表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
113/320

113.求めるものは

 白菊姫は、攻撃されても菊を放しません。

 咲夜たちはこれを好機とみて、再度攻撃を仕掛けますが……。


 白菊姫が咲夜たちに求めるものは、何だったのでしょう。

「ふぅ……危なかったぜ!」

 ひとまず白菊姫から距離を取り、大樹たちは一息ついた。

 片腕を失った白菊姫は、うまく起き上がれずバタバタともがいている。思った以上に、動きが鈍いようだ。

 しかし、その原因はすぐに分かった。

 咲夜が、呆れたように言う。

「見て、あいつ菊を握ったまま起き上がろうとしてる。

 あれじゃうまくいく訳ないわ」

 よく見ると、白菊姫の残された右手は白菊の茎を握って放さなかった。当然握ったままでは、うまく地面に手をつくことができない。

 白菊姫はさっきから、チラチラとこっちを見ている。一応、ここに餌があることを認識してはいるようだ。

 しかし、それでも菊を放り出して素早く起き上がろうとはしない。

 何が何でも放さぬと白菊を掴んだまま、動けず四苦八苦している。

「……何じゃありゃ」

「ここまでくると、さすがに哀れになってくるね」

 大樹と浩太も、これには思わず気が抜けてしまった。

 理性も思考も失い人を食うだけの化け物かと思いきや、この姫は死んでも菊を捨てることができないらしい。

 尋常でなくこだわっていたとは聞いていたが、ここまでくるともう笑えてくる。

 菊に心を奪われて村を飢饉に陥れ、自らもその罰で永遠の飢えを与えられながら、なお菊にこだわって目の前の餌に辿り着くこともできない。

 こんな滑稽な存在は、見たことがなかった。

「やっぱり、こっちから行かないとダメじゃない?

 アレ、いつまで経っても来ないかも」

 ため息混じりの咲夜の言葉に、大樹と浩太も同意した。

「そうだな……けど、今度はちゃんと三人でな」

 向こうから来ない以上、とどめを刺すにはこちらから近づくしかない。三人は得物を構えて、慎重に白菊姫に近づいた。


 白菊姫は、イモムシのように体をよじってどうにか起き上ろうとしていた。しかし左腕を失って体のバランスがおかしくなっており、どうにもうまくいかない。

 何度も地面にもんどり打って倒れ、それでもようやく起き上がったところで……

「ほいっとな!」

 大樹に杭で突かれ、あっさりとまた倒れてしまう。

「グベッ!?」

 とても姫とは思えぬ濁った悲鳴を上げ、顔面を固い地面に打ちつける。そんな状況でも、白菊の花を握ったまま。

 そんな白菊姫の体を、大樹と浩太が杭で押さえつける。

「今だ、咲夜!」

 そこに、鍬を上段に振り上げた咲夜が踏み込む。

「終わらせてあげる。……でも、その前に……」

 咲夜は、足下に伸ばされた白菊姫の右手に目を落とす。そこには、咲夜が育てた開き損ねた白菊の花。

 燃え上がる憎しみのままに、咲夜は歯を食いしばって片足を上げた。

(殺す前に、こいつの目の前で花を潰してやる!)

 その足を踏み下ろそうとした時……白菊姫が動いた。

「イヤッ!!」

 突然、死霊とは思えない速さで手を引いたのだ。

「あっ……こいつ!」

 咲夜の足は空振りし、地面に叩きつけられた。ついでに振り下ろされた鍬も狙いが外れ、白菊姫の背中に突き刺さる。

 しかし、これで白菊姫は容易に起き上がれなくなった。背中に深く食い込んだ鍬が邪魔で、転がることもできない。

 弱点である頭部は、無防備に投げ出されたままだ。

 もはや、白菊姫の二度目の死は目前であるかのように思われた。

 しかし、それでも白菊姫はわずかに体を持ち上げ、白菊を握った右手を体の下に入れて隠してしまった。

 これには、咲夜たちも驚きを隠せなかった。


「ちょっと……何やってんのよこいつ」

「何って……花を守りたいんだろ、多分」

 三人が呆れ果てて見守る中、白菊姫は鍬が食い込んだ背中を懸命に丸めて身を縮めている。まるで、我が子を抱いて守ろうとする母親のように。

 三人がすぐ側にいるというのに、噛みつこうとする様子はない。

「僕たちを食べに来たんじゃ、ないのかな?」

 浩太が、ぽつりと呟いた。

 言われてみれば、そうだ。白菊姫はさっきから花にこだわった行動ばかりで、人に噛みつこうとしていない。

 咲夜と大樹もそれに気づくと、はっと顔を見合わせた。

 その時、白菊姫が顔を上げ、咲夜をじっと見つめた。

「な、何……?」

 しばらくにらみ合っていると、急に白菊姫が目をカッと開いた。そして次の瞬間、いきなり右手を咲夜に向かって伸ばした。

「キクゥ!」

「わっ!?」

 その右手には、何も握られていなかった。

 驚いて後ずさる咲夜に、大樹がはっとして声をかける。

「おい咲夜……おまえ、それ、腰に……」

 言われて慌てて自分の腰に目を落として、咲夜はぎょっとした。

 白菊の花が、そこにあったのだ。ビニールハウスで咲いていた、まさに今白菊姫が守ろうとしていたのと同じ花が、ズボンのベルト通しに刺さっていた。

 おそらく、さっき激情のままに花を刈っては潰していた時、刈られた花が偶然落ちて刺さったのだろう。

 白菊姫は、これに目をつけたというのか。

「これが欲しいの?」

 咲夜がそれを差し出すと、白菊姫はニッコリと笑った。

「こ、れ……これじゃ……ワラワの……キクぅ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ