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死霊一揆譚~白菊姫物語  作者: 青蓮
107/320

107.大罪人

 竜也が大罪人の情報を得たのは、もちろんかくまっているあの女からです。

 その中で、竜也は大罪人たちについてさらに心を抉る事実を知ります。


 そして、白川鉄鋼での戦いは一旦終結しますが……それぞれの思惑により、必要な情報は寸断されたままです。

 これが後にどうなるか……。

 戦いの決着前、竜也は窓から戦いの様子を眺めていた。

 ホールではなく、その上の階にある小さな部屋の高い窓からだ。ここからだと、それぞれの人の動きがよく分かる。

「……なるほど、確かにあれは普通じゃないな」

 二体の金属ポールを振り回す着物の女を見下ろして、竜也は唸った。

 明らかに知能を持ち普通ではない死霊がやって来て、野菊かもしれないと言われて、竜也は自ら見にきたのだ。

 眼下で部下たちを相手にしている死霊は、見れば見るほど異様だ。

 餌に突撃するだけではなくきちんと考えて距離を取り、きちんと役割を分担して連携し、効率よく人間の急所を狙おうとする。

 その知能は、生きた人間と比べて何ら遜色ない。

 ……が、隣で見ていた女は呟いた。

「野菊じゃ、ないわね」

「そうなのか?」

 正体を言い当てたのは、おそらく村で最も死霊に詳しいと思われる……平坂神社の当主、平坂清美だ。

 神事が不真面目だったとはいえ先代から受け継いだ知識はあるし、ここで嘘をつく理由はないので信じていいだろう。

 そもそも、今はこの女以外に敵の正体が分かる者がいない。

 だから他人に見られる危険を冒しても、ここに連れて来たのだ。それでも何も知らない従業員たちの目に触れないように、この人のいない小さな部屋にだが。

 存在を表には出せないが、こういう時この女は本当に役に立つ。

 竜也や社員たちでは、野菊がどんな存在かもよく分からないのだから。

 ひとまず、今の敵が野菊でないのは少し安心だ。

「だが、野菊でないならアレは何だ?」

 竜也の問いに、清美は気だるそうに答えた。

「ああ、あいつらは……大罪人ね。

 これまで起こった災厄の時に白菊を供え、死霊を呼び起こした者の成れ果て。野菊に討たれて手下にされてるのよ。

 まあ要は、あんたの娘と同じことをやった人よ」

 その言葉に、竜也は思わず息を飲んだ。

 前にひな菊と同じことをやった者たちがああなっているということは……愛しいひな菊も、守れなければああなるということだ。

「そうか……あいつらは、どういう状態なんだ?」

 竜也の切実な問いに、清美は淡々と答える。

「黄泉の呪いを受け、永遠の飢えに苛まれながら尖兵として使われ続けてる。

 彼女たち、消えることができないのよ。頭を潰されても焼かれても、再生して何度でも起き上がるの。

 本人の意識がどうなってるかは分からないけど……こうして見る限り、それなりに残ってそうな気はするわね」

 その説明に、竜也はますます心が重くなる。

 ある程度意識を保ったまま、ずっと空腹に苦しみながら自分を殺した者に使われ続けるなんて、どれほど苦しいだろう。

 しかも殴られても燃やされても、再生して終わることできない。まさに、地獄の責め苦だ。

 愛しいひな菊を、そんな目に遭わせる訳にはいかない。

 必ず守ってみせると、竜也は拳が震えるほど握りしめて決意した。

「……どうすれば止められる?」

「止め方は普通の死霊と一緒、他のと同じように頭を潰すか首を折ればいい。

 大事なのはその後、再生しても動けないように拘束しとく必要があるわ。吸血鬼みたいに、杭でも打っとくか……。

 後は、野菊の神通力で解放されないように、野菊に触らせないようにすることね。

 頭が潰れてる間は何もできないから、好きに対処したらいいんじゃない?」

 眼下では、今まさに二体の死霊が清美の言った通りの状態になっていた。

 すぐに指示を出そうと踵を返した竜也に、清美が呟く。

「何にせよ、こいつらが野菊と別に来てくれたのは幸運だわ。

 こいつら、記録によると二人とも薙刀の有段者で……特に母親の方は相当強い師範だったらしいの。

 でも、今ここで動きを封じてしまえば、野菊との戦いは楽になりそうね」

 そうだ、恐ろしい連中だが自分たちは勝ったのだ。

 この幸運を生かして必ず勝つぞと思いながら、竜也は部下たちの下へ向かった。


「……という訳だから、こいつらはまた動き出さないようにしないといけない。

 しかしこうしてこいつらを封じられたのも、君たちのおかげだ。戦ってくれた君たちには、通常の死霊の五倍のボーナスを約束しよう!」

 竜也は従業員たちに清美に言われた通りの説明をし、さらに健闘を讃えて気前よく報酬を約束する。

 それを聞いた従業員たちは不安を取り除かれ、喜びに沸き立った。

 こうしておけば従業員たちはますます竜也を信頼し、他の大罪人や野菊が相手でも士気を保って戦ってくれるだろう。

 ほくそ笑む竜也に、楓が感心して声をかける。

「さすがは社長さん、安全のためによく調べていらっしゃるのね」

「まあな、これが社長の仕事というものだよ。

 私だって、何も調べずにここに工場を建てた訳じゃない。当時の資料を引っ張り出してみたら、案外詳しい資料があって助かった」

 流れるように嘘をついて、社員たちの賞賛を集める。

 その後ろでは、猛が停止した二人の大罪人を嬲っていた。

「ケッ、手間かけさせやがって!

 昔死霊を呼び出して人を食わせるだけでも重罪なのに、死んでいつまでも迷惑かけ続けてんじゃねえぞ!

 こういう奴はきっと、魂まで腐ってんだろうな」

「本当よね、親がどんな育て方したらこうなるのかしら?」

 この二体に手こずらされた猛と楓は、その怒りをぶつけるように彼女らを罵っていた。


 二人は知らない……自分の息子と信頼する社長の娘が、まさに今目の前にいる呪われた存在と同じことをしたことを。


 そして、竜也は知らない……ここに、もう一人の大罪人が来ていたことを。

 猛の意地のために普通の死霊だと決めつけられた喜久代は、何の拘束もなしに少し離れた所に転がっている。

 それを知っている楓は、己の身を守るために黙ったままだ。

 様々な思惑に遮られた視界の中でできるだけの安全対策をすませて、竜也たちはまた工場に引っ込んだ。

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