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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
112/320

112.同じじゃない

 咲夜と白菊姫、現代と過去の菊少女が激突します。


 迫りくる白菊姫に、咲夜は何を見たのでしょうか。

 そして、咲夜の菊作りに対する思いとは。

「うあああぁ!!!」

 気が付けば、咲夜は白菊姫に向かって走り出していた。

「あっ咲夜!?」

 大樹と浩太が慌てて止めようとしたが、間に合わない。咲夜は鍬を持っているとは思えぬ速さで、白菊姫に突進していく。

「あ……ア……」

 白菊姫が、そんな咲夜を迎えるように両手を伸ばした。

 しかしその手が咲夜に触れる前に、咲夜が勢いをつけて鍬を振り下ろす。

「うがああぁ!!」

 鍬は頭には当たらなかったものの、白菊姫の左肩にドカッと食い込んだ。いきなりぶつけられた重量に、白菊姫の体がぐらりと傾く。

 動きを止めた白菊姫を前に、咲夜は鍬を手放して手鎌に持ち替えた。

「それっ!」

 鍬に刺さってもがいている白菊姫を、力一杯蹴りつける。すると、その衝撃で鍬が外れて白菊姫の左腕がだらりと垂れさがった。

 鍬の一撃で骨と筋を断ち切られ、皮と肉だけでつながっているのだ。

 咲夜はそこめがけて、素早く手鎌を振り下ろす。

 鈍く光る刃が真っ白な肉と汚れた皮を断ち、白菊姫の左腕がぼとりと落ちる。

 しかし、咲夜もまた白菊姫の腕が届く間合いに入っていた。白菊姫が顔を上げて、咲夜をじっと見つめる。

「ひっ……!」

 思わず動きを止めた咲夜の向こうで、白菊姫に残された右腕が上がる。

 それに気づいた大樹は、すぐさま杭を手に走った。

「危ねえ咲夜!!」

 杭をバットのように振りかぶり、白菊姫の顔を横から殴りつける。白菊姫はバランスを崩してよろけ、倒れ込んだ。

「無事か、咲夜!?」

 大樹と浩太は、ようやく咲夜を両側から捕まえた。

 しかし咲夜は、二人のことなど見ていなかった。息を荒げて白菊姫をにらみつけ、そして絞り出すように呟いた。

「私は……あんたと同じなんかじゃない!」

 その時、大樹と浩太は咲夜の暴走の理由を知った。


 咲夜にとって、菊作りは誇らしいものだった。

 泉家が代々菊農家だったので生まれた時から家は菊畑を持っていて、咲夜はその美しい花と共に育った。

 物心ついた時から、花と言えば菊だった。

 家にはいつも菊が飾られており、父や母の作業着からはいつも菊の香りがし、時々お風呂に浮かべたりもして楽しんだ。

 少し大きくなると、当たり前のように農作業を手伝うようになった。

 咲夜はそこで、生き物である菊を大事にし、心を込めてお世話をすることを教わった。それで美しい花が咲くと、自分に応えてもらえたようで嬉しかった。

 その菊がトラックに載せられて出荷されていくのを見るたびに、自分の仕事が世の中の人々を幸せにしているんだと誇らしかった。

 そんなある日、咲夜は母に言った。

「ね、私、白菊姫様みたい?」

 菊畑の開祖として、白菊姫の名は幼い頃から知っていた。

 ただし、どんな死に方をしたのかまでは知らなかった。ただきれいな花を育てるかわいいお姫様だと思っていたから、この言葉が出たのだ。

 すると母はしばし困った顔をして考え、こう答えた。

「ずっと立派よ、白菊姫様よりも。

 あなたは、他人の事を考えて行動できるから」

 その時の咲夜には、その言葉の意味がよく分からなかった。お姫様より立派と言われて喜びながらも、どうして姫様は私よりダメだったんだろうと不思議に思っていた。


 ともあれその言葉は、咲夜の支えになっていた。

 地味で泥臭くてそのうえ手がかかるけれど、美しい花を育てるのは素晴らしいこと。お姫様より立派な自分が、将来は菊作りを引っ張っていくんだと思っていた。

 だから周りの農家の子たちと交流を深め、菊作りをけなしたり畑を潰そうとしたりする悪いヤツらと戦ってきた。

 咲夜は、菊と村の守り手のつもりだった。


 しかし……今回、咲夜は自分のプライドとくだらない怒りのために、村にとんでもない災厄を招いてしまった。

 どうして自分が正しいと認めてもらえないのかと親を恨み、こんな物にこだわったせいだと菊に八つ当たりし、本当に必要なことを投げ出してしまった。

 そして、平坂神社で吊し上げられて気づいた。


(あれ?私……白菊姫と、同じ?)


 白菊姫の所業を知ってから、ああはなるまいと思っていたのに。

 そして横暴なひな菊を白菊姫みたいだと思い、こいつを倒して村を守るのが自分の使命だと張り切っていたのに。

 よく考えたら、白菊姫と同じなのは自分の方ではないか。

 菊を育てることに熱中して、やりすぎを指摘されても逆上して親友をも逆恨みし、村を守るという領主の仕事を投げ出して村人を殺した白菊姫。

 村の菊作りを正義か何かだと勘違いし無駄な争いを起こし、親に諭されても逆恨みし、安全を守る義務を怠って村に死人を出した自分。

 よく見たら、そっくりじゃないか。

 それでも同じだと認めたくなくて、野菊が自分を狩りに来ないことを心の底から喜んで安堵していたのに……。


 白菊姫は、やって来た。

 自分が育て、災厄の呼び水としてしまった花を携えて。

 白菊姫は咲夜を見ると、まるで感情があるかのように笑って花を差し出した。

 まるで、同類に会えてうれしいとでも言うように。そして、同じことをしたのだからおまえも同じになりなさいと。


 咲夜には、そう見えてしまったのだ。


「わ、私は……あんたと同じなんかじゃない……。

 同じになんか、ならないからぁっ!」

 咲夜は、泣いていた。

 目の前にいる滅びの花狂い姫を、必死で拒絶していた。

 苛烈に攻撃を仕掛けたのは、それが自分の分身だと認めたくないから。とにかくメチャクチャに壊して、存在そのものを拒もうとした。

 こいつを消せば、自分はこいつと同じにならなくていい気がして。

 違うと証明するためなら、他の何も怖くなかった。

 たとえその死に穢れた手と牙が自分に届いても、戦って壊しさえすれば違うと言ってもらえる気がして……。


 恐怖にひどく顔を歪めひくひくとしゃくり上げる咲夜に、大樹は心が痛んだ。

「大丈夫……大丈夫だよ咲夜。

 おまえは、こんな奴とは全然違う」

 ずっと近くで咲夜を見てきた大樹には、咲夜の恐怖が無用なものだと分かっている。だからこそ、ここまで心を追い詰められた咲夜が哀れでならなかった。

 今はただ、咲夜を抱きしめて安心させてやりたかった。

 しかし、そうのんびりしていられる状況ではない。

 白菊姫はまだ動き、起き上がろうとしている。頭を殴ったとはいえ、衝撃を逃がせる体勢で大樹の力では停止させることはできなかった。

「とりあえず、下がって距離を取ろう」

「ああ!」

 大樹と浩太は、咲夜を後ろに引きずって白菊姫から離れた。

 咲夜は確かに災厄の一端を担ったが、その心根は白菊姫とは似ても似つかない。咲夜が、白菊姫の手にかかっていい訳がない。

 大樹は咲夜の命を決して離さぬように、抱きしめて力一杯引っ張った。

 片や倒れた白菊姫は、それでもこの花を離してなるものかと、大事な白菊の花を握りしめたままであった。

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