106.対立
難敵を倒しても、人間同士の火種は消えません。
そこに現れた社長の一言で、表面的には収まったように見えますが……。
そして、事後処理に現れた竜也は異質な死霊の正体を知っていました。なぜなら、彼の側には死霊の専門家であるあの女が……。
白川鉄鋼の従業員たちは、肩で息をしながら二人の女の死体を見つめていた。ずっと前から死んでいた、つい今しがた停止させた恐るべき死霊を。
「な、何だったんだ……こいつら……」
目の前に転がる死体は、今はただの死体だ。これまでも倒してきた普通の死霊と、何ら変わりはない。
しかし、さっきまでの彼女たちは明らかに普通の死霊ではなかった。
知能を持ち、武器を使い、聞き取りづらいが人語をしゃべっていた。
怯える従業員たちに、楓は当てつけるように言う。
「ねえ、あんたたちさあ、これでも普通じゃない死霊はいなって言える?」
答えは、言えないに決まっている。
前の戦いでは証言者が楓しかいなかったし割と簡単に倒せたため、特殊な死霊と言われても信じられなかった。
しかし、今回は違う。
ここにいる皆が、この二体の異常性を見せつけられた。武器で反撃され負傷者を出し、連携に苦戦させられ、しゃべるのを聞いた。
ここに至っては、もはや否定できる者はいない。
だが、それでも猛は楓をにらみつけて言い返す。
「フン、確かに今の二体はちっと厄介だった。
けど、前のヤツがそうだとは限らんだろ!関係ないこととつなげて嘘つくな!」
猛は、助けられてなお楓の意見を認めなかった。
むしろ助けられる形になったことで恥をかかされたと逆恨みし、これ以上この女の地位を上げてやるものかと意固地になっている。
「今回は違った、けど前の奴はそうじゃねえ!
そんな事も分からねえ馬鹿の臆病者は、これから助けてやらねえぞ!」
「あーら、それじゃこれからは、あたしの助けはいらないのね?」
二人は憎らしい顔で互いを罵り合い、周りに自分の意見を認めろと迫る。ここの防衛に欠かせない、自らの戦力を対価として。
どちらを失う訳にもいかず、周りの従業員たちは胃にキリキリと痛みを覚えた。
しかし、その争いを一発で収める声が響いた。
「やめないか君たち!
今はここにいる全員の命がかかっている、非常事態なのだぞ!」
やって来たのは、ここ白川鉄鋼の頂点に立つ社長、白川竜也その人であった。竜也は社長の威厳をもって、二人を叱りつける。
「今は人間同士で争っている場合ではない。
しかも、ここにいる全員の命を危険に晒すとは何事だ!?
……私は、君たちがここを守ってくれるという役目に高い報酬を約束しているのだ。そのように和を乱す態度は、減給の対象になるぞ」
途端に、猛と楓はぎくりと肩をすくめる。
猛は死霊をたくさん倒すことで、普段なら考えられないような大金を約束されている。陽介がひな菊に協力したことによる、課長の地位も。
しかし、それを与える権限を握っているのは社長の竜也だ。
ここで竜也の機嫌を損ねれば、報酬を減給で相殺されたり、せっかく得た課長の地位をすぐはく奪されたりするかもしれない。
そうなれば、これまでの頑張りが台無しだ。
猛と楓にとっても、それは避けたかった。
猛はギリギリと奥歯を噛みしめ、楓に低く呟く。
「……今はここまでにしといてやる。
けど、これ以上無駄なこと抜かしやがったら後でどうなるか……」
「分かったわ、黙りゃいいんでしょ。
でも、もしあたしの言った通りで、そのせいで後で何かまずいことになったら……あんたが責任取りなさいよ」
「安心しろ、てめえが嘘ついてりゃそんな事にはならねえ」
どんなにいがみ合っても、楓は引き際を心得ていた。
それは、これまで何度も人の見ていないところで振り下ろされた暴力の経験によるものだが……竜也はそんな事は知らない。
渋々ながら黙った二人を見て、竜也はひとまず安心し話を次に進めてしまった。
「さて諸君、難敵を排除してくれて本当に感謝する。
しかし、安全のためにはもう一仕事してもらいたい」
それを聞くと、従業員たちは首を傾げた。
「安全って……きちんと頭は潰しましたが?」
頭を潰すか脳を傷つけて停止させれば、死霊はただの死体になる。そうすればもう噛みつくことはないが……。
「だめだ、どうやらこいつらは特殊な死霊だ。頭を潰しても、時間が経てば復活するらしい。
復活しても動けないように……杭で打ち付けておかねば」
竜也の後ろから、長い鉄の杭を持った従業員が出てきた。
迎撃隊たちは驚いたが、すぐ落ち着いて考えなおした。
復活する死霊とはとんでもない話だが、対策があるならさほど恐れることはない。今ここで動きを封じてしまえば、どのみち無力化できるのだから。
すぐに、杭打ち作業が始まった。
太く長い鉄の杭が二体の胸に押し当てられ、猛がハンマーを振り下ろす。杭は容赦なく女の胸を貫き、その体を地面に縫い止めていく。
それを見ながら、楓が心配そうに声をかける。
「ねえ、こんなんで大丈夫なの?
野菊ってほら、超能力みたいなのあるんでしょ?
何か聞いたことあるけど、何でも一瞬で朽ちさせるとか……。だったらこんな杭で打ったって、意味ないんじゃ……」
他の従業員たちも、同じように不安そうにしている。
そんな部下たちを安心させるように、竜也は首を横に振った。
「大丈夫だ、これは野菊じゃない」
「へえ、そうなの!」
従業員たちの間に、安心が広がっていく。
正しい情報は何より重要だ。正体と正しい対処法が分かればこそ、落ち着いて対処できる。さっきの無益な争いも、敵への無知が一因になっていたかもしれない。
(そう、情報は大事だ……たとえ情報源に罪があろうとも)
部下たちにさすがと博識をほめられながら、竜也はそれを教えてくれた女にやや不本意ながら感謝した。




