117.私刑
過去を思い出した白菊姫への、一方的な攻撃。ややグロい。
これまであまり感情を見せなかった浩太の意図が、少しだけ露わになります。
浩太が壊したかったのは……。
「ぐっ……うぅっ……うえェ……」
白菊姫は泣いた。あまりに衝撃が大きすぎて、言葉が出てこない。
そんな白菊姫を、咲夜たちは哀れみを込めて見下ろしていた。
「みじめだね……どんなに元がキレイでも、こんなになったらもう誰も助けてくれない」
浩太が、震える後姿を見て呟く。その言葉には、どこか暗い喜びがにじみ出ていた。
「そうよね、みんながほめてくれるからって調子に乗り過ぎたのよ。そのうちほめてくれるのが当たり前で、叱られるのはおかしいってなっちゃったんでしょ。
自分はいつもきれいな花に囲まれたきれいなお姫様。
こんなになっても気づかないくらい思い込めるって、すごいね」
咲夜も、嫌味たらしくそう言う。その目には、汚物を見るような嫌悪感に混じって、同病相憐れむような落胆が見てとれた。
やはりまだ、白菊姫を自分に重ねているのだろうか。
そんな咲夜は、大樹の目にとても危うく映る。
咲夜もまた、思い込みで他人の言葉が耳に入らなくなっているのだ。しかも白菊姫とは逆に、自分を守ろうとする人の声が。
咲夜は、自分が何もかも間違っていると思い込んでいる。
表面上は真面目だけど根の部分は白菊姫と同じで、排除されるべきだと思っている。
その考えをなぞるように、咲夜が呟く。
「私だってそう。何の役にも立たない花を育てて、村のためにって顔して……。
本当に村のためを思うなら、村の人たちがより豊かに生きられる方を選ぶべきなのに。白菊姫の時は食糧、今はもっと稼げる鉄鋼が正解なのよ。
それを無視した奴の末路が、今の白菊姫……」
その姿を見下ろす咲夜は、自分もこうなるのだとばかりに自嘲の笑みを浮かべていた。
大樹は、耐えられずに声をかけるが……。
「違うって、咲夜がこんなになる必要は……」
「もう帰っていいよ。今までありがとう」
返ってきたのは、一方的な別れの言葉だった。大樹が咲夜を救おうとかけた言葉は、虚しく菊畑に消えていった。
ひくひくとしゃくり上げる白菊姫の体が、いきなりぐらりと揺れた。
その背中に、咲夜の持つ枝切り鋏が深々と刺さっていた。
「あっ……!」
痛みを感じないとはいえ、さすがに感触で気づいたのだろうか。白菊姫が、ゆっくりと振り返った。
その顔には、痛々しいまでの恐怖と後悔が張りついている。
「ご、ごめンナさい……迷惑かけテ、ゴメン……なさ……!」
白菊姫の口から、さっきは欠片ほどもなかった謝罪がこぼれる。
どうやら、自分がどうなったかもしっかり思い出したようだ。
咲夜は、そうでなくっちゃと微笑む。
「自分がしたことが分かった?その結果、自分と親友と村がどうなったか思い出した?私のさっきの言葉の意味、分かってくれた?
あなた、みんなに憎まれているの。ここにいて優雅に菊を見てちゃいけないの。
早く村のために罰を受けて消えなきゃ……あんたも、菊作りを継いだ私も!」
言いながら、咲夜は鋏に力を込めて白菊姫の背中から脇腹をねじ切る。ブチブチッと嫌な音がして、開いた傷口から臓物らしきものがのぞいた。
「ヒィッ……やめテ、違うノ……!」
「何が違うの?言い訳は見苦しいよ」
命乞いのような言葉をこぼす白菊姫を、咲夜はさらに痛めつける。自分を痛めつけるような悲しく苦痛に満ちた顔をして、白菊姫の顔を体を切り裂く。
そのたびに腐った血肉が飛び散り、咲夜を汚していく。
大樹は、それで咲夜がどうかなってしまわないか気が気でなかった。だって死は感染するのだ。あれが体内に入ったら、咲夜だって……。
「なあ、もうやめ……!」
「何でやめなきゃいけないの?」
大樹の制止を遮ったのは、浩太だった。
気が付けば、浩太は手にしたフックを白菊姫の腹の傷に引っかけていた。そして力任せに引っ張り、細長いひものようなもの……腸を引きずりだす。
「浩太……おまえ……!?」
浩太の顔は、今まで見たこともない嗜虐の色に染まっていた。
思わず後ずさる大樹に、浩太は言う。
「いいじゃないか、こいつを痛めつけたって文句を言う奴なんかいない。
こいつは悪い奴なんだ、罰を受けて当然なんだ。キレイなふりして調子に乗ってみんなを振り回した、とんでもない女だ。
こういう奴は、やれる時に思いっきりやって周りにも思い知らせなきゃダメだよ」
言いながら、浩太は引き出した腸をフックにかけて地面に固定する。自分の内臓で拘束される白菊姫は、磔よりひどい有様だ。
「何でだよ……おまえ、そんなひどいことする奴じゃ……」
恐れおののく大樹に、浩太は淡々と言う。
「そんなキャラじゃない?
んな訳ないよ。僕はずっと前から、こうしたかった。
キレイで人目を引いてキラキラ輝いてて敵なしみたいな奴を、引きずり下ろして暴いて晒して周りの目を覚まさせてやりたかった。
本当はひな菊をこうしたかったけど、もうこいつでもいいよ!」
その瞬間、大樹は気づいた。
浩太は、純粋に善意からこちらに協力した訳ではないと。
だが、裏切られたような顔する大樹に浩太は誘うように言う。
「咲夜だって、どうしようもない気持ちをどうにかしたくてぶつけてるだけさ。要は、振り上げた拳をローリスクで振り下ろせる相手がここにいるんだ。
だから、君も手伝ってあげたらどう?
今は彼女の行動にも寄り添って、英雄願望と自罰意識を満たしてあげよう。で、少し落ち着いたところで、これでみんなに許してもらおうって言ってみる。
それしか、咲夜を救う方法はないんじゃない?」
そう言われると、そうかもしれないと思ってしまう。
今はとにかく咲夜だ。咲夜に少しでも自分の声を届けられるようになるなら、どんなことだってやってやる。
「おまえより悪くない奴を助けたいんだ、悪く思うなよ!」
大樹はやめろと叫ぶ良心をぐっと抑えつけて、自らも白菊姫に杭を振るった。
途中、白菊姫から魂が抜けるように表情が消えていったのには、気づかなかった。




