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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
115/320

115.今昔菊娘

 咲夜が話をしようと思っても、菊に夢中の白菊姫は聞いてくれません。

 苛立ちを募らせる咲夜に、白菊姫はさらに心を逆撫でする言葉をかけてしまい……。


 目の前に素晴らしい花があって作ったと言われたら、誤解してしまうのも無理はないことですが。

「ほら、ここよ!」

 咲夜は、ビニールハウスの戸を大きく開け放った。途端に、中からほろ苦く清浄な菊の香りが漂ってくる。

 中には、新しい形の白菊が今が盛りとばかりに咲き誇っていた。

「お、おお……コレじゃ……きく……」

 白菊姫が、興奮にわなわなと体を震わせる。そして、蜜に引き寄せられる蜂のようにフラフラと中に入っていった。

 すると、汚れない純白の花が出迎えてくれる。

 白菊姫はその一つを手に取り、じっくりと眺めた。

 ストローのように縦に巻いてまっすぐ張りつめた、みずみずしい花弁。太陽の光のように全方向にきっちりと開いた、美しい形。

「こ、れ……が、ホンとの……かたち……!」

 ようやく巡り合えたと、白菊姫は全身の感覚でその菊を味わった。目で見て、耳で葉や花弁の擦れる音を聞き、鼻で香りをかぎ、指先でなぞって……さすがに口には入れないが。

 白菊姫は、この本来の形を見たくてたまらなかった。

 目覚めた時に頭につけていた花は三分の一ほど開き損ねたうえ、少ししおれかけていた。咲夜から渡された花は、ぞんざいに扱われたのか形が崩れていた。

 それでも、美しいと感じたのだ。

 きれいに開いた本来の形を、期待しない訳がない。

 不完全な花を見た時から渇望し探し求めて、ようやく見ることができた。しかも、咲いているところをこんなにたくさん。

 白菊姫は、思わず咲夜たちの方を振り返り、とびっきりの笑顔を浮かべた。

 そして、自然とこの言葉が出ていた。

「ありガとう……キク、アリガとう……。

 ついで……くれて、ホンとに……ありがトウ……」

「どういたしまして」

 そう返した咲夜の顔が引きつった冷笑であることに、文字通り脳内菊畑の白菊姫は全く気づかなかった。


「継いでくれて……か」

 とてつもなく不機嫌な咲夜の隣で、大樹は呟く。

 白菊姫は今、咲夜に向かってついでくれてありがとうと言った。これはほぼ間違いなく、菊作りのことを言っているのだろう。

 咲夜が、自分の跡を継いで菊を育てていると思っているのだ。

(そういう訳じゃ、ないだけどなぁ……。

 けど、結果は同じようなもんか。……にしても、何でだろう?)

 ふと、大樹は疑問に思った。

 村はかつて、この姫の菊作りによって滅びかけたのだ。なのに、今菊作りが村の産業になっているのはなぜだろう。

 普通、村に災厄をもたらしたものは不吉だとして憎まれ忌み嫌われるのではないか。少なくとも、積極的に育てようという気にはならないはずだ。

 タエに聞いた話では、災いを忘れないようにという理由だったが……本当にそんな感情に素直になるものか。

 だって菊を育てることは、白菊姫の行いを肯定するも同じ。

 今本人が言ったように、後を継いだともとれるのに……。

 改めて考えてみると、ふしぎな話だった。


 大樹と浩太が首を傾げている間に、咲夜はゆっくりと白菊姫の方に歩きだした。花に夢中の白菊姫に、後ろから声をかける。

「そうよ、私は、今のあなたのようなもの……菊を育ててそれにこだわって、村に災厄を引き起こした。

 そういう意味では、継いだって言えるのかもね。

 でも、私はこんなのもう終わりにしようって思ってるの。美しさで気を引いて人を狂わせる花なんて、あっても悪いことしかない。

 だから、あなたも……この花畑と一緒に逝きましょ!」

 はっと振り返った白菊姫に、咲夜は枝切り鋏の鋭い刃を突きつけた。

 一瞬、白菊姫と咲夜の視線が交錯する。

 咲夜はそのまま、鋏で白菊姫の顔を突き刺そうとした。しかし、白菊姫はその刃をむんずと掴んで止めた。

 その顔には、さっきとは違う憤怒が浮かんでいる。

「ふーん、終わらせるのは嫌なの?

 でも、そうしないと……花狂いの悪い奴がいると、村で安心して暮らせないのよ」

 咲夜はそう言うが、白菊姫は聞いていなかった。

 鋏の刃を見つめ、指でなぞって菊の花弁の欠片を拭いとった。そして、地面に落ちていた潰れた花を拾い上げる。

「おまえガ……これ、で……やった……?」

 白菊姫は、咲夜を責める目をしていた。

 終わりにするという言葉に対してではない。

 菊に乱暴に切られた跡があって、地面に潰された花が落ちていて、咲夜の鋏に花弁の欠片がついていたから……おまえが菊に乱暴したのかと責めているのだ。

 白菊姫の感覚は、どこまでも自分に興味のある菊にしか向いていない。特に、目の前に菊の現物があるとその他の感覚は全て素通りしてしまう。

 咲夜は、怒りと笑いが吹き出しそうになるのをこらえてうなずいた。

「ええ、そうよ。

 でも、理由があるの」

 そう言ってやると、白菊姫はふしぎそうに首を傾げて咲夜の方を見上げる。やはり、菊と絡めてやると聞くようだ。

「こいつら、分からず屋なのよ。

 いくら切っても、こりずにどんどん新しいつぼみをつけて花を咲かせるの。痛い目に遭っても何も学ばずに、いくらでも同じことを繰り返すの」

「ワからずヤ……」

「そうよ、いくらやってもダメだから……根こそぎにしないとダメみたい」

 その言葉に、白菊姫の表情が恐怖に固まる。

「ね、悪いモノは根っこから抜かなきゃダメなの。人を狂わせるだけの花も、その花に狂って村をメチャクチャにするあなたも私も……。

 いなくなって!菊と一緒に!!」

 咲夜の激情を込めた刃が、無垢な花に向かって突き出された。

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