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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
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11.邪念の闇

 わずかですが、エロ成分が入ります。

 和風で悪代官でエロといったら、もうアレしかないだろう。


 状況が打開できぬ焦りもあって、作左衛門は白菊姫に邪な欲望をぶつけようとしますが……白菊姫にはやっぱり理由が理解できません。悪代官と無垢ゆえに悪となった姫の、対比をお楽しみください。

 どれくらい走っただろうか。

 かなり長かったような気もするし、あれからすぐのような気もする。

 作左衛門と白菊姫は奥の部屋の、かけじくの裏を開いて隠し部屋に入った。

「ふう……ここならば、奴らにも簡単には見つかるまい」

 白菊姫は、上気した頬の上を滑る玉の汗を拭いながら呟いた。

 二畳ほどの、何の明りもない小部屋……家具もざぶとんの一枚もなく、ただ天窓からの光が殺風景な部屋の中を照らしている。

 ここは、万が一のことがあった時のための避難部屋だ。

 入口は巧妙に隠されており、多少の衝撃には耐えられるように壁も厚くなっている。

 ひとまずここに隠れて村人たちが出て行くのを待ち、それから様子を見て脱出し、作左衛門の屋敷へ向かう……それが白菊姫に残された道だった。

 しかし、村人たちの数は全く減る様子がない。

 壁の向こうからは引きずるような足音が絶えず響き、あまりに人が多すぎるのか床がみしみしと軋みだす始末だ。

 このままここにいては、家がつぶれて押しつぶされてしまうかもしれない。

 作左衛門の顔に、脂汗が浮かんだ。


「きゃっ!」

 突然、暗闇の中に愛らしい悲鳴が響いた。

 はっと口を押える白菊姫に、作左衛門が苦々しい顔で声をかける。

「どうした、静かにせんと見つかるぞ」

「も、申し訳ありませぬ……今、誰かの手がわらわの尻に……」

 白菊姫がおずおずと振り向こうとした途端、尻の添えられた手に力が入った。

「黙れと言っておる、命が惜しければな」

 作左衛門の声は、今までと違って面白がるようだった。

 天窓から入ってくる満月の明りが、作左衛門の顔を照らし出す。

 白菊姫を見つめる目は肉食の獣のようにぎらぎらして、口元はいやらしく上がり、顔が近づいてくるにつれて生温かい鼻息がかかる。

「いやっ!」

 とっさに顔を下げて唇を避けた次の瞬間、白菊姫の体はぶ厚い壁に押し付けられていた。

「さ、作左衛門……様……?」

 白菊姫は、信じられないという顔をして作左衛門を見上げていた。

 作左衛門は押さえつける手に力を込めながら、欲望丸出しの顔でささやく。

「おうおう、何も心配する事はない!

 わしとおまえは、これから夫婦になるのだからのう」

 それを聞いた途端、白菊姫はぎょっとした。

「わ、わらわと夫婦に……!?」

 戸惑う白菊姫にのしかかって、作左衛門はいやらしく耳元に吹きこむ。

「そうじゃ、おまえはおどれだけわしの世話になったと思っとる?

 今年の菊が育ったのは誰のおかげじゃ?おまえを村人から助けようとしておるのは、どこのどいつじゃ?そら、言ってみろ!!

 ……これだけ世話になったなら、体で返してもらわんとなあ」

「え……ええっ!」

 白菊姫は今になって、ようやく状況を理解したようだ。

 作左衛門は自分を手籠めにする気でいる、菊を育てた恩を理由に自分を娶ろうとしている。しかしどうして菊と結婚がつながるのか、白菊姫にはそれが分からなかった。

 白菊姫は困り果てた子供のような顔で、作左衛門に問う。

「そんな、わらわはちゃんと作左衛門様を月見の宴にお招きしました!

 今年育てた自慢の菊は、きちんとお見せいたしたはずです。これから咲く菊も、余すところなくお見せします。

 菊を育てていただいたご恩は、これで十分ではないのですか?」

 作左衛門は、この姫の図太さに心底呆れかえった。

 今まで騙して手に入れた女は多いが、ここまで愚かなのは見たことがない。

(全く、末恐ろしい姫だわい!)

 自分も他者の心を思いやれる人間ではないが、それでも少しは相手の気になってみたりする。

 だが白菊姫はどうだ。

 菊が育って自分が喜べば、それで全ていいと思っている。周りにいる他の人間も全て、自分と同じ感覚なのだと信じて疑わない。

 今まで散々悪に手を染めてきた作左衛門も、思わずぞくぞくと寒気を覚えた。

「だが、それでこそわしの嫁にふさわしい!」

 作左衛門は白菊姫の帯に手をかけ、力を込めて引っ張った。

「ひゃあぁあ!?」

 巻きつけられた帯をほどかれて、白菊姫がくるくると回る。

 本当はもう少し明るいところでやりたかったが、この際仕方がない。どうせ、ここから生きて出られるかも分からないのだから。

 帯が全てほどけてしまうと、白菊姫は目を回してふらりと壁にもたれかかった。今まで味わった事もない屈辱に、きゅっと眉根を寄せている。

 その表情は、作左衛門の劣情を激しく煽った。

「おうおう、期待以上に可愛いのう!」

「作左衛門様……ど、どうして……?」

 まだ信じられぬ様子の白菊姫に、作左衛門は諭すように告げた。

「のう白菊、これはおまえが悪い事をした罰なのじゃぞ?」

「悪いこと……?わらわが一体、何をしたと!?」

「おまえは菊を育てるために、村の百姓どもを大勢殺したじゃろう?

 良いか、百姓は生かさず殺さずが一番じゃ。

 殺してしもうては、もう税を搾り取ることもできんからな。それに百姓をまた他から集めてくるには、余分に金をまかねばならん。おかげでここ数年分の儲けはパァじゃ。

 そのうえこんな一揆まで起こるとは……わしがここで死んだら、おまえはどうやってわしの恩に報いるというんじゃ!」

 それを聞いて、白菊姫ははっと周りを見回した。

 自分たちはこんな隠し部屋に身を潜め、飢えた村人たちに囲まれている。

 もしこのままここから出られなかったら……そう考えてやっと、白菊姫は作左衛門の言っている事が少し分かった。

 しかし、まだ分からない事もある。

「わらわが百姓を殺した?それは言いがかりです!

 わらわは菊を育てようとしただけで、人を殺めてなど……」

「ええい、もうよい!!」

 作左衛門がしびれを切らしたように、白菊姫の襟に手をかける。

 これ以上話しても無駄だ、ならば命があるうちに事に及ぶまでだ。

「いや、そんな、どうしてえええ!?」

 悲鳴を上げた白菊姫の目に、涙があふれる。

 次の瞬間、作左衛門の背後で鈍い音がして、不気味な光が走った。

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