105.夫婦と母子
知能のある死霊は厄介です。刺さったものを刺さったままにしないし、それをさらに有効に使ってきます。リーチが長い武器に特殊効果までついたら……。
そしてついに、楓さんが参戦!
対する司良木親子も絆を持って立ち向かいますが、それが有利になるか不利になるかは……ゲスの方が思い切って戦えることもあるのです。
普通絆でやられるのは人間の方なんですがね。
「ハァッ……ハァッ……!」
休みなく続く打ち合いに、さすがの猛も息が上がってきていた。
人間は動き続ければ疲労するが、死霊はそれを感じない。体が壊れるまで、いつまでも攻撃し続けられる。
まして、再生能力のある大罪人となれば……。
「おい、誰か手伝えよ!!」
たまらず同僚に加勢を命じるも、同僚の動きは鈍い。
猛が倒せないものに自分たちが敵う訳がないと、尻込みしてしまっている。そのうえ、相手を野菊と誤認して呪われないかと怯えている者もいる。
それでも猛が会社で生きていけないようにするとか脅しをかけると、何人かは動き出して少女の方に攻撃をかけ始めた。
「クッ……アゥッ……!」
「クルミ!!」
さすがに防ぎきれず倒れ込む少女に、喪服の女が助けに入る。金属ポールを巧みに操り、従業員たちの顔面を狙って追い払う。
だが、その隙に猛が踏み込む。
喪服の女が長く振りだした金属ポールを掴み、それを力一杯彼女の体に向かって押し込む。
「こいつで、どうだ!!」
金属ポールはぶすりと喪服の女の胸元に刺さった。
「とどめだ!!」
よろけた女を今度こそ一撃で倒してやると、猛は両手でハンマーを振りかぶる。しかし、それがいけなかった。
両手で武器を振るということは、喪服の女に刺さった金属ポールを放すということ。
自由になった喪服の女は器用に身をよじり、地を這うようにしてハンマーを避ける。そして猛が勢い余ってよろめいた隙に距離を取って起き上がってしまった。
「畜生、死霊のくせに!」
毒づく猛の前で、喪服の女はニタリと笑い、自らに刺さった金属ポールに手をかけた。
「おいおい、マジかよ……あいつ……」
迎撃隊の男たちが驚いて見ている中、喪服の女は自らの胸からズルズルと金属ポールを引き抜いていく。
知能のない普通の死霊では、有り得ない動き。普通の奴らは何かが刺さってもそれを自ら引き抜いたりしない。
あれよあれよという間に、喪服の女はさっきと同じように金属ポールを構えた。
自らの腐った血肉にまみれた方を、猛たちに向けて。
「フフッ……これデ、キズつけば……黄泉行きヨ……!
始めカラ、こうすレバ……」
その言葉に、迎撃隊の男たちはぞっとした。
死霊に噛まれた者は死霊になる。ならば、死霊の穢れた血肉を体内に入れてしまった者も同じように……。
喪服の女が狙っているのは、そういうことだ。
こいつは、自らの血肉そのものを毒のように使うことを思いついたのだ。
さらに、喪服の女は少女にも言った。
「クルミ……あんタも、しナサい……」
少女はうなずき、自らの腹に金属ポールを突き刺した。引き抜かれた金属ポールは、赤黒い死の穢れをまとっている。
あれにかすっただけで、噛まれるのと同じようにアウトだ。
皮膚が破れる程度の傷で、そこから徐々に腐って命を奪われるだろう。
「ひ、ひいっ……!」
「アレはヤバいぞ……!」
迎撃隊の男たちが、青ざめて後ずさる。なにせ、当たるだけで死ぬのだ。さっきまでとは勝手が違う。
「おい、何やってんだ!さっさと手伝えよ!!」
猛が発破をかけても、同僚たちは積極的に動こうとしない。そう言う猛も、さっきのように突っ込んでいくことができない。
しかし、ここに一人の援軍が駆けつけてくる。
「何やってんのよ男ども!!」
それは、物干し竿を携えた楓だった。
「か、楓さああん!!」
迎撃隊の男たちが、救いの女神を見たように歓声を上げる。自分たちだけではどうにもならないこの戦況を、どうにかしてくれそうな長物使いが現れたのだ。
しかし、猛は不機嫌だった。
「おまえ……もう戦うなって言ったろ……」
「あらぁ?あたしはあんたが勝てないからどうにかしてって頼まれて来たんだけどぉ?
来ない方が良かった?」
わざわざ神経を逆なでするような一言に、猛が怒りの形相を浮かべる。
しかし、これ以上ここで言い争うことはできなかった。実際に猛では倒せなかった厄介な敵が目の前にいるのだ。
「そこまで言って、負けたら承知しねえぞ!」
「ハン、そっちこそ!」
互いに悪態をつきながらも、夫婦は戦士の目になってそれぞれの得物を構えた。
先に動いたのは、楓だ。
「はぁっ!」
喪服の女の足下をなぐように、物干し竿で払う。喪服の女はそれを受け止めてそらし、その回転の勢いで反撃する。
「ハイッ!」
「甘い!」
喪服の女が振り出したポールを、楓はしなやかに身をそらせて避ける。かつて新体操の華であった身のこなしは、今なお健在だ。
喪服の女はさらにポールを回転させ連撃を放つが、楓の流れるようなステップに翻弄されて当たらない。
楓から喪服の女への攻撃も弾かれているが、他への攻撃は封じている。
その隙に、猛が少女に躍りかかった。
「行くぞ野郎共、まずはこっちだ!」
猛と、勇気づけられて奮い立った迎撃隊が少女を囲んで一斉に殴りかかる。少女はそのうちのいくつかを金属ポールで受け止めるも、何発かの打撃を食らって膝をついた。
「お母さァアん!!」
少女が、悲痛な叫び声を上げる。
「クルミ!!」
喪服の女が少女の方を見て、焦りに顔を歪める。
少女……クルミは金属ポールで何とか頭への一撃を防いでいるものの、他の部分に次々と斧やハンマーを受けて体を砕かれつつあった。
金属ポールの汚れていない部分を掴まれ、反撃もできない。
喪服の女はすぐさま助けに行こうとしたが、それを許す楓ではない。そっぽを向いた敵の足、腕、首に絡めるような突きを繰り出し、動きを阻む。
楓には猛のように一撃で相手を破壊する力はない。しかし相手が積極的に動こうとするなら、その力を利用して相手の体勢を崩すことはできる。
そうしている間に、クルミは地に伏して押さえつけられてしまう。
「クッ……ならバ!」
もはや助けは間に合わぬと悟ると、喪服の女は再び狙いを楓に転じた。
「ラァッ!」
「ぐっ!?」
怒りを込めた強烈な打撃に、楓は受けきれずよろける。喪服の女は、ここぞとばかりに楓に猛攻をかける。
(大切な人が死にそうになれば、助けざるを得ないでしょ。
私のように……)
と、喪服の女は考えた。
が、そうはいかなかった。
「俺はあいつがどうなろうが、知ったこっちゃないんだよ!」
妻が猛攻を受けていても、猛がそれに心を乱されることはない。あくまで己の手柄を求めて、クルミの頭を力一杯叩き潰す。
「ギャッ!!」
「あ、そンナ……クルミ……クルミーッ!!」
潰される娘の姿に、喪服の女は逆上して男たちに襲い掛かろうとした。しかし、後ろから膝裏を突かれ止まったところを蹴り倒される。
「弱いわよねぇ、守るものがあると。
あいにく、あたしのそれはあいつじゃないの」
気が付けば、楓の物干し竿が喪服の女の口に差し込まれていた。楓は嘲るようにそう言うと、竿を力一杯突き刺して喪服の女の脳を貫いた。




