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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
109/320

109.戻る者戻らぬ者

 次々と明かりが灯る住宅地の様子です。

 平坂神社から逃げ延びた人たちは、それぞれの考えで次の行動に移っていました。特に、子供たちが追放されてしまった親は大人しくしていられません。


 状況の変化に戸惑う咲夜たちに、助けは間に合うのでしょうか。

 住宅地には、平坂神社から逃げてきた村人たちが戻って来ていた。

 安全であったはずの神社からほうほうの体で逃げ出し、さりとて他に避難するあてもなく、もはや頼れるのは我が家だけと帰ってきた。

 家を出る時戸締りはしたが、それでも何かいやしないかと不安になって電気をつけてみる。死霊に見つかるかもと思いつつ、やはり暗闇は怖い。

 一安心して窓の外を見ると、他にも電気のついている家がある。

 それを見るともう、消す気が失せる。

 他にもこんなに明るい家があるなら、自分の家も明るくたっていいじゃないか。引き寄せられる死霊がいても、分散するはずだ。

 それに、自分の家のすぐ側がどうなっているか分からないのは怖い。見えないよりは、見えた方がいい。

 こんな恐ろしい夜は、もう寝ないで起きていよう。何があってもすぐ動けるように。

 そうして住宅地には、いつもの夜以上に明かりが灯った。


 しかし、中には帰ってきても家に籠らない者もいた。

「咲夜……やはり、帰っていないか」

 泉宗平と美香は、家が戸締りされたままなのを確認してため息をついた。ドアも窓も鍵がかかったままで、電気もついていない。

 家には誰もいないし、誰かが来た形跡もない。

 二人は、神社から追放された咲夜がもしかしたら帰っているかもと思いここに来たが……咲夜は、帰っていなかった。

「あなた……あの子、人気のないところに行ったんじゃないかしら」

 美香が、しんみりした顔で言う。

「あの子、普段は責任感の強い子だから、今回のことですごく自分を責めてると思うの。

 だから、今は他の人を巻きこまないように……人のいない所にいると思う。だからきっと、この近くにはいない」

 それを聞いて、宗平もうなずいた。

「そうだな……あいつは、自分が追われていると思っているだろう。

 早く探して、おまえだけのせいじゃないって伝えて……安全な家に帰してやらないと」

 二人には、家にも帰れないほど自分を責める咲夜が不憫でならなかった。そんな娘の不要な自責を晴らしてやるために、二人は再び家を後にした。


 大樹と浩太の家族も、家に息子が戻ってきていないことに気づいた。

 こちらもおそらく無実で追放された息子を放っておけないため、探しに行くことにした。咲夜の家にもいってみたが、咲夜の両親とは入れ違いになってしまって会えなかった。

「うーん、咲夜ちゃん家にもいないとなると……どこ行ったのかしら?」

「歩いて村から出ようとしてる……のはないか。危険すぎる。

 となると、守りやすそうな所……学校とか?」

 大樹の両親は、大樹たちがどこに行ったのか見当もつかなかった。そのため、行きそうな場所を順に回ってみるしかなかった。

 危険だが、たとえ自分たちに何かあったとしても家には康樹を残している。万が一の場合も、康樹だけは生き残るだろう。

 かといって、無理は禁物。目標は、家族全員が無事に再会することだ。

 大樹の父と母は、お互いを守り合って静かに進んでいった。


 一方、浩太の家族は誰も家に残らなかった。

 両親は長男の亮を家に残そうとしたが、亮は自分も行くと言い張って譲らなかった。残しても一人で飛び出しそうな勢いだった。

 理由は簡単。自分の安全が確保されれば、両親は浩太のためには本気で動かないと亮に分かっていたからだ。

「浩太がああなったのは、俺とおまえらのせいだ!

 絶対に見つけ出して、おまえも大事だって言ってやらないと!」

 亮は、自分ばかりが可愛がられて浩太に寂しい思いをさせたことに責任を感じていた。だから、自分の身を挺しても浩太を助けなければと思っていた。

「浩太!浩太―っ!お兄ちゃんが迎えに行くぞーっ!」

「お、おい、そんなに叫んだら奴らが来るだろ……」

「あんただって、大事な身なんだから……」

 亮は使命感に駆られて、死霊が来るのも構わず大声で浩太を呼びながら走りだした。両親はその後ろから、他でもない亮を守るためにおっかなびっくりついていった。


 ……という事になっているなど、咲夜たちには知る由もない。

 ただ予想だにしなかった変化を目の当たりにして、どうしていいか分からなかった。

「どうなってんのよ、これ?みんな平坂神社に一晩居るんじゃなかったの?なのに、どうして戻ってきてんのよ」

 目を白黒させる咲夜に、浩太は自分の推測を告げる。

「ここからじゃ分からない……けど、必ず理由はあるはず。

 まず平坂神社から出たってことは、安全状況の変化があったはずだ。

 一番いいのは、死霊が白菊を供えた犯人を討ち終えて黄泉に帰っていなくなってること。外が安全になれば、みんなだって帰るさ。

 良くない方に考えるなら、平坂神社にいられなくなったか……」

 要は、外が安全になったか内も危険になったかのどちらかだ。

 前者ならいいが、後者なら……。

「死霊が消えるのはないわよ。だって、実際に災厄に貢献した私が生きてるし」

 己を罪人と信じて疑わない咲夜はそう言う。

 浩太も咲夜の罪についてはあいまいにしつつ、警戒を緩めずに告げる。

「僕も、前者ではないと思ってる。咲夜に罪があるかはともかく、呼び出された死霊は朝まで消えないはずだ。だから条例に一晩避難って定められてる。

 呼び出された夜の間、死霊は消えない。これは決定事項だ。

 となると、悪い方の予想……平坂神社が危険になったって線が濃厚かな。その理由までは分からないけど、今からあそこには戻らない方がよさそうだ」

「へえー、そうか……じゃ、俺らはこれからどうすれば?」

 大樹が、非常に歯切れの悪い顔で問う。

 自体は自分たちの思ったように進んでいない。ならば自分たちはどう行動すればいいのか……それが問題だ。

 浩太も、確信は持てないがと前置きして続ける。

「とりあえずは、現状維持かな。

 死霊はまだこの村にいるけど、今僕たちを狙ってきてはいない。なら、下手に動き回るよりここにいて体力を温存しよう。

 それに、まだ僕たちに罪がないとは言い切れない。うかつに家に戻るのはやめた方がいい。

 ここなら、僕たちが突然死霊に襲われることも他の人を巻きこむこともないだろう」

 何が起こっているか分からない以上、これが最善だろう。

 咲夜は、拍子抜けしたように呟いた。

「そっか……私、襲われなくていいのかな。

 でも、このまま何もなくても、何か申し訳ない……」

 咲夜は、自分が襲われるものと思い込んでいたがゆえに、今の状況に少し気が抜けてしまっていた。

 しかし、本当にここに何も訪れないかは神のみぞ知るところであった。

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