104.苦戦
VS司良木親子。二人とも喜久代とは比べ物にならないぐらい強い。
武器を使いしかも連携してくる。それに死霊の耐久性と疲れ知らずが重なったら……。
迎え撃つ白川鉄鋼側にも問題は山積みです。
詳しい知識がないがゆえに現場に広がる混乱。最高戦力と優秀なサポーターの不仲。力に屈して横暴を止められなかった臆病な社員たち……一番戦える者の性格に問題があるとこんなに厄介です。
その瞬間、迎撃隊に地震のような動揺が走った。
「今、こいつしゃべったぞ!」
「武器を使えるのか……まさか、これが野菊!?」
目の前にいる死霊は、明らかにこれまで倒してきた死霊と違う。理性の知能もなく、ただ噛みついてくる奴らと違う。
ぎこちないながら言葉を操り、武器を使う知能を持っている。
こんな奴は初めてだ。こんな奴は知らない。
いや、知能ある死霊として思い当たる存在はある。それは、かつて村を救った巫女であり今は死霊の頭領となった野菊。
野菊のことをおとぎ話程度にしか知らない者たちがこの異質な敵をそれと誤認してしまうのも、無理からぬ話であった。
途端に、氷をぶちまけられたような恐怖が襲う。
「うわああっ呪われるぞ!」
「逃げろ……いや、逃げたって……!」
迎撃隊の男たちは、あっという間に恐慌状態に陥る。もう死霊はこの二人しか残っていないのに、この二人の恐怖は十体の死霊のそれをはるかに超えていた。
何人かは怪我人の救助を口実に、工場に逃げ込んでしまった。
しかし、それでも二人の前に立ち塞がる者がいる。
「へえ……こいつが親玉か。
じゃあこいつを倒したら、一体いくらもらえるんだろうなぁ?」
腐臭すら金の匂いにしか感じず、舌なめずりをして近づく猛。
「フフ……笑止!」
喪服の女は崩れかけた顔で不気味に笑い、金属ポールを構える。はかま姿の少女も、少し離れた位置で構えた。
「腐れ女共が……うらあっ!!」
構わず殴りかかる猛……だが、そのハンマーは届かない。
「ハァッ!」
喪服の女はポールを斜めに当ててハンマーを滑らせ、直撃を防ぐ。そのうえはかまの少女が操るポールが、猛の足をかすめる。
破れたズボンとわずかに流れた血に、猛はぞっとした。
この相手は確かに一味違うと、認めざるを得なかった。
ガキンガキンと、得物のぶつかり合う音が響く。
猛は夢中でハンマーを振り回すが、その打撃はことごとく喪服の女のポールに阻まれる。少女の方を攻撃しようとすると、今度は喪服の女が攻撃に転じる。
ハンマーよりはるかに長いポールの攻撃に、猛はかわすか打ち払うことしかできない。リーチが長い武器は、それだけで有利だ。
周りから他の男が助けに入ろうとしても、ポールを振り回して牽制される。当たり所が悪ければ、さらに怪我人が増える。
そうして打ち合ううちに、いつの間にか猛はじりじりと工場から離れていた。
「まずい、このままじゃ猛さんが!」
「あいつら、孤立させる気だ!」
工場の窓から見ている者たちは、総毛だった。
あの二人の死霊は連携して猛を工場から離そうとしている。
それだけの知能がある死霊。おまけに疲れを知らない死霊。孤立してそんなものに延々とつき合わされたら、どうなるか……。
しかもそうなっているのは、最高戦力の猛なのだ。
もしここで、猛を失うようなことになれば……。
「おい、楓さん呼んで来い!!」
誰かが叫んだ。
あんなものに対抗できそうなのは、同じく長物使いの楓しかいない。
猛にとっては屈辱だろうが、今は楓に戦ってもらうしかない。すぐ数人の従業員が、楓を呼びに走った。
報告は、社長室にも届いた。
「何、野菊だと!?」
竜也は驚いて立ち上がったが、清美は訝しそうに呟いた。
「こんなに早く、少数で正面から……本当に野菊?
でも異質な死霊なら他にも心当たりがあるわ。いつのどいつか、とにかく見て戦い方を考えないと」
竜也と清美は状況を確認するため、工場正面に向かった。
「楓さん、大変だ!」
戦線から離され、もう興味もないとばかりに奥へ引っ込んでしまった楓の下に、数人の従業員が血相を変えて駆け込んでくる。
「お願いだ手を貸してくれ、このままじゃやられちまう!」
「とんでもなく強い死霊が出て、猛さんが危ないんだ!」
夫の名前を出されると、楓はとてつもなく嫌そうな顔をした。
「ふーん、そう……だから何?
あたしはあの人に言われた通りにしてるのよ。それであの人がどうなろうが、あたしの知ったことじゃない」
夫婦だというのに、もはや取り付く島もない。
当然だ、楓はその猛に馬鹿にされてなじられてもう戦うなと言われたのだ。なら猛がそのせいで危機に陥っても、助ける義理はない。
「そんな……そこを何とか!皆の命がかかってるんだ!」
それでも必死に頭を下げる従業員たちに、楓は言い放つ。
「じゃあ、あんたたちが総出で何とかしたら?
あいつがあたしをなじって下がるように言った時、あんたたち反対しなかったよね。それなら自分らで責任取らなきゃ」
そう言われると、従業員たちは言い返せない。
猛が楓の意見を無視して暴言でねじ伏せた時、従業員たちは反論しなかった。猛の機嫌を損ねて戦う気を失くされては困るし、楓の言う普通と違う死霊なんてものがそうそういると思わなかったから。
だが、それが間違いだったと今なら分かる。
普通じゃない死霊は二人……一方が野菊だとしてももう一人いたし、それによって猛が押し込まれてしまっている。
結局、楓の意見を聞いて備えるのが正解だったのだ。
従業員たちは猛に同調してしまったことを悔いたが、今さらなかったことにはできない。
「お願いだ!奴らは棒をうまく使って、こっちにゃけが人も出とる。あんたに戦ってもらわんと、ここの守りが……」
「あっそう。あんたたちが食われてる間にあたし一人逃げてもいいんだけど……どうしよっかな?」
楓が従業員たちをあしらってうっぷんを晴らしていると、いきなり弾丸のように飛び込んでくる者がいた。
「母ちゃーん!!」
「ん、ああ陽介か」
飛びついてきたのは紛れもなく楓の生んだ子、陽介だ。
楓は夫の猛のことは大嫌いだが、陽介にはまだ一抹の情を残していた。猛ではなく自分の言う事を聞いてくれたらいいのに、と。
そんな陽介が、目に涙を浮かべて必死でしがみついて訴えてくる。
「お願いだあぁ戦ってくれよ母ちゃああん!!
一人で逃げるとかやめてくれ!俺は母ちゃんと一緒がいいよぉ!せっかくお金持ちになれるのに、母ちゃんがいないなんてやだぁ!!」
それを聞いて、楓は陽介に質問する。
「これからは、ちゃんと母ちゃんの言う事聞く?」
「うん、うんっ!」
「母ちゃんが買ってきたドリルとかやって勉強する?父ちゃんの無駄遣いとか他の人にいばり散らすのとか、あんたからもやめろって言ってくれる?
今までそんなことしてくれた覚えがないけど」
「やる、やるよ!ちゃんと母ちゃんの味方になるからぁ!!」
陽介は壊れたおもちゃのように、必死で首を縦に振る。
楓はそれを見て考える。
陽介はあの馬鹿夫に似て頭が悪く横暴だが、それは今までずっとあの馬鹿夫の言うことを聞いてやることを見習ってきた結果だ。
もしここで本当にそれを直して自分の方に引き寄せられれば、何か変わるかもしれない。
あの馬鹿野郎と別れるにしても、自分の腹を痛めて生み、乳をやって育てたこの子とは一緒にいられるかもしれない。
こんなのでも自分の子だ。二人で猛の好き放題を抑えて一緒に生きていけるなら……。
「その約束、忘れないでね!」
楓は、側に立てかけてあった物干し竿を取って立ち上がった。
夫に力を貸す気はないが、この子ならもう一度信じてもいいかもしれない。
どうしようもない世界の中で唯一の希望を再び我が子に抱いて、楓はさっそうと戦場に駆けていった。
その陽介がこの災厄の引き金を引いたなどとは、全く知らないままで。




