御下に戻すため奔走しておられます。
野菊様は死霊を制御できます。野菊様の側にいる死霊は罪なき者を襲いません。野菊様と死霊の大群を見ても、絶対に手を出さないでください!
もし野菊様が傷ついて気を失えば、死霊は再び神社の時と同じように周りの人を襲います!』
宗平たちは、はっとした。
そう言えば神社で死霊が襲ってきたのは、野菊が倒れた後だった。野菊の頭を撃ち抜いたせいで、死霊の制御が外れてしまったのか。
驚く咲夜たちに、放送はなおも語りかけてくる。
『それから……泉咲夜さんたちは、大罪人ではありません!
大罪人は花を盗んだ者と盗ませた者で、鍵をかけなかった程度は罪ではありません。この私が野菊様に確認しましたので、間違いありません!
皆さま、もし咲夜さんたちを見かけたら、すぐに保護してください!
あの子たちに罪はありません!どうかお願いします!!』
聞いている咲夜の目から、涙が流れた。
「私、大罪人じゃない……生きてていいんだ」
次の瞬間、宗平と美香が両側から咲夜を抱きしめた。
「良かった、咲夜!!」




