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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
119/320

119.助け

 いきなり豹変した白菊姫に、ピンチの咲夜たち。

 子供だけで、この危機を切り抜けられるものでしょうか。

 咲夜と白菊姫は、もつれ合って転がった。

 咲夜に気づいた白菊姫は今度は咲夜を噛もうとするが、咲夜が後ろからおぶさっているのでうまく顔を向けられない。

 しかし、白菊姫を攻撃することもできそうにない。

「大樹、早く白菊姫にとどめを!」

「無理だ……できねえ!」

 太く頼もしい杭を手にした大樹は、どうにもならず立ち尽くすばかりだ。

「あの体勢じゃ、あいつより咲夜に当たっちまう!」

 咲夜が上からかぶさって押さえつけているので、白菊姫の頭が咲夜の頭の下になっている。これでは、白菊姫の頭をかち割れない。

 かといって、咲夜がどくのも難しい。

 白菊姫は片手で咲夜の片手を掴み、ものすごい力でひねろうとしていた。咲夜は、それに抵抗するので精一杯だ。

 下手に力を抜けば、咲夜は腕をひねられて動けないうちに噛まれてしまう。

 どうしていいか分からない二人に、咲夜が苦しい息とともに言う。

「私のことはいいから、逃げて!!

 私が押さえてるうちに、早く!」

 しかし、逃げろと言われてもそんな事できる訳がない。大樹たちが逃げたら、咲夜を助ける者が誰もいなくなってしまう。

 そうして戸惑っている間に、白菊姫は無理に体を捩って咲夜に口を近づけている。痛みを感じない白菊姫は、体に生前の限界以上の動きを強いられるのだ。

「咲夜……このままじゃ……!」

 白菊姫の汚れた歯が、咲夜の柔肌に向かっていく。

 このまま、食われるしかないのか……そう思いかけた時だった。


 突如、大樹のすぐ側を誰かが駆け抜けた。

「このっ!」

 たくましい大人の足が白菊姫の頭を踏みつけ、咲夜から離す。白菊姫は驚いてもがくが、その足は腐った肉にめり込んで外れない。

 それとほぼ同時に、もう一人が咲夜の体を抱きしめた。白菊姫が踏みつけられて腕が緩んだ隙に、抱き上げるように引き離す。

 獲物を失った白菊姫の口に、鉄の杭が打ち込まれた。


 白菊姫は、口から鉄の杭を生やして動かなくなった。口の中へ打ち込まれた杭は、おそらく脳まで達しているのだろう。

 咲夜は、信じられない顔でそれを見ていた。

 そして、ゆっくりと命の恩人に視線を上げる。

 そこには、咲夜が毎日見慣れて、しかし近頃は疎ましく思っていたとても近しい人の顔が微笑んでいた。

「大丈夫かい、咲夜?」

 優しくそう問いかけてくる命の恩人に、咲夜はようやく呟いた。

「お父さん……どうして?」

 すると、後ろからもう一人の腕が咲夜をぎゅっと抱きしめた。その腕の主が、耳元でささやく。

「もちろん、あなたが大事だからよ」

 その声にも、咲夜はとてもなじみがあった。

 みるみる、咲夜の目に涙が溜まっていく。

「お母さん……!」

 咲夜は、たまらずその手を取って頬をすり寄せた。そんな咲夜を、両親は前と後ろからしっかり抱きしめた。

 助けに来たのは、咲夜の父宗平と母美香だった。


 咲夜には、今起こった事が信じられなかった。

 自分はここで、白菊姫と同じように死ぬはずだったのに。自分のしたことの罰を受け取って、ふさわしい存在になるはずだったのに。

 自分は、そうなるべきだったのに。

 しかし、父と母は自分を助けに来た。

 どうしようもないヒーロー気取りの分からず屋な自分を。独りよがりの正義で村にたくさん迷惑をかけ、逆ギレからくる不注意で災厄まで招いた自分を。

 それで、大切な村の仲間の命まで奪った自分を。

 それでも、助けに来てくれた。

 本当は、この助けを受け取るべきではないのかもしれない。自分なんかには、ふさわしくないのかもしれない。

 それでも抱きしめてくれる両親の手は温かくて、咲夜は突き放すことができなかった。


 しばらく、親子三人は抱き合ったままでいた。

 二人の大きな体の間から、咲夜のすすり泣く声が漏れ、二人もそれに応えるように優しく咲夜を撫で続ける。

 やがて咲夜が落ち着くと、二人はゆっくりと咲夜を放した。

 まだ悲痛な顔でしゃくりあげる咲夜を正面から見つめて、宗平が声をかける。

「間に合って良かった。

 まだ噛まれてないな、咲夜?」

「うん、大丈夫……」

 咲夜は、涙を拭いながらうなずいた。

 すると今度は、美香がそんな咲夜の頬に頬をすり寄せる。咲夜の頬から顎に、咲夜のものでない涙が伝った。

「良かった……あなたが無事で。

 あなたがどうかなったら、どうしようかと思ってたわ」

 その母の声には、娘の無事への喜びと安堵が詰まっていた。そして、これまでの心配の重さと娘への強い愛情を感じさせた。

 咲夜は一瞬その言葉の裏を読もうとしたが、できなかった。

 ここまでまっすぐに自分に向けられた言葉に、そんな事できる訳がない。それほどに純粋な愛が、この言葉にこもっていた。

 この優しく温かい言葉を疑うなど、咲夜にはできなかった。

「ありがとう……いろいろ、ごめんなさい」

 咲夜は、ようやく蚊の鳴くような声で母にそれだけ伝えた。


 それから、宗平は側で見ていた大樹と浩太にも声をかけた。

「君たちは、ずっと咲夜の側にいてくれたんだね。あの子を守ってくれて、一人にしないでくれてありがとう。

 君たちも、噛まれてないね?」

「はい、おかげさまで」

 一時はどうなることかと思ったが、大人が助けに来てくれたなら一安心だ。白菊姫も倒れたし、もう今ここに危険はない。

 大樹と浩太は、緊張の糸が解けてその場にへたり込んだ。

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